3話 聖剣が傘立てに刺さってるんだが
「魔王様。ご報告です」
「またか……今度は誰が温泉に行ったんだ?」
「いえ、違います。勇者一行が伝説の剣を探しに、聖なる森に行ったようです」
魔王はほんの少しだけ姿勢を正した。
「ほう、伝説の剣か。あれなら確かに、“持てば強くなった気になる”アイテムだ。だが、あれは確か──」
リリスがスッとタブレット型水晶球を操作する。
「……はい、“岩に刺さったまま抜けない”仕様の、いわゆる演出用レプリカです」
「抜けねぇのかよ!!!」
「伝説っぽい見た目がかなり好評で、人気スポットなんですよ」
「いつの間に人気スポットに……」
水晶球の中で映像が切り替わる。
そこには、剣を前にポーズを取る勇者たちの姿が映っていた。
「行くぞ……俺の全力を見せてやる……!!」
勇者が、渾身の力で剣の柄を握りしめ、引っ張る。
──びくともしない。
「うぉおおおお!!」
──微動だにしない。
「ぬ、ぬけねぇ……!」
──そりゃそうだ。
「伝説の力が、俺にはまだ足りないというのか……!俺は選ばれた勇者なんだぁあ!」
「おいリリス……あれ、説明書とか置いてなかったっけ?“観賞用・抜けません”ってデカデカと書いた看板」
「設置してありましたが……勇者たち、全員読まずにスルーしたようです。“剣に語りかければ抜ける気がする!”と、詠唱に入っております」
水晶球の中、勇者が剣に向かって両手を広げ、まるで風と会話するかのようなポーズを取っていた。
「聖なる剣よ……眠れる力よ……目覚めてくれ……!!」
「なんで風属性っぽい演出なんだよ!!あれただの鉄塊だって言ってんだろ!!」
魔王のツッコミをよそに、今度は魔法使いのアリアが前に出てきた。
「みんな下がって。私の魔力をもってすれば、きっと反応するはず……!」
手を翳し、詠唱が始まる。
「光よ、導きの輝きをもって我らを照らせ──!」
*ポワァァァン……*
剣、まさかの光る。
「えっ!?なんで!?!?」
魔王が椅子からずり落ちた。
「リリス、あれ、光るようにしてたっけ!?」
「はい。魔力に反応します。“テンションが上がる仕掛けが欲しい”という設計部からの意見で…」
「マジでただの観光地なんだな……っていうか本物の剣はどこにあるんよ」
「本物の剣なら……たしか魔王城の傘立てに刺さっております」
「……は?」
魔王は一瞬、聞き間違いかと思った。
「傘立てって……あの、入口の?雑に傘放り込むあの?」
「はい。以前魔王様が光に充てられて邪魔だと言っていたので、とりあえずそこに刺しておきました。聖剣の光で傘が乾きやすいと好評です」
リリスはタブレット型水晶を操作し、館内の様子を映し出す。
そこには聖なる光を放つ聖剣が堂々と傘立てに突き刺さっていた。
魔王はその光景を見た瞬間、言葉を失った。
「……あれ、完全に……玄関インテリアじゃねぇか」
光り輝く聖剣は、まるでそれが定位置かのように傘立ての中心で神々しく輝いていた。その周囲には、見事に干された傘たち。しかも、“乾燥中”の札までぶら下がっている。
「誰だよそんな札作ったやつ!?」
「オークの工作班です。視認性とデザイン性に優れたラベルを作成しました。“乾きやすい角度”というガイドラインまで」
「いらねぇ気配りナンバーワンかよ!!」
魔王は思わず立ち上がった。玉座の背もたれがガタンと音を立てる。
「聖剣って言ったらこう、天を裂くとか、大地を断つとか、そういう宿命背負ってるもんだろ!?なんで傘を乾かすために存在してんの!?アイデンティティどうなってんの!?」
魔王は玉座から身を乗り出し、鋭い眼差しでリリスを見た。
「なぁ、リリス……。俺は確認したい。いいか、あの“傘立ての剣”──ちゃんと、しかるべき時が来たら、勇者の手元に行くんだよな?」
リリスは軽くうなずいた。だが、そのうなずきには、妙な“間”があった。
「……えっ、なんか間がなかったか?」
「もちろん。そのときが来たら……」
「自信なさげじゃないか」
「い、いえ、決してそんなことは! ちゃんと勇者に渡すつもりです! でも、ちょっと、あの聖剣、時々自分で場所を選ぶというか……ちょっとわかりづらいというか……」
魔王はもう完全に興奮していた。
「何それ!? 聖剣に『気分』があるってのか!? こいつもしかして、あれか? 『あ、今日の勇者、ちょっと髪型がダサいから、あたし今日は戦わない』とか思ってるのか!?剣に性別があるのか?」
リリスはうなだれて答えた。
「……そんな感じです……」
魔王は頭を抱えた。
「いやいやいや、そんなことになったら、勇者たちのモチベーション爆下がりだろ! 『え、俺なんで今日聖剣に選ばれないの!? あ、髪型のせい!? ちょっと髪型変えるから待って!!』ってなるだろうが!っていうか聖剣は勇者を顔で選んだのか??」
リリスは黙ってうなづいた。
魔王は絶句した。
「まじかよ……聖剣、そんなに外見にこだわるのか!? 『今日の髪型がちょっとイマイチだから、私はあなたを選ばない』とか、もう完全にリアルでモテない女子の振る舞いじゃねぇか!」
リリスは肩をすくめながら言った。
「実際、そんな感じです。聖剣、髪型が乱れてるだけで反応しないこともあるんですから」
「なんでリリスがそんなこと知ってんだよ」
リリスは真面目な顔で言った。
「まぁ、実際そんな感じですけど、聖剣も選ぶ基準が変わってきたんですよ。昔は『勇気』や『強さ』で選んでたんですけど、最近はどうしても『ビジュアル』を重視するようになって」
「ビジュアル!? 強さとかじゃなくて!?じゃあ、聖剣はもしかして、戦う前に顔見せを要求するのか!? 『戦闘の準備できた? じゃあ、まずはポーズを決めて!』ってか!? バリバリのモデル事務所みたいじゃねぇか!」
「その通りです。ポーズを決めて、アングルが決まるまで待つんです。そして、『今日は顔に疲れが出てるから、戦わない』ってなったりします」
「もう、なんで聖剣がそんな女子力高いんだよ!!」
「それはわかりませんが実力は確かなものです」
「絶対聖剣振ったことあるよね?!」
リリスが黙り込んだ瞬間、魔王の目がギラリと光る。
「……あるな? その沈黙、絶対“あります”のやつだよな? まさかとは思うけど、聖剣、戦場で“あざと可愛い斬撃”とかやったんじゃねぇだろうな?」
リリスは小声で答えた。
「……一度だけ、“キメ顔エフェクト付き回転斬り”を披露したことが……」
「アイドルかよ!! それもうステージ演出だろ!!」
魔王は思わず玉座から立ち上がり、床に正座する勢いで崩れ落ちた。
「おいおい、どうなってんだこの世界!? そもそも聖剣誰でもつかえるの?」
リリスは一瞬、タブレット水晶をスクロールしながら答えた。
「いいえ、使えるのは“剣の審美眼”を通過した者だけです。つまり──」
「つまり?」
「剣が“この人、好きな雰囲気〜♡”ってなったら使えます」
「気分とノリで選ぶんじゃねぇ!!完全に恋愛シミュレーションじゃねぇか!!!」
魔王はもう床を這い始めた。
「じゃあ何か!? 伝説の剣が選ぶのは“勇気ある者”でも“強き魂の持ち主”でもなく! “盛れた角度で撮れそうなやつ”ってことか!?」
「はい。あと最近では、“服の色味が背景とあっているか?”もチェック項目になっているようです」
「戦場だぞ!? 背景って基本、土と瓦礫だろ!? どうやって映えんだよその環境で!!」
リリスは微妙に誇らしげに言った。
「魔王軍の開発班が、“映える戦場”を提供すべく、季節ごとに背景をコーディネートしています。春は桜、秋は紅葉、冬はイルミネーションです」
「戦場がテーマパーク化してんじゃねぇか!!!」
魔王は天を仰いで、遠い目をした。
「……もういい……なんか俺がこの世界で一番真面目に働いてる気がしてきた……」
──かくして、聖剣は今日も、斬るかどうかをその日の気分で決め、
魔王は見えない“何か“と戦い続けるのだった。




