表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/111

第七十九話  フクイチから考える

 昭和二十四(1945)年一月。


 ソ連が再びフィンランドへ侵攻した。ここまで遅くなるとは思っていなかっただけにびっくりしたのだが、幸いな事に時間があったので準備は出来ている。

 統合参謀長時代にフィンランド支援の物資をドンドン送り出していたし、抜刀隊や教導隊による訓練も継続していた。


 正直言おう、あの国は異常だ。今ではここら中に凄腕スナイパーが居る。ソ連軍の指揮官や戦車長はたまったもんじゃないだろうな。開戦からわずか2週間でずいぶんな戦果が出ているらしい。今回、日本からの人員は全て裏方に回っている。抜刀隊はその多くが帰国してロシア公国防衛に備えている状態だった。


 軍に居ないのになぜそんな情報が手に入るのかって?


 それは四十年近く前の立場に戻ったからだ。役職がとれて自由になった。そのことで昔のような立場で自由にやっている。そうは言っても、この行動自体を不審がられないように春には新たに国家企画院という部署が出来る予定だ。建前上は国会の外郭団体で、政策立案や戦略検討を行う部署とされ、与野党問わず利用できることになる。ただ、その代わりとして国会議員には機密保持義務と厳しい罰則規定が設けられる事になるが、前世と違いそのことに騒ぐような非常識な議員は居ない。秘密会議やその協議の機密保持すらできない者が国会議員をやる国というのはどこかおかしい。あんな異常な国にならないようにしないとな。


 既に今年初めからその創設準備が行われている。本当なら俺は三月末まで統合参謀長の席に居て、春からこちらの顧問に就任するはずだった。しかし、あの騒ぎで年明けからこちらで設立準備を手伝いながら、枢密院への出席となっている。

 春には枢密院自体が解体され、国家企画院へと生まれ変わる。そのため、枢密院では皇室の機関であった部分は皇族や選任された委員からなる皇室会議へ移され、こちらでは長期的な政策提言や国家戦略の検討を主としていくことになる。そして、国会議員、国政政党はここでの提言や検討資料を見聞、議論への参加資格を有することになる。

 ただ、参加資格はいくつかの段階に分かれていて、最重要課題の検討に参加できるのはごく限られた皇族、大臣経験者、将校経験者しか参加できない。おれはその最高資格を持つ皇族であり、将校経験者という事になる。公的な役職を持たないため、顧問という形がとられるんだそうな。


 さて、そんなわけで、早々に枢密院時代から続いている最高会議が開かれていた。そこでは今後の事が話し合われるわけだが、今回の議題というのは、核兵器とその民間利用についてだった。


 やはり、核兵器は避けて通れない。核物理学の発展はこちらでも誤差の範囲のズレしかなく、遅れても数年から十年といったレベルなので、十年前から準備は行われている。


「核兵器に関しては、殿下が示された情報を基に科学者たちが研究を進め、理論的な部分ではすでに確立されています。爆縮技術についてもその実用性は確認できておりますので、後は実際に必要な核物質の確保が出来次第、実際の実験へと移行可能です」


 その様に報告が行われた。


 「藤」の調査によると米国でも開発は行われているらしいが、ドイツが前世のようなユダヤ人迫害を行っていないため、核心的な人物が移住していないらしい。片やドイツでも研究は行われているらしいが、重要部分にはさすがにユダヤ人を参加させていないらしく、こちらでも参加はしていないという。

 そのため、いずれの研究もその進捗はゆっくりとしたもので、すぐに原爆が製造される段階とは言えないと推測されている。

 日本はどうかというと、これまた事情は似たような状況で、現在、青森と茨城に最近研究、実験施設が完成し、本格的な研究開発は始まったばかりと言える。


 そんな中でもう一つの懸案は民間利用の問題だった。


 軍事利用に関しては現在研究中の原子炉をそのまま発展させ、潜水艦や空母に採用する方針を取っている。核兵器用プルトニウム生産には黒鉛重水炉を用い、艦艇用動力には加圧水型軽水炉という方針は決まっており、俺が最低限の青写真を示して、青森に黒鉛炉、茨城に軽水炉が完成している。

 では、民間用はどうするのか?


 このままいけば、民間用は艦艇用の軽水炉を利用することになる。現に前世ではそのような経緯をたどっている。


「わかった。安全第一で頼む。問題は民間利用だが、『藤』は例の人物と接触できたのかな?」


「はい、すでに接触しています。現在は米国の研究に携わっているため、我が国へ招聘できるのは早くとも数年先になる見込みですが、本人も乗り気です」


「それは良かった。彼が肝になる。無理に米国の核開発情報を取ろうとしなくていい。必要なのは彼の液体燃料原子炉に関する研究であって、米国の核開発ではないから、そこのところは気を付ける様に」


 俺がやろうとしているのは、民間用原子炉を液体燃料原子炉にすること。

 まあ、なんだ、前世であった本のせいでもあるんだが、その本には納得させられた。


 液体燃料なら事故の可能性が云々という部分も驚いたが、一番興味を引かれたのは兵器転用の非効率さだった。

 その本には、結局、前世で事故を起こした福島の原発のように大型化すれば液体燃料炉であっても例外ではないとも書かれていた。確かにそうだと納得したのだが、小さな研究用や医療用原子炉というのは街中にすら存在する。


 なぜか?


 原子炉が小さく、熱エネルギーが少ないために冷却に大規模施設を必要としないためだそうだ。一般に、原発と呼ばれるものは巨大な発電量を持つため、当然、発生する熱エネルギーも膨大になる。そうすると冷却設備も大きなものが必要となる事から、海や巨大河川の辺にしか作れない。決して小さな原子炉なら放射線が弱くて、大きな原子炉だから放射線が強いとかいう理由から街中にないのではないというのだ。

 東京や大阪に原発が無いのも、住民感情だとか安全性だとか以前に、法律で求められた立地条件に合致しない埋め立て地や軟弱地盤が多い事が影響しているらしい。


 そして、民間用原子炉の核燃料棒は数年で入れ替える必要がある。つまり、頻繁に燃料を出し入れするのだから、その保管や輸送の利便性、広大な土地の確保というのも必要になる。


 土地が不足していて地価が高い都市部に原発が造れない理由にはこの土地問題も存在する。


 そう、小型ならば場所を取らない、冷却の問題も少ない。そして、液体燃料ならば追加は必要だが、取り出して保管や輸送するというのは撤去の時しか必要ないという。

 ここに目を付けた。


 一番電気を使うのは工業地帯、ならば、工業地帯の電気を賄う分だけの発電量を持った原発を工業地帯に設置すれば良いじゃないか。それならある程度小型にできるだろう。必要なら何基か設置すればいい。

 

 離島ならば巨大施設は必要ない。数十年使える簡易な小型原発を設置すれば電気に困らずに済む。

 冷却問題による事故を抑制できるなら、福島みたいなことだって起きずに済む。スリーマイルやチェルノブイリにしても、液体燃料が自然に循環するだけの簡単な仕組みなら、誤操作という話にもならんだろうから、事故の可能性を大幅に小さくできるだろう。


 そして何より、燃料に使うのは核開発で余ったウランやプルトニウムを混ぜ、主燃料はウランより資源量が多いトリウムというものを使うという。


 トリウムからは核兵器に有用な核物質は少量しか取れず、なおかつ、液体燃料から兵器に欲しい物質を取り出す再処理には採算に見合わない費用が必要になるという。

 前世で多くの国で起こっていた核開発疑惑という騒動も、考えてみれば核兵器開発と民間利用を同じ物質、同じ方式の原子炉で行っていたから起きた事だった。


 世界により多く存在するトリウムという物質を使い、核兵器製造がやりにくい液体燃料炉を民間用に普及させれば、核疑惑などという問題は起きない。兵器が欲しければ固体燃料炉を、本当に電気エネルギーが欲しいなら液体燃料炉をと、目的がはっきりするからだ。


 事故がゼロに出来るとは思わない。核兵器開発による事故も知られているだけで複数存在するのだから、事故が起きることは覚悟しないといけない。しかし、暴走しにくい、災害で破壊されにくい、人為的事故が起こりにくい、そんな構造の原発ならば民間利用を行っても、より安全になる事だろう。施設内で漏れるのは絶対に防げるわけではないが、暴走して水蒸気爆発や水素爆発を起こさない事で、事故の規模を最小限のさえられるなら、チェルノブイリや福島の悲劇をこの世界では未然に防ぐことが出来るかもしれない。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ