お説教
「鈴ちゃんは椅子に座ってください。……兄さんは床に正座!」
幸那ちゃんの部屋に入った俺と綾上は、大人しく言うことを聞いた。
「それでは。私がなんで怒っているのか、二人ともわかっていますか?」
正座をする俺を見ながら、両腕を組んで静かに怒っている幸那ちゃん。
怒った顔ももちろん可愛い。
つまり、俺の妹はこんなに可愛い。
「兄さん? ちゃんと聞いてるの?」
「うん、聞いてるよ」
「怪しい……」
ジト目で言う幸那ちゃんも可愛い。
はぁ、と大きなため息を吐いて、俺と綾上に視線を向ける。
「……二人が仲良しなのは。私としては大歓迎。すごく嬉しいです」
幸那ちゃんは、続けて言う。
「でも、恋人同士じゃないのに、一緒の布団に入ってキスするなんて、良くないと思います。……兄さんが鈴ちゃんのことを待たせているんだから。ちゃんと節度のある関係を保たないと、鈴ちゃんにも失礼だよ」
しゅんとした表情だった。
多分、俺が綾上の好意につけ込んで、一緒の布団に入ってキスをさせているのだと思ってるんだろう。
そう勘違いするのも仕方ない。
幸那ちゃんの中では、綾上は綺麗で優しいお姉ちゃんなのだ。
いつも俺の前に現れるポンコツ可愛い綾上は、ご存知ではないのだ。
ちらり、と綾上を見ると目が合った。
そして、気まずそうな表情で顔を逸らされた。
綾上、幸那ちゃんに怒られたくないんだろうな……。
少々呆れてしまうが、怒られる原因の一端は、確かに俺にあるので、不満を言いはしない。
「確かに、少し距離感を間違えていたと思う。これからは、適切に仲良くするよ」
綾上におねだりされると、ついつい甘えさせてしまうのは俺の悪い癖だ。
あのホテルの件で一度歯止めが効かなくなってしまったが、ここら辺でもう一度、線引きをしっかりしよう。
……残念な気持ちは、もちろんあるが。
「分かれば良いんだよ」
ホッとしたような表情の幸那ちゃん。
「……待って、幸那ちゃん! 誤解なの!」
に、必死の表情で弁明を始める綾上。
……あれ? 今の流れでお終いだったんじゃない?
綺麗で優しいお姉ちゃんのイメージのままで話は終わりそうだったじゃん?
「さっきのは、エッチなことじゃないの! 好意を示すための、ちょっとしたスキンシップなの!」
綾上は懸命に説明する。
割とめちゃくちゃ言っていると思った。
「……でも、一緒の布団で寝ながら、キスしてましたよね?」
「してたけど、違うの、全然エッチなことじゃないの!」
「えと……どういうことなんですか?」
非常に困惑している幸那ちゃん。
その気持ちはよくわかる。
綾上には、幸那ちゃんも強く言えないのだろう。
「違うの、全然違うの! ……私、彼にしたことは、幸那ちゃんにもしたいって、思ってるから!」
……え!?
何言ってるの綾上!?
俺にしたこと全部幸那ちゃんにしたいって、それ……。
えぇ!?
「……えっ?」
幸那ちゃんもキョトンとした表情をしている。
何が何だか分からないのだろう。
安心して幸那ちゃん。俺にも何が何だか分からないから。
「私、幸那ちゃんのこと大好きなの! 本当の妹みたいに思ってる。たくさん抱きしめて、チューをしたいって思うくらいに♡」
綾上は立ち上がり、ぎゅっと幸那ちゃんに抱き着いた。
「ひゃっ!」
幸那ちゃんは、顔を真っ赤に染めた。
とても恥ずかしそうだ。
「……そうだ! 幸那ちゃんに対して、彼にしたことと同じことしたらさ。エッチなことをしていたわけじゃないってわかってくれるよね!?」
どういう理屈でそうなったのか、俺には分からない。
「え、えと……」
動揺する幸那ちゃんは、おそらく、まともに頭は働いていないだろう。
「私ね、幸那ちゃんのことが大好きだよ。だから……ね?」
綾上のおねだりが幸那ちゃんに炸裂した。
逡巡した様子を見せてから、幸那ちゃんは綾上の背中にそっと手を回した。
「……わ、私だって。鈴ちゃんのこと本当のお姉ちゃんだって思ってるから。……大好きだから。……しても、良いですよ?」
顔を真っ赤にして俯かせる幸那ちゃん。
綾上のおねだりに即オチの様子を見て――やっぱり俺たちは兄妹なんだな、としみじみ思った。
「……兄さんは出て行って!」
そして、俺は幸那ちゃんによって、部屋から締め出されるのだった。
☆
しばらくしてから。
俺の部屋に、満足そうな表情をした綾上と、顔を真っ赤にして恥じらう幸那ちゃんが入ってきた。
ローテーブルの前。
俺の隣に幸那ちゃんが座り、その横に綾上が座った。
二人は仲睦まじく腕を組んでいた。
挟まれたい……。
俺は切実にそう思った。
「なんというか……お疲れ様?」
「全然疲れてないよ! ね、幸那ちゃん?」
「……」
真っ赤になりながら、無反応の幸那ちゃん。
それを笑顔で眺める綾上。
「それじゃ! 宿題の続きをしなくちゃね!」
元気になった綾上が、生き生きとした表情で宿題の続きに取り掛かる。
……結局、幸那ちゃんとの話はどうなったのだろうか?
気になるものの、今は流石に聞けそうにない。
大人しく宿題の手伝いをしようと思ったのだが。
ちょん、と俺の服の裾がつままれた。
見ると、幸那ちゃんが真っ赤な顔のまま俺の裾を指先でつまんでいた。
「どうしたの、幸那ちゃん?」
「……兄さんがちゃんとしないとダメだから」
幸那ちゃんが呟くものの、どういうことかよくわからなかった。
「え? どういうこと?」
俺の問いかけに、幸那ちゃんはちらりと綾上を一瞥してから、
「鈴ちゃんの愛情表現は、激しすぎるからっ! 兄さんが、しっかりしないとダメだからっ! 流されて無責任なことしちゃったら、私は兄さんのこと許さないからっ!」
俺の耳元で、一生懸命に囁いた。
……幸那ちゃんがここまで動揺するとは、
一体、綾上に何をされたのだろうか?
お兄ちゃんはちょっぴり不安になった。
しかし、俺たちのことを考えて、心配をしてくれる幸那ちゃんの気遣いが嬉しかった。
「うん、そうだな。俺がしっかりしなくちゃだよな」
そう言って、幸那ちゃんの頭を撫でてあげる。
「子ども扱いするなし……」
いじけた表情をしつつも、俺の手を払ったりはしない幸那ちゃん。
そして、その隣から羨ましそうに俺たちを見ている綾上。
彼女は手元のノートに鉛筆を走らせた。
そして、こちらに向かって、ノートに書いた内容を見せてきた。
『私も、後で撫でてね?』
上目遣いでおねだりをしてくる綾上と、不服そうな表情の幸那ちゃんを交互に見てから、俺は思った。
ごめん幸那ちゃん。
お兄ちゃん頑張ってしっかりするようにするけど。
綾上のおねだりには、勝てないかもしれないよ――。




