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第九十八話  レニングラード攻防戦

 昭和二十七(1948)年九月二日、ソ連は突如、レニングラードへと攻勢をかけた。

 それはちょうど、ドイツの政治的空白を狙ったものと言って良かった。


 ドイツではこの年、大統領選挙の年だった。ヒンデンブルグの死から二年間、ヒトラーは大統領代行を立てていたが昭和十五(1936)年に新大統領が就任して以来、ヒトラーは首相の座にとどまり、大統領選出馬の意思を見せていなかった。

 しかし、政治的にも盤石な体制を整えた後、満を期して大統領選への出馬へと踏み切ったのが昨年の話。


 しかし、指導力のあったヒトラーが首相であったうちは良かったのだが、彼が圧倒的支持で大統領に就任すると、ドイツ政界では彼の期待とは裏腹に、分裂や離反が相次ぎ、議会は混乱するようになっていく。業を煮やしたヒトラーの介入すら功を奏せず、七月以降は議会の解散と選挙のやり直しで首相がなかなか決まらず、混沌とした状況に陥っていた。


 本来、ワイマール体制下での大統領には大きな権限が与えられていたのだが、ヒンデンブルクの死に際し、ヒトラーは大統領代行を立てるとともに、憲法を改正して大統領権限を縮小し、首相に多くの権限や優越を与える様にした。彼自身が首相である時分はそれでよかったのだが、自身が大統領になった現在、憲法改正が仇となり、お家騒動を起こした労働者党をまとめなおすことに苦労する羽目に陥っていた。


 ソ連はその隙をついて、レニングラード奪還の準備を行い、九月にとうとう実行に移すこととなった。侵攻当日、ドイツ大統領府では執務机が宙を飛んだと言われるが、真相は定かでない。

 翌日、ヒトラーは自らが作った憲法の緊急時大権条項を行使して、一時的に大統領に全ての権限を集中、軍の指揮権も掌握している。


 しかし、ドイツでは二か月以上も政治が混乱していたことにより、マトモな準備は出来ていなかった。

 ヒトラー自身、すでに欧州での戦争は終了したものと確信して大統領選へ出馬したのだが、現実はそう甘くはなかった。

 それでも、バルト諸国に相応の戦力を展開していたことで、反撃に打って出ることは出来た。

 ヒトラーはソ連軍の攻勢を分散させようとミンスクへの侵攻作戦を指示、当初から立案されていた作戦案を採用した事で二週間で実行まで持って行けたのだが、ソ連側はドイツ軍の横撃を無視したままレニングラード奪還に集中し、十月十日にはとうとうレニングラード市域に到達している。


 ソ連はドイツに対して、レニングラードの解放に同意すれば終戦交渉に応じると声明を発表し、翌日にはヒトラーも同意し、停戦が実現している。

 後に出版されたヒトラー回顧録にもある様に、彼には長々とソ連打倒の戦争をする気はなかった。欧州をまとめ上げることが第一で、アフリカの植民地で起きている混乱への対処が、ソ連打倒より優先されるのは当然と考えていた。

 そのため、バルト三国の独立と戦前の東欧国境線が保障されるなら、それ以上を望まなかった。

 和平交渉自体はまだまだ長く続くものの、ヒトラーは多くを望んではいなかった。



 ソ連では、ここ何年にもわたってやることなすことすべてがことごとく失敗続きの書記長をどうにかしたい連中と批判勢力の芽を摘みたい書記長の暗闘は反スターリン派優位に傾いていた。

 バイカル戦線へ送り込んだ兵の大半が粛清組や犯罪者の群だったとはいえ、補給線の遮断や包囲殲滅戦に遭い、督戦にあたった部隊も多大な被害を受けていた。

 フィンランドでの事実上の敗北に次いでこの結果では、さすがのスターリンでもその権力は危うくなっていた。

 そこで彼は、レニングラードという目の前にある一番大きな成果を手にして一発逆転を狙って今回の賭けに出ていた。


 そのため、自身の周りが手薄になることを嫌って短期決戦を指向し、出来るだけ早く停戦と和平交渉の開始という成果が欲しかった。


 二人の思惑は見事に一致していた。

 さらに、中国において共産党が優勢で、米国が自滅した事でロシア公国と執拗に対峙することもなくなっていた。

 このまま中国共産党を支援すれば、少なくとも太平洋への出口は確保できる。アフリカでの混乱が早期に終息する見込みはなく、欧州がソ連へと侵攻してくる危険もすぐには生じていなかった。

 スターリンとしては、自分の権力維持のためにこれ以上の戦争よりも、その力を国内の引き締めに使おうとすら考えていた。






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