1、美少女作家と膝枕
「どう? 気持ちいいでしょ? 君によろこんでもらいたいから、私、一生懸命練習したんだよ……?」
俺の敏感な部分をいじりながら、綾上は悪戯な笑みを浮かべた。
そうすることで堪えようのない羞恥と、抗いがたい快楽が身を襲う。
「や、やめよう綾上。……こんなの、付き合ってもいないのに、おかしいじゃないか?」
俺の絞り出すような声に、綾上は答える。
「でも、すっごく気持ち良いんでしょう?」
俺はその言葉に何も言い返すことができなかった。
確かに、気持ちがいい。
このままこの快楽に身を委ねたい、という気持ちが、確かにある。
でも、付き合ってもいないのに、こんなのおかしい……。
「恋人同士でもない男女で、こんなことするなんて、おかしいって」
「恋人同士でない男同士なら、いいの?」
「それはそれでおかしい……!」
「そうだよね♡」
ふっ、と優しく俺の耳に息を吹きかける綾上。
ゾクり、と背筋が震える。
俺は懸命に正気を保とうと努力しつつ、彼女の蠱惑的な声音を聞いて。
「どうしてこうなった……」
と、しばし思い返すのだった。
☆
「はい、これで今日の授業も終わり。放課後部活や予備校、バイトがあるやつは頑張れよー。あと、帰宅部は絶対にまっすぐ家に帰れよー」
担任の女教諭(最近の口癖は「私まだ20代だから……」)が、クラスメイトに向かって言う。
「絶対だぞー」
そして、俺の方をじっと睨みながら、繰り返して言った。
……別に俺、何も悪いことしていないのになぁ。
そんなことを考えながら帰り支度を整えていると。
ちょん、と俺の制服が引っ張られる。
見ると、俺の隣の席の美少女、綾上が俺の制服をつまんでいた。
「放課後。ちょっと、良いかな?」
俺は、その言葉に少し驚いた。
俺と綾上が別れてから、10日ほどが経っていた。
その間、綾上は放課後、担当編集に提出する新作の企画書を作っていたり、市場を把握するために人気作のチェックをしたり、エンタメの勉強として過去の名作に触れたりしているようだった。
俺は一緒にいる時間が学校にいる時間だけとなって、少し寂しくも思ったのだが、彼女が頑張っているのが、頼もしくもあった。
「どういう要件?」
だからこそ、俺は頑なな態度で、綾上にそう告げる。
俺と一緒にいることが、綾上の作家としてのプラスになるとは限らないと、思っているからだ。
「お願いしたいことがあって……」
「そのお願いっていうのが何か、聞かせてくれよ」
「……むぅ、なんだか君、素直じゃないね」
むすっと頬を膨らませながら、綾上はそう言った。
不機嫌な綾上も可愛い……と思いつつ、
「約束、覚えてるよな?」
俺と一緒にいて、作家としてレベルアップになるの? という意図を込めて問いかける。
「わ、忘れるわけないじゃん!」
頬を紅潮させ、照れくさそうに、幸せそうに綾上は言う。
そんな表情をされると、俺はときめいてしまうのだが……。
ここは、心を鬼にして言う。
「だったら、わかるだろ?」
そう問いかける。
綾上は寂しそうな表情を浮かべてから、
「でも、今回は……取材、だから」
と、声を振り絞った。
「取材? どんな?」
「う、うぅ……ここじゃ、ちょっと恥ずかしい、かも」
弱ったように呟く綾上。
……困った綾上も可愛い。
「て、いうか綾上はここで言うのも憚られるようなことをしたいというのか? 一体どういうことなんだよ?」
俺が綾上に言うと。
「と、とにかく! これは私が作家としてレベルアップするために必要な取材なんです! だから……ね?」
大きく息を吐いて、呼吸を整えてから、
「お願い?」
上目遣いでこちらを見る綾上。
作家としてレベルアップ?
もしもそうだとしたら、確かに俺は協力したい。
……でも、どんな内容の取材が分からない今、彼女の言葉を信じて付き合うのは、いかがなものだろうか?
やはり、ここは心を鬼にして断ろう。
俺はそう覚悟して、口を開く。
「取材なら、しょうがないな……」
取材ならしょうがない。
嬉しそうに笑顔を浮かべる綾上を見てそう言い訳する俺は、かなり自分に甘いのだろう。
☆
そして、いつもの図書準備室へと移動した。
この場にいるのは、これもいつも通り。
俺と綾上だけだ。
綾上はカバンを机の上に置いてから、
「ちょっと準備が必要だから……」
そう言って、椅子を並べ始めた。
「準備? おう」
人が一人分横になるには十分な長さの椅子を横に並べてから、
「それじゃ、ちょっとこの上で横になって」
そを指さして、俺に言った。
「ここに? おう」
俺は言われた通りにする。
寝心地は……あんまりよくない。
椅子を並べても平たくはならないので、腰やら腕やらが痛い。
「あ、ここに頭乗せていいからね」
「ここに? おう」
そして、俺は言われるまま、綾上の膝の上に頭を乗せた。
柔らかくて、暖かくて、なんだか良い匂いもする。
椅子の寝心地が最悪だったのに、綾上の膝の上に頭を乗せただけで、何よりも上質な寝床で横になっているような錯覚さえした。
綾上は優しい手つきで、俺の髪の毛を指先で透いていて……
……あれ?
……あれれー!?!?!!?
「ちょ、ちょっとまて綾上! これは……膝枕ってやつだ!」
「うん、そうだよ?」
可愛らしい微笑みを浮かべながら、上体を起こそうとする俺の頭を必死に抑える綾上。
ちょ、力強い、ていうかそんなに押し付けられると太ももの感触がかなり伝わってきて正直色々やばいというか限界というか……!
「ま、待て! 話を聞いてくれ、綾上!」
「……嫌です♡」
綾上が悪戯っぽく笑って言った。
なんてことだ……っ!
持ってくれよ、俺の理性! と思いつつ、綾上に言う。
「こ、これが取材か……たしかに、人前では言えない……っ!」
俺の動揺をどう受け取ったのか。
「違うよ? これは、まだ準備なんだから。」
「……え?」
そう言った綾上は自分のカバンをガサガサ探って、何かを取り出してから。
「ちょっと危ないかもから、動いちゃだめだよ?」
そんな不穏なことを言ってから。
……俺の耳に、何かを突っ込んだ。
驚き、俺は体を震わせそうになったが、先ほどの綾上の言葉を思い出し、どうにか我慢した。
「えへへ、良い子だねー♡」
優しい綾上の声が聞こえた。
そして、俺の耳を棒状の何かが蹂躙しはじめる。
それが意外なほど心地よくて……
「え、ちょ……え、えぇ!? な、何やってんの、綾上!?」
俺はそこで正気を取り戻し、綾上に抗議するのだが。
「耳かき♡」
一言だけ答えてから、耳かきを続行する綾上。
「耳かきって……だ、ダメだろっ!」
「ダメじゃないよ。お母さんに練習に付き合ってもらったから。危なくないよ?」
そう言って練習の成果を十二分に発揮する綾上。
確かに、めっちゃ気持ちいい。
お母さんの指導が良かったのかもしれない、なんて見当違いの感想を抱く。
「君は、じっとしてたら良いからね」
その一言の後。
綾上の緩急織り交ぜた、テクい耳かきが始まったのだ――
☆
……そうだ。
これが、恋人同士でもないのに、膝枕をされて耳かきなんてことをされてしまうまでの経緯だ。
迂闊すぎた過去の自分に、全力で説教してやりたい。
「ここが、気持ち良いかな?♡」
巧みに耳かきを続ける綾上。
敏感になった俺の耳をかき乱され、思わず「気持ちいい……」とつぶやいた俺。
「良かったです♡」
嬉しそうな綾上の声を聞いて、俺は彼女が満足するまで好きにされていようかな、なんていう考えを抱きそうになったが――鋼の意思で、拒絶の意思を伝える。
「綾上……こんなことしてたら、ダメだと思うんだ。俺たちは、別れた。綾上が目標を達成するのに集中するために。俺は、それを待つと決めたんだ。だから……」
綾上が、耳かきの手を止めた。
俺の話を、聞いてくれるつもりだ。
「だからさ。……取材と称してこういう恋人同士がすることを試すのは。やっぱり、やめた方が良いと思うんだ」
俺の言葉を聞いた綾上は、優しく頭を撫でてきた。
今、彼女がどんな表情をしているかは、わからなかった。
「私は……君とまた恋人になって、結婚をしたいって思ってる。だから、これまで書けなかった分も、才能がない分も補えるくらい頑張っていくつもりだよ」
「うん、夜中電話もしないようになって。頑張ってるんだなぁ、って。いつも思ってる」
これまでの日課だった、夜中の電話ももうなくなっていた。
……ぶっちゃけ寂しいと思っているが、綾上の頑張りを邪魔したくないから俺は我慢している。
「だから、たまには。こんな風なご褒美……じゃなくて! 取材がしたいな。だって、こっちの方が、私も頑張れる……だけじゃなくて! やっぱり取材をした方がリアルな描写ができると思うからっ!」
いろいろと本音が駄々漏れな綾上の言葉を聞いて、俺は思う。
……可愛すぎかよ、と。
そんな可愛い綾上のことが好きだから。
俺は情けないと自覚しつつ、言った。
「俺は……綾上の頑張りの邪魔になりたくないんだ」
「バカだね、君って」
クスリ、と笑った気配がした。
なんでバカなんだ、俺は本気で綾上の頑張りを応援したいのに。
不服に思った俺は、起き上がって綾上を見つめるのだが……
彼女の浮かべる優しい微笑みを見て、何も言えなくなった。
「私は、君がいるから。頑張れるんだよ?」
自然な表情でそう言う綾上。
俺はその言葉が、綾上の心底から抱いている気持ちなんだと理解できて。
たまらなく嬉しくて、
たまらなく恥ずかしかった。
だから俺は、そんな照れた表情を見られたくなくて、顔を背けながら、
「綾上の息抜きになるのなら。……たまに、取材に付き合うことにするよ」
なんて。
これからも、こうして彼女と一緒にいられる喜びを隠しきれないまま。
言ってしまうのだった。




