第九十三話 ソ連、東進す
昭和二十六(1947)年二月、恐れていたことが起きた。
昨日満州から飛び立った偵察機が消息を絶っている。国籍を消し、機体を黒く塗ったターボプロップ機だったのだが、どうやら撃墜されたらしい。
他にも迎撃機が追いかけてきたという話も最近は何件か上がっている様で、そろそろターボプロップ機の優位は崩れている様だ。
フィンランドでは終戦間際にはすでに怪しかったが、バイカルやモンゴルではまだまだ通用していたのだが、どうやら新型機がこちらにも配備されだしているらしい。
かといって、ジェット機はまだまだそこまでの長距離飛行が出来る機体はない。39式偵察機を改良して使ってきたが、そろそろ限界となると、ジェット化しないといけないんだろうな。現場ではすでに認識され開発も始まっているらしいが、すぐに投入できるレベルにないのは残念なところだ。
「最近、俄かに偵察機が危険にさらされているが、どう見る?」
俺はいつもの会合で軍の参加者にそう尋ねてみた。
「はっ、ソ連軍が欧州戦線で余裕ができた事で東方にも新型機を配備しだしたというのが最も有力ですが、戦力の移動という可能性も捨てきれません。消息不明機はちょうど鉄道沿線を偵察する任務にあたっていた機体なので、要所にレーダー施設と共に戦闘機隊を配置し、わが方の偵察機を排除する動きとも取れます」
もし、前世のヒトラーであれば、ソ連軍の東方への戦力移動は侵攻のチャンスと思ったことだろう。しかし、今のヒトラーはどうやらソ連と泥沼の戦争をする気はないらしい。更にはフランスやイタリアがアフリカで植民地の独立戦争に悩まされている事から、そちらの支援が必要になっているというのもあるかもしれない。
そう考えると、ソ連が一種の賭けに出てきた可能性も考えないといけない。
「華北の様子は?」
そう、最大の問題は大陸の戦況だ。
「現在、民国軍も加わっている状況ですが、米国は更に十万の増派によって治安維持を重視した戦線再構築へと移行し、前線は民国軍が担っています。が、民国内にも共産党の拠点が存在し、今以上の増派は望めず、独からの支援はあれど、現状維持がやっとの状況です」
やはり、欧州での戦闘で消耗しなかった武器弾薬が潤沢に共産軍へと供給されている。そして、民国内には共産党シンパも隠れているのだろう。民国内で共産党が活動できている。これでは北伐どころではないに違いない。
まあ、民国が不調な原因の一つはフランスとの戦争や我が国による海南島占領なんだろうが、それは自業自得だから仕方がない。
「もう一つは、バイカル湖北岸へ抜ける鉄道だが、建設はされているか?」
これも大事な案件だ。前世ではなかなか伸長しなかったバム鉄道だが、下手をしたらこの世界では侵攻ルートとして建設されているかもしれないと警戒している。バイカル湖北岸や分岐点となりそうな地点はそれなりに偵察しているのだが、今のところ目立った痕跡は発見されていない。
「はっ、イルクーツクからさらに西まで偵察範囲を広げて広範囲に偵察してきましたが、これまで怪しい箇所は発見できていません。消息不明地点も既存の路線付近であり、バイカル北岸を目指すような場所での戦力強化も確認されておりません」
どうやら、今のところ、バイカル湖北岸から大軍がやってくる可能性は低そうだ。ただ、やはりソ連軍が東方へ戦力を移動している怪しい感じはある。
東進が確実に分かったのは三月に入ってからだった。ほぼ間違いなく、侵攻部隊であるらしい。
「とうとうその時らしいな。議会でも話を出す頃合いだろうし、総理はすぐに動く準備を」
ほぼ形式だけとなっている御前会議の詰めを行い、その時に備える。
既に精鋭の機甲師団3個はロシアで準備を整えている。何とか新型戦車も間に合って良かった。日ロ連合軍はソ連軍がバイカル湖を渡河してくることを考慮してやや内陸に居る。どう動くかはソ連軍次第と言って良いだろう。




