第九十二話 華北の泥沼
昭和二十五(1946)年の中華戦線は泥沼そのものだった。
「現在、米国軍は西安を超え延安まで進軍しています。すでに投入兵力は百万人を超えており、米国内でも厭戦気運が高まっている状態です」
報告では前世日本どころではないその進撃状況に舌を巻いたが、それは当然ながら大兵力、大物量による代物だった。もちろん、戦死者も多い。
「現在、我が国が把握できている米国軍の戦死者は既に二十万を超えており、継戦には様々な制約があるものと思われます」
機械化された米軍の進撃は非常に速かった。しかし、あまりに速すぎるために後方で輜重部隊がゲリラの襲撃を受けることもしばしば起きている。
それでも一獲千金を夢見て中国大陸へ渡る米国人は後を絶たない状態で、厭戦気運が高まる一方で、戦線は縮小しても大陸権益をいかに確保するかという話が続いていた。
こう言っては何だが、その裏には輸送や製品販売で儲ける日英の影があるのは言うまでもないが、フロンティアを目指した多くの米国人がその恩恵に浴していることもまた事実ではあった。
「米国はどこまで戦い続けるだろうか?」
前世のイラクやアフガンを知る俺にとって、米国のこの状況がどうしても前世とダブってしまう。これが欧州への貸し付けで儲けている状況ならばともかく、すべては自家消費なのだから、まさに状況は瓜二つと言える。
ただ、米国は未だに中国大陸を新たなフロンティアと思い、疑う事すらしていない。だからこそ、内陸部まで深入りできていると言える。
「共産党軍は蘭州に拠点を構えている様で、ソ連との連絡も行われている様です。少なくとも、蘭州を攻略するまで戦線は拡大を続けるかもしれません。それと、西安以西については民国軍も参戦しての共産党討伐が行われるようです」
つまり、この戦いは終わりそうにない。そういうことになりそうだ。
そんな話をしているところに、インドシナ戦争の結果、英国が海南島を保障占領するという話が入ったのだが
「なんで日本がやることになったのかな?」
「英国はインドシナ戦争の結果、インドの独立についての交渉をはじめ、その警戒と、アフリカでの共産勢力の伸長への対応を最優先にするとのことです。アジア・太平洋地域の事は日本に任せると言っております」
言ってしまえばパシリである。そして、実はもう一つ大きな問題がある。
インドシナ戦争に関連してスマトラでも独立運動が起きているのだが、オランダは強硬にこの鎮圧にあたっている。そこにインドの独立準備という話が飛び出してきたことで、英蘭関係はあまりよろしくない。
フランスも今は目先のアルジェリア問題でそれどころではないが、それが落ち着いたらインド洋方面でどのような態度に出るか、誰が政権を握るかで変わってくるので非常に読みにくい状況にあるらしい。
そして、欧州から飛び込んできたのがソ・フィンの停戦だった。
欧州戦線ではポーランドに攻め込んだソ連軍が壊滅し、レニングラードまで陥落しているという。ソ連はキエフへの侵攻を警戒しているようだが、今のところ欧州側が侵攻する姿勢を見せていない。
昭和二十六(1947)年に入ると、欧州では完全に戦争は停滞していた。戦争しているのかどうかもよく分からない。そんな状態で、偽りの戦争だとか、静かな戦争と言った呼ばれ方が生まれているそうだ。
「欧州情勢は複雑怪奇と言うが、これは一体何が起きてるんだ?」
年明け初めの会合でそう問うてみたが、確たる話は返ってこなかった。
まず、フィンランドに展開している部隊は北方でのソ連軍は完全に平時体制で動きが無く、レニングラード奪還に備えた準備期間ではないかとの見方がある。一方のドイツ側はと言うと、ヒトラー自身が緩衝地帯の確保として今の防衛線があるとの演説をしている。しかも、どうやら来年には首相の座を辞し大統領選出馬との話があがっているとかなんとか。
下手をしたら欧州では今の戦線が固定化するのではないかと見られている。
さて、問題の華北戦線はと言うと、年が明けても状況に変わりはなかった。




