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彼女と彼の関係 #との関  作者: 六つ花 えいこ
モブ吉岡さんとイケメン清宮くんのお約束な関係
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05:インタビュアーと牡蠣とイケメン

挿絵(By みてみん)


「梨央! 車に轢かれかけたって!?」


 大学から帰って来るなり、泰輝が梨央奈の部屋に飛び込んできた。


{えええ、車に~?!}

{梨央奈、大丈夫!?}


 自室で友人の早川(はやかわ) 夏帆(かほ)(たちばな) (こころ)とビデオ通話をしていた梨央奈はぎょっとしてドアを振り返った。


 梨央奈は心配する二人に「なんでもない! ちょっと行ってくる!」と言って椅子から立ち上がると、兄の背を押して廊下へ出た。


「轢かれかけてない!」

「嘘ついてるんやないやろな。清に聞いたんやぞ」


 いつもは優しい泰輝が腕を組んで梨央奈を詰問する。万里が大げさに言いつけたらしい。


「何回か車道によろけたけど、車は来てなかった!」

 ムキになって言い返した梨央奈に、泰輝がものすごくショックを受けた顔をする。

 言外に、車が来ていたら轢かれていたと伝えたも同じだと、その顔を見て梨央奈も気付く。


 お互い顔を真っ青にして、少しの間見つめ合った。


「――もう自転車で買いに行くん、禁止やからな」


 泰輝はしばらく考え込んだ後、渋い顔で梨央奈に言い聞かせる。


「う、嘘やんね? 泰ちゃん。嘘やんね?」


 梨央奈はだらだらと汗をかきながら、泰輝の服の裾を掴んだ。

 精一杯の甘えた声を出したのに、泰輝はいつものように「しょうがないな」とは言ってくれなかった。


「嘘なんかつかん。絶対駄目。可愛い梨央はお兄の言うこと守れるな?」


「……守れません」と小さく呟いた梨央奈に、泰輝が泣きそうな顔をする。梨央奈は泣きたいのはこちらだと思いながら「守れます!」と半泣きで答えた。




***




「泰ちゃんに言いつけた」


 ――次の土曜日。

 腕を組んだ梨央奈は、車で迎えにきた万里への不満も露わに顔を背けた。口は完全にへの字に曲がっていた。


 運転席に乗ったまま梨央奈を見ている万里は、面白そうに口の端を持ち上げている。

「事実を言っただけやけど」

「事実はねじ曲げられてたし、泰ちゃんが心配するのはわかってたんやないですか?」

「そりゃ心配するやろ」


 何を当たり前のことをとでもいう風な言い方に、梨央奈は口を引き結んだ。

 自分が思慮の足りない子どもだと突きつけられたようで、情けなくなったのだ。


「梨央奈。乗りな」


 すぐに素直に乗るのが恥ずかしくて、梨央奈はそっぽを向いたままでいた。万里はハンドルにもたれ掛かり、窓越しに梨央奈を見る。


「それとも梨央奈ちゃんは、一人で乗れん?」

「乗れますっ」


 気付いたら、ガチャリとドアノブを捻っていた。ドシンッとわざと勢いを付けてシートに座ると、運転席から「くっくっくっ」と笑い声が聞こえる。

 ちらつかされた売り言葉を前のめりに買ってしまった梨央奈は恥ずかしくて、とてもではないがそちらを見られない。


「シートベルトは一人で留められますか?」

「留められますっ」


 万里が涼しい顔でわざと梨央奈の羞恥を煽るような言い方をするのがまた悔しくて口調荒く言えば、ついに万里はハンドルに突っ伏して笑い始めた。





「梨央奈ちゃん、ボーイフレンド!?」

「いやいや、梨央奈ちゃんに男なんか早い。せいぜいアッシー君やろ」


 直売所に入ると、この一年で完全に仲良くなった売り場のおじおばちゃんズが大はしゃぎしていた。どうやら、遠目で車を運転する万里を確認したらしい。


 しかし、梨央奈から遅れて直売所の低い戸口をかがんで入ってきた男の顔面を見た瞬間、誰もが困惑の表情を浮かべた。アッシークンが何かはわからないが、ボーイフレンドではないとわかったのだろう。


「お兄ちゃんの友達。ここの牡蠣気に入ってるから連れてきました」

「おっ! よくわかっとるやん。兄ちゃん来い。好きなん選んでいいぞ」

「選べるんすか。凄いすね」


 帽子を被り、防水エプロンを着けたおじさんの後ろに万里がついて行く。磯臭い直売所の真ん中に置かれた、青い大きな水槽の前で、万里とおじさんが談笑しながら牡蠣を選び始める。


 その様子を、他のおばちゃんたちも集まって、ぽーっと見とれている。


「どえらい二枚目やね」

「おばちゃん、芸能人が来たんかと思った」

「テレビカメラ探しちゃったわよねえ」

「あんないい男、おばちゃんが若い時はおらんかったわぁ」

「梨央奈ちゃんしっかり掴まえとかんとね」

「ははは……」


 掴まえるもなにも、友達とも紹介できないようなふわついた仲である。やはり、言えて「兄の友達」がせいぜいだろう。


「梨央奈ー」


 万里に呼ばれ、梨央奈はおばちゃんズに頭を下げてそちらへ行った。万里は心なしか目を輝かせながら、牡蠣の積まれたカゴを指さす。


「これ千円やって」

「そうですよ」

「まじか……」


 スーパーマーケットで買っていた時との値段の差に驚いている様子の万里に、梨央奈は満足した。

 万里は、そんな梨央奈の頭に腕を置き、よりかかる。


「肘置きにしないでください」

「バレてた?」

 当たり前である。しかし万里は全く姿勢を改めようともせず、梨央奈の頭の上に腕を置いたままだ。


「梨央奈ちゃんはどうする?」

「いつものサイズ買います」

「おう」


 おじさんがにこにこ笑顔で、牡蠣が入っているカゴをレジまで持って行ってくれる。レジに向かおうとした梨央奈に、万里が頭上から声をかける。


「待って、写真撮りたい」


(どうぞ、お好きにお撮りなさい)


 スマホをいじりながら言う万里に、また鼻が伸びる。自分の好きなものに価値を見いだされるのは嬉しいことだ。


 おじさんは水槽の写真を撮らせたがるので、きっと先ほど「撮っていいよ」と言われたのだろう。


 しかし、梨央奈の頭を肘置きにした万里は、スマホを触り始めてしばらく経とうとも、一向に写真を撮り始めようとしなかった。

 不審に感じた肘置きは、多少首を倒して頭上の万里に尋ねる。


「どうしました?」

「梨央奈、カメラにして」


 万里が無表情のまま、自分のスマホを梨央奈に渡す。


「え? どのアプリですか?」

「? 普通のカメラでいい」


 何か特別な加工をしたり、シャッター音が小さくなったりするアプリがいいのかと思ったが、元々入っている標準のカメラでいいらしい。

 偶然にも、梨央奈と同じ機種のスマホだ。バージョンは万里の方が上だが、操作方法は大きくは変わらない。

 梨央奈は首を傾げつつも、万里のスマホを操作してカメラを起動させた。


「これ写真(・・)が撮れるやつ?」

「そうですよ?」

「ありがとな」


 万里は、散々肘置きにしていた梨央奈の頭をくしゃっと撫でてから離れ、水槽に近付いた。色んな角度から牡蠣の写真を撮っている。邪魔にならなそうな場所に立ち、梨央奈は万里に話しかけた。


「梨央奈、撮れんくなった」

「え? ――なんだ、動画になってるだけですよ」


 スマホを持って来た万里の画面をスイッとスワイプすると、動画から静画に切り替わる。

 牡蠣の写真を撮りに行っていた万里が、再び眉根を寄せながら梨央奈の元へやってくる。


「梨央奈、また撮れん」

「ええ?」

「なんか、俺が映る」

「あ、インカメラになってる」


(スマホ、買い換えたばっかなんかな?)


 またもや梨央奈が万里のスマホを操作すると、万里が口角を上げる。


「ありがとな」

「いえ」


 礼を言われるほどのことはしていない。写真を撮る万里の後ろ姿を見ながら、梨央奈はなんとなく話しかけた。


「さっき、おじちゃんと楽しそうでしたね」

「そこにある濾過装置の話してた。うちの大学の先生が咬んでるって」

「へ、へえ」


 万里が指さした水槽を見て、梨央奈はギクシャクと頷いた。なんだか難しそうな話をしていたらしい。


(……話す話題、こんな全然、違うんやな)


 思えば万里とこれまで何を話していたのか、咄嗟には思い浮かばない。友達ではないのだから当然なのかもしれないが、さすがに淋しい気がする。


(夏帆や心と話す時みたいにくだらん話とか、するんかな)


 きっと友達とはするのだろう。


(泰ちゃんとか)


 大抵のことには動じませんといつも余裕の顔をしている万里が、くだらない話をする時にどんな顔になるのか、興味が湧いてしまった。


「清宮さん、昨日何食べました?」

「昨日? 野菜炒め?」

「好きな動物はなんですか?」

「鯨」

「それは何故ですか?」

「……でかいから?」

「好きな色は?」

「白」

「最近楽しかったテレビは?」

「同席食堂とニュース」

「ニュース?」

「コメンテーター、鼻毛出てる奴いた」


 不意打ちを食らい、ぶふっと梨央奈は噴き出してしまった。口元を押さえてえほんえほんと調子を整える梨央奈に、万里がふっと笑う。腰に手を当て、体を低く曲げて、万里が梨央奈に話しかける。


「それで。俺はなんのインタビュー受けてんの?」


 野菜炒めをもお洒落にする男をギンと睨むと「別に、なんでもないです!」と梨央奈は顔を背けて、レジに向かった。





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