再会・勧誘・採寸
バックグラウンドサービス2
机の上の書類を片付けて、一息つく。
時刻は12:30。お昼休みだ。
「サキさんお昼食べましょう」
「ああ、今いくね」
この職場に来て三か月目。もう十分というほど職場の環境には馴染んでいた。昔から人とうまく付き合っていくのは得意だ。いや、うまく付き合うというよりは顔色を伺ってそつなくやるというのが正しいかもしれない。できることなら働きたくはない。家に引きこもってささやかに読書でもして静かに暮らしたい。
だが、働くざるもの食うべからず。引きこもっていては食べていけない。外でうまく立ち回るしかない。ならばこの忌まわしき才能も使って見せよう。ちょっと厨二くさい言い回しだけど。
今までは接客業しかやったことがなかったが営業系の仕事も慣れれば楽しい。できることなら長く勤めたいが、それは無理か。
お弁当を持って会社のちょっとしたテラスに行こうとすると課長に呼び止められる。
「サキさん、ちょっと」
「はい、なんですか課長」
また何かのトラブルだろうか、と思ったがどうやら違うらしい。
「お客さんよ」
課長につれられていった応接室には二人の女性が席についていた。
真っ先に目に飛び込んできたのは長いシルバーブロンドの髪に透き通るような瞳、真っ白な肌をした超絶美人。
「リズ!?どうしてここに」
まぎれもなくリズ・ウォーカーだった。
リズと最後にあったのは四か月ほど前。映画館に一緒に行った以来会っていなかった。いや、会えなかったと言うべきか。
課長は私を残して出て行ったらしい。リズの隣に座っていたこれまたメガネ美人に声をかけられる。
「あなたがサキさんねー、まぁ座って頂戴」
「は、はい」
ダメだ、今は仕事中だ。落ち着くんだ。
テーブルを挟み二人と向かい合う。見たことのない顔。営業先の人間ではないようだ。
「失礼しました。CVGコーポレーション営業推進課のサキです。わざわざお出向き頂きありがとうございます。本日はどのようなご用件でしょうか」
「なんて言ったらいいのかしら、ねーリズ」
「私に振らないで、私は言われた通りついてきただけよ」
「そーねー」
リズはお店に来ていた時よりも凛々しい感じがする。仕事中だからだろうか。
眼鏡の女性のほうはなんともまったりしているというか、やる気が感じられないというか。
「あのー、どちら様でしょうか」
「ああ、ごめんなさい。わたしはこういうもの」
差し出された名刺にはこうある。
バックグラウンドサービス
警備部07課 課長
役職名の後ろ、名前のあるべきところに名前がない。
バックグラウンドサービス自体は知っている。個人から大企業まで顧客にする大手警備会社だ。今ではグループ会社として警備以外の事業も展開している。
ちなみにファミリーレストラン『バックランチ』のハンバーグ&エビフライはなかなかおいしい。
「会社の警備の話でしたら私よりも適任な方が」
「私はあなたに要件があってきたのよ」
課長さんに素早く笑顔で返された。
考えたところ要件に思い至るところはなくもない。なくもないけど警備会社に目を付けられるようなことは何一つしていない。
課長さんが静かに書類に目を落とす。
「わたし、部下にあなたの事調べさせたの。CVGコーポレーション営業推進課のサキ。年は23、派遣社員。この会社に来て三か月と七日。前の職場はゲストズ、その前はスタンドバーガー。どちらも半年でやめているわね」
とっさに自分の顔が強張るのがわかる。その話か。私の事を調べて何がしたいんだろう。
課長さんの顔から意図は読み取れない。
「履歴書の経歴はでたらめ。どちらもバイト出入りバイトリーダーに昇進したのち店の経営を立て直し突然失踪。その後派遣社員としてここに入る」
経営を立て直ったのはたまたまなんだが。履歴書の件はその通りなので何も言えない。
「働くところはいつも小さなお店だったり、自営業の会社。仕事の評価は高く、特に人間関係が良好。トラブルもなく仕事仲間からの信頼は厚い。しかし、必ずどの職場も半年でやめ同時に家も引っ越している。借金取りに追われているとかそういうのもない」
これも正しい。かなり私について丁寧に調べているようだ。
「で、結局のところ何が言いたいかというと」
一瞬鋭いまなざしで見つめられるも、すぐにやる気のないたれ目に戻る。
「あなた、うちに来ない?」
「へ?」
課長さんのあっけらかんとした言い方に思わず声が出る。
「もちろん、今の会社を辞めてからでいいわよ。ここも半年たったらやめるんでしょう」
「そ、それは」
「ふふ、それじゃ。よろしくー」
課長さんはさもやるべき仕事はすべて終わったとでもいうようにさっさと部屋から出ていった。リズもそれに続いて出て行こうとするので見送るため扉のわきに立つ。
「待ってるから」
「え・・・」
去り際に耳元でそうささやかれて瞬間的に思考がフリーズした。
胸をドキドキさせながら黙ってリズの後ろ姿を見送る。
久しぶりのリズの声は心臓にだいぶ悪かった。
あの日から二か月とちょっと。
私は会社を辞めここに来ていた。
バックグラウンドサービス本社ビル。
高くそびえたつ立派なビル。こんなところに入ったことはない。住宅街にひっそりたたずむ喫茶店とかエレベーターがついてない古びた四階建てのビルとかのほうが自分の性にあう。
「こ、怖い・・」
威圧感と場違い感に押しつぶされそうになりながら前に進む。
「やっぱりやめようかなー、でも気になるし」
あの日以来私は結構真面目に考えていた。大手警備会社の課長さんがわざわざやってくるのはどうしてなのかとか、リズが居たってことはそこで働いているんだろうなとか。警備の仕事とかやったことないし、第一何をさせられるんだろうか。
しかし私の事をわざわざ調べ上げたのはやっぱり気になる。あとリズのことも。
ビルに入り、にこにこと作り笑顔が素敵な受付嬢のところへ勇気を出して行く。
「あの、警備部07課の・・・、課長さんにお会いしたいのですが」
「はい、伺っております。今係りの者を呼びますので少々お待ちください」
そういうと受付嬢が内線で誰かとお話しする。
私を迎えに現れたのはリズだった。
「久しぶりね、さぁ行きましょう」
そう言って出口のほうへ向かう。
「あの、どこへ」
「警備部は別のビルなの。乗って」
車に乗って約十五分。繁華街の奥のさびれたビル街の一角。
「さぁ、ここよ」
外見はさびれたビルだが中は想像以上に綺麗でハイテクだ。
「バックグラウンドサービス警備部07課へようこそー。まぁ詳しい話は中でねー」
入口のところでは課長さんが出迎えてくれていた。
「さぁって何から話そうかしら」
通されたのは『かちょうのお部屋』と書かれたファンシーなプレートの掛かった部屋。
「課長、私はどうすれば」
「リズは戻っても大丈夫よ。それともリズがいたほうがいいかしらサキさん」
「えっと、だ、大丈夫です」
「では」
そういってリズは部屋から出て行ってしまった。やっぱり残ってもらえばよかったと少し後悔する。
「まずあなたには契約社員として入ってもらうわ。任期はそうね、半年でいいかしら」
「あのその前に業務内容は何なのでしょうか」
仕事の内容については一切聞かされていない。
「そーねぇ、あなたの仕事は07課の事務処理と警備業務の補佐って感じかなー。警備は建物の中を見回りしに行ったり、ボーディーガードもどきをしたりとかかしら」
そういわれて契約書のようなものを出される。残念ながら学問に励んだことはないのでこうした契約書はちんぷんかんぷんだ。ここに来るまでに覚悟は決めていたし、行くあてもないので言われるがままに契約書にサインする。
「社員寮住みになるんですね」
「このビルの奥に宿舎スペースがあるわ。あなたは門限とかはないから外出は自由にできるわ」
「あなたは?」
「・・・ここには色々と問題のある人もいるのよ。まぁ頑張ってねー」
そういって一枚のカードを渡される。
「これがあなたの部屋の鍵。リズと相部屋ね。今日中に引っ越して構わないから」
「しかも相部屋!?」
「なにか不都合でも?」
不都合があると言えばある。自分のこととか、リズの変態っぷりとか。
だがどれも拒否材料としては足りないものばかりで私は素直にカードキーを受け取り新居に向かった。
「おかえり、サキ」
「・・・ただいま」
お帰りと言われるのは何年振りだろう。笑顔で出迎えてくれたリズを見るのはなんだか気恥ずかしい。
部屋は綺麗に片付いていた。
「ここは2LDKで左がサキの部屋よ。今日からよろしくね。お茶を入れるわ、座って」
車の中では終始無言だったのでこうして話す機会がやってきたのは初めてだ。
私は抑えきれずに今まで疑問だったことを口に出す。
「リズは」
「なに」
「リズは仕事で私に張り付いていたの?」
お茶を入れる音だけが部屋に響く。
「それは違うわ。私が好きで勝手にやっていたのよ」
「じゃどうして」
ここまで言って私は黙る。これでは私がリズに一目ぼれ片思いをしていたみたいじゃないか。熱くなるな、囚われるな。冷静になれ。
リズにばれないように一人苦笑いをする。
「待っていたの?」
「お礼をせずにいるのは大変心苦しいもので」
素直じゃないわねとリズに笑われる。
「仕事で長期任務に就いていたの。その間にあなたは喫茶店をやめていたわ。新しい職場を知ったのはつい最近よ。ああ、浮気はしていないから安心して。今でもサキが私の中の一番よ」
リズがテーブルに紅茶を置き私の迎えに座る。
残念ながら紅茶には詳しくないので何茶かわからないがよい香りがする。
「私の事はどうやって知ったの」
「サキのことは課長が集めていた資料で知った。それで会いに行ってみただけよ。
そしたら写真よりかわいかったから気になって」
リズは嘘をついていないようだ。
「そういうサキこそよくこんな怪しい勧誘に乗ってきたわね」
「どうせ行くあてもなかったし、それに」
「それに?」
「リズが待ってるって言ったから」
いつもリズがやっているマネをして真面目な顔でリズの瞳を見つめる。
「さぁ、一息ついたところだしサキの荷物を取りにいきましょう。今の家はどこ?」
リズが場の空気を換えるように声をあげた。心なしか顔が赤い。
「家はもう引き払いました。荷物は駅のコインロッカーに預けています」
そういうとリズは随分と不思議そうな顔をした。
「サキは随分と変わった人ね」
「リズに言われたくないです」
お互いに笑い合って私たちは部屋を後にした。
私の荷物は最低限しかない。大きめのスーツケース一個とボストンバック一つ。
本当にそれしかないのとリズに驚かれた。
「家財道具はどうしていたの?」
「全部レンタルです。しょっちゅう引っ越すので。部屋って何かおいてあります?」
「備え付けのクローゼットと前の人がおいて行ったテーブルと衣装ケースがあるわ。布団は・・・持ってないわよね」
「寝袋があるから大丈夫」
「寝袋でねていたのっ」
「いや前の部屋はベッドで。でも仕事がないときは野宿とかしていたので」
「野宿!?」
「そんなに驚かなくても。働かないと衣住食ままならないのです」
布団は、とリズが言いかけてやめる。
「どうしたの」
「ふふふ、なんでもないわ。何か必要なものある?買っていきましょう」
「必要なものですか」
しばし考えてちらりとリズを見る。いつもと変わらぬ決まったスーツ姿だ。
「私スーツ一着しかもってないです」
「オーダーメイドのものが支給されるから大丈夫よ」
オーダーメイドのが支給されるってどんな会社ですか。
「それって契約社員にも当てはまるの?」
「大丈夫よ、きっと。消耗品だから」
スーツってそんなに消耗するものでしたっけ。色々突っ込みどころが多いがそれだけ変わった職場なのだろう。って、そこで私は働くことになったんだった。先が思いやられる。
「じゃ、帰ろう」
特に必要なものはなかったのでそのまま真っ直ぐ家に引き返した。
時刻はお昼。
部屋で荷物を片付けているとリビングのほうからリズに話しかけられる。
「サキ、昼食なにがいいかしら」
「リズが作ってくれるの?」
「いいえ、食堂の人が作って届けてくれるみたいよ」
「ルームサービス!?」
今日の私は驚いてばかりだ。
なんでもこの建物には社員食堂やスポーツジムから大浴場まであるそうだがすべての部屋、通路に置いてセキュリティが厳重にされていている。私はまだ社員登録されていないため自由に建物を行き来することができないらしい。そのため今日だけ特別に持ってきてくれるとか。
「じゃ、ハンバーグとエビフライとライス」
「ふふ、サキの味覚は子供っぽいわね」
「笑うな!」
自覚はある。ファミレスに行ったら絶対ハンバーグとエビフライだし、ほかに好きなのはオムライスにナポリタンだ。好きだからしょうがないじゃないか。
「そんなにムキにならなくてもいいのに。ほらほら、ふてくされないで」
リズに子供みたいにあしらわれる。
「あと課長が午後から時間があれば身体検査受けてほしいって」
「身体検査?」
「健康診断みたいなものよ」
なんでもそのセキュリティーシステムのためにも色々と登録しないといけないのだとか。
「わかった。行くよ」
行ったらそこで改造人間にされちゃったりして。
「私がちゃんとついているから心配しないで」
「リズは私の保護者ですか」
「保護者よりも恋人がいいなー」
こうして久しぶりのリズとの掛け合いを楽しみながらご飯が届くのを待ったのだった。
お昼ご飯を食べたのちリズにビルを案内される。
「ここが私たち07課がメインで使うフロアよ。デスクがあるのは吹き抜けを挟んで反対側、こっちには医務室、仮眠室、喫煙室、備品室とか色々。最初に行くのは医務室ね」
そのまま真っ直ぐ医務室に向かう。
医務室にいたのは40代ぐらいの女医さん。
「いらっしゃい。さっそくだけど靴と靴下脱いでそこに立ってくれるかな」
機械で体重と身長を測る。163センチ。体重は・・・、禁則事項だ。
大幅な体重の増加にうなだれていると女医さんがリズにメジャーを渡した。
「スーツや警備服作るためにサイズ採寸しないといけないから、リズ君よろしくね」
そういって、隣の部屋でねと向こうにある扉を指さす。
「ちなみに防音だから仲良くね」
すごい勢いでリズに腕を引っ張られ隣の部屋に押し込まれる。
見た目によらずかなり鍛えているのか、力が強い。
だが一番の問題はリズの瞳にあった。
「リ、リズ・・・」
「なーに、サキ」
目が素晴らしく輝いておりますです。
「脱いで」
「ふ、服の上からでも」
「だーめ」
リズの手が容赦なく迫ってくる。
「わかった脱ぐ、脱ぐから」
リズに背を向けて服を脱ぎ始める。
背中にいかがわしい視線をビシバシ感じてます、はい。
「いいかしら」
そういってリズが下着姿になった私の体にメジャーをあてる。
「ひゃ」
お腹に冷たいメジャーが当たり一瞬声が出る。
「サキ・・・、ごめんなさい」
その瞬間、後ろから感じるリズのオーラから大事なものが消えた気がした。
いや、ダメですだめですだめです。
「んぁああっ」
(to be continue)
エンディングは見えた!
ということで完結まで時間がかかりそうですが頑張ります
まだ物語は始まったばかりですのでどうぞよろしくお願いします
追伸:部署の名前がぶれておりました。すみません。警備部07課で統一。ミスがあったらまた直します。




