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彼女と彼の関係 #との関  作者: 六つ花 えいこ
ふれない西さんとふれたい西くんの義姉弟関係
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09:世界一のホットココア


『んー別れてきただけ』


 夕食時、早雪にそう告げられ、琥太郎は思わず「俺のせい?」と問おうとしてしまった。十五歳の弟がいると告げた早雪と、彼女の恋人の雰囲気が険悪になった場に、同席していたからだ。


 琥太郎が何を言おうとしたか、厳密にはわからなかったにしろ、空気を察した早雪の牽制により事なきを得た。


 あそこで琥太郎が責任の在処を聞いてしまえば、琥太郎よりもよほど、昭平と典子が気に病んだだろう。二人の再婚により、琥太郎が早雪の弟になったのは動かしようのない事実だからだ。


 その後、全く引きずっていない様子を見せた早雪に恋人のことを振ることもなく、夕食は穏やかに過ぎた。夕食後はそれぞれの部屋で自由に過ごしていたが、日付も変わる頃になって、琥太郎は階下に降りてきた。


 既に昭平と典子は寝室へ移動している。トイレへ行き、何か飲み物でもと台所へ向かうと、リビングに明かりがついていることに気付いた。


 不審に思い見渡すと、リビングの掃き出し窓の向こうに、ぽつんと人影が見える。


 それは縁側に座っている早雪の背中だ。

 リビングをリフォームした際に、古い縁側を取り払い、奥行きを広く取った縁側を早雪と典子で自作したらしい。手作りということもあって、縁側が気に入っていると早雪が以前話していたが、夜風に当たるにはまだ早い季節だ。


 琥太郎は窓に近付いた。

 窓から外を覗く。早雪は足を伸ばし、両手を縁側についてぼんやりと空を見上げていた。角度的に少しだけ見えた表情は、ひどく心許ない。


 琥太郎と変わらない身長の早雪の背中を、琥太郎は小さいと感じたことはなかった。それなのに今は、驚くほど華奢に見える。いつも堂々と胸を張り、明るい笑顔で琥太郎を安心させる年上の早雪は、そこにいなかった。


 カラカラと音を立てて窓を開ける。


「さゆちゃん」


 窓を開けると、ひんやりとした空気が流れてくる。


 早雪がぼんやりと振り返り、琥太郎を目に留めると慌てて姉らしい笑顔を貼り付けた。


「お。琥太君、どうした?」


「……――前に淹れてくれたココア。美味しかったから、淹れ方教えてほしくって」


 琥太郎の下手な誘いに早雪は目をぱちくりとさせる。早雪をこの寒空の下から誘い出したかったし、美味しいものでも飲んで元気を出して欲しかった。


 ふっと息を吐くように早雪が笑った。

 先ほどの貼り付けた笑みとは違い、思わず漏れたという風な笑顔。


「――かあわい」


 掠れた声にドキリとする。顔を斜めに傾けた際に、いつもは綺麗にまとめている髪がさらりと揺れて、ひどく扇情的だった。


「琥太君は優しいねえ――いいよ。筋肉痛覚悟してね」

「うん」


 それほど大変な淹れ方なら、自分が淹れ方を覚えればいい。そうすれば、これから早雪が飲みたい時に、いつでも作ってやれる。


「じゃあ、これ練って。さゆちゃんがいいって言うまでね」


 白い琺瑯の小鍋にココアパウダーと砂糖、そしてほんの少しの牛乳を加えた早雪が、琥太郎にゴムベラを渡す。鍋の取っ手を掴み、琥太郎はゴムベラを回した。

 力を入れなければ練れないのに、力を入れると水分を纏っていない箇所のココアの粉がふわんと跳ねる。塊になったらなったで、予想以上に硬い。塊は力を入れなければびくともしないのに、力を入れればするりと逃げる。


 ゴムベラを握る琥太郎の横に立つ早雪が、様子を見つつ鍋に牛乳を注ぎ足す。


(美味しくなればいいな。さゆちゃんの元気が出るぐらい)


 こんな風に、人に何かしてあげたいという衝動と自分は、生涯無縁だと思っていた。


 早雪に「俺を変えて」と言った動機だって、琥太郎はまだ上手く呑み込めていない。確かに変わりたいと思ったのに、何故思ったのかがわからない。


 何故あんなに強い衝動に突き動かされたのか。そしてこんな風に、普段の自分なら億劫がることを、嬉々として受け入れているのか。


 力を込め、ミルクパンの中のココアを捏ね続ける。

 早雪のOKが出たのは、鍋を掻き混ぜ始めて十分ほど経った頃だった。力を入れ続けていた腕はパンパンだ。確かに明日は筋肉痛に違いない。けれどちっとも嫌ではなかった。


 最後に牛乳をたっぷり注ぎ、沸騰させないように気をつけて温める。甘い匂いが台所に広がった。

 温め終えると、鍋の中身をカップに注ぐ。西家から持ってきたマグカップと、元々こちらの家にあったマグカップだ。

 色もかたちもサイズもちぐはぐとしていて、寄せ集めの家族を象徴しているようだった。


 ココアを持って、早雪がリビングのソファーに座る。琥太郎は彼女の足下に座った。

 十分間嗅ぎ続けた甘い香りは鼻の奥に溜まっていて、口を付けずとも甘さにお腹がいっぱいだ。


「おいしい」


 先に口を付けた早雪が顔を綻ばせる。その笑顔だけで両腕の疲れが吹き飛んだ。


(覚えたいな)


 マグカップに口付ける。濃厚なチョコレートをそのまま溶かして飲んでいるような、市販のミルクココアとはまるっきり違うまろやかな口当たりだ。

 とろりと柔らかいココアに、琥太郎が目元を綻ばせる。


(何をすれば、こんな風に笑ってくれるのかとか。何を言えば、喜んでもらえるのかとか――どんな風に接したら、好いてもらえるのかとか)


 唐突に、琥太郎は自分が変わる決断をした理由を思い知った。


 事実に驚き、けれど納得もしていた。ココアから口を離し、早雪を見る。ふうふうとココアに息を吹きかけている早雪は、琥太郎の視線には気づかない。


 ソファーの座面に肘を置き、しなだれる。そして、ココアほど甘い視線で琥太郎は早雪を見つめた。



(――あの時にはもう、好きだったんだ。この人を)






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