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第八十九話  とある首相の決断

 1945年4月30日、思えば、この日が私の命日だった。薄暗い地下室で私は一人でこめかみに当てた拳銃の引き金を引いた。


 それは何度も何度も夢で繰り返されていた。そう、今や過去形だ。


 今は6月、私はドイツ共和国の首相。決して独裁的な地位にいるわけではない。しかし、何という皮肉だろうか。共産主義批判をしすぎたのか、それともゲルマンにはそもそも共産主義への嫌悪でも刻み込まれているのだろうか?


 私よりも議会が対ソ戦を望んでいる。


「議会で可決された通り、銀行強盗共が攻撃してきた場合には応戦を許可する」


 既に英国の黙認は取り付けている。連中はポーランドが自主的に経済同盟に加入した事で対独開戦の理由はない。

 夢の世界で私は致命的なミスを犯していた。


 考えてもみれば、オーストリアやチェコの件はあまりにも上手くいきすぎていた。ミュンヘン会議はうまく切り抜けたつもりであったが、それが罠だった。


 大勝して気を緩めて、次もうまくいくと思っていたら、結果はどうだ。最悪だった。そもそも、ポーランドごときのせいで英仏と準備が整う前に戦争なんぞやりたくなかった。


 喜々として英ソを支援する米国の姿を見てようやく悟った。


 もう少し慎重に事を進めるべきだったと。


 そして、私は夢を現実にしないために慎重に事を運んできた。もちろん、夢は所詮夢だという可能性もあったが、多少の誤差はあれ、私はドイツにおいて国会に議席を持つ政党の党首にまで成り上がり、与党のヘマと夢の出来事を利用して首相の座を射止めた。


 だが、そのままならば夢の結末が目に見えていた。そこにあったのは夢と変わらない状況だったのだから。


 私は考えた、夢の通りにしてはいけないと。


 そして、考えた末に、国を併合していくのではなく、迂遠な方法だが、経済的に取り込み、国境の意味を希薄にしたうえで、わがドイツが欧州の盟主となる。そんな策略だった。ただ、この野望の欠点は、私が首相の座にいる間には完成しないことだ。しかし、それでいい。


 そう思ってコツコツ積み上げた結果が今の状況だ。


 英国との折衝、フランスの囲い込みと懐柔、イタリアの買収。それらは満足できる成果を出している。


 一番満足できる成果を真っ先に出したのはソ連との関係だった。


 ソ連との秘密軍事協定を利用して、ソ連領内で様々な研究が出来た。戦艦技術をくれてやる結果にはなったが、有意義なものだったと言える。


 そして、夢より進んだ現実の内燃機関は夢の中の戦力を早期に実現させることが出来た。おかげで我が国には英国に引けを取らない航空機や装甲車両が存在している。

 そう、そこまでは良かった。良かったのだ。


 しかし、なんだ、あの銀行強盗野郎は!どれだけ私が我慢したと思っている?さすが、革命のためなら銀行強盗もいとわないだけの事はある。条約何ぞ屁とも思っていない。クソ忌々しい!!


 その結果がコレだ。


「現在、わが軍はソ連軍と交戦中です。空軍の支援もあり、ソ連の攻撃を退けることは出来ていますが・・・・」


「十分な防衛線を敷けるだけの戦域確保を許可する」


 それはつまり、小競り合いではなく開戦を意味するのだが、銀行強盗はこれにどう応じてくるだろうか。どうせ、斜め上に対応だろう。



「ナルビク?どこだ、それ」


 私は海軍将校に言われて場所がよく分からなかった。しかし、地図を示され事の重大性に気づいた。


「鉄鉱石の積出港を狙ってるのか、あの銀行強盗は!海軍は今すぐ動け、陸軍は上陸部隊を見繕ってすぐに船に飛び乗れ!今すぐだ!銀行強盗に先を越されるなよ」


 カレリア地峡やバルト海での戦闘だけでは飽き足らず、迂回して西からラップランドへ攻め込む気だろうか?

 そうなれば、我が国は有力な鉄鉱石供給地を失うことになる。それは是が非でも避けたい。


 ナルビクだけでなく、エストニアの島嶼部も占領してわが軍の優位も確立しておいた方がいいだろう。



 そうやって局地的な戦争に終始していた時だった。


「ソ連がウクライナで大規模に集結しているとのことです」


 はぁ?銀行強盗は何を考えている?


 あ、そうか、あれは夢の中ではルーマニアの分割も銀行強盗と密約していたっけか。連中、革命の余波で失った土地は是が非でも回収するつもりだな。


 しかし、今現在、銀行強盗が帝政ロシアの領土を回収することなど我が国は容認していない。確かに、フィンランド侵攻以前にそんな話をしたかもしれんが、書面で正式に交わしていない。それどころか、フィンランドとの戦争で敗北した時点で白紙撤回している。銀行強盗もそれを了承しているはずだが、連中が守る訳はないのか。アレを口実として再度のフィンランド侵攻とバルト諸国併合の動きか。という事は、ベッサラビアにも来るのか、連中は。せっかく夢のように死なずにここまで来たのに、ここで夢の実現をやられてたまるか。とにかく連中に欧州同盟の地を踏ませるわけにはいかん。下手に入り込んだらそこかしこで銀行を襲うがごとく、共産主義者を増殖させて酷いことになる。そんなことになれば、夢の二の舞だ。


 対ソ防衛で色目を使ってくるルーマニアやブルガリアを利用して欧州防衛のために同盟軍を結成しよう。チェコの工業力を軍事に振り向ける口実にもなる。そうすれば銀行強盗共を防ぎきることも出来るだろう。


 あとは、極東の猿が言う事を聞いてくれるとよいのだが・・・・・・




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