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第七十五話  マッチポンプ

 昭和二十三(1944)年八月十五日、夏の暑い盛りである。それでも日々の軍務は続く。


「大変です、反乱がおきました」


 執務を始めてしばらくしてそんな報告が入った。


「どこの部隊だ」


 反乱、クーデターってのは首都近郊で起こすのがセオリーだ、横須賀あたりだろうか。


「千葉の陸軍挺身隊、並びに横須賀の海軍海兵団です」


 両方だと?前世に倣い、挺身隊。つまり落下傘部隊を首都近郊に編成している。前世ではドイツによるデンマーク侵攻あたりから研究が始まった部隊だが、俺は飛行機が大型化した時点からその研究を指示している。今では世界最先端の空挺、空中機動部隊を日本は有しているのである。

 南京や海南島の攻略となれば真っ先に投入を行う部隊である。


「それで、どんな状態だ」


 空挺は航空隊と連携しているなら厄介だ、海兵団も艦艇と・・・・


「はっ、千葉飛行場及び横須賀鎮守府は近衛により既に制圧、反乱部隊も各所で包囲している状況です」


 やけに手回しが良いな。良すぎるくらいに・・・・


「わかった」


 正午ごろには早くも反乱鎮圧の報が入り、夜には暫定報告が来るという迅速さ。近衛って人外だからなぁ~


 翌朝、首謀者が粗方拘束されてその全容もおぼろげながらに判明したわけだが、まあ、何というか、よく今まで潜伏していたもんだねと言う人たちだった。前世的に言えばね。


「これだけに陣容が全く網にかからないか。一体どんな計画してたんだ?」


 統合参謀部の創設以来、改正憲法の下で文民統制に関する教育も徹底されてはいる。されてはいるが、ほら、フランスなんか1960年代でさえ騒動起きてるんだよね。元がフランスの影響受けてる陸軍なんか文民統制でプロシア毒が抜けたのかフランス化していた。それがつまりはこうした反乱の芽を育んだのかもしれない。そのあたりの判断はよく分からないが。


「計画自体は周到に練られていたのだと思われます。憲兵やニンジャと言えどもまさか私的な宴会や親睦にまで一々目を光らせるほどの人的資源はありませんから」


 確かにそうだよな。しかも、彼らは上海作戦の功労者でもある。きっと最近の優柔不断な俺に腹が立ったのだろうね。

 計画自体は周到だが、その目的は首謀者らによると俺の失脚と主戦派の擁立。血の気が多い話だこって・・・・

 そうなると、裏には政治家もいるだろうね。鶏にそこまでの人脈はないだろうから与党かな?


 そんなことを考えながら報告書を読んでいたのだが、どうにも引っかかることがった。

 具体的な事ではなく感覚なのだが、この騒ぎ自体が他の誰かに仕組まれたものであるかのような、そんな感覚があるのだ。しかし、それがどこの誰によるどんな計画なのかまでは正直分からなかった。


 そんな騒ぎの時にタイミング悪く、会議における作戦案の予測結果という物があがってきた。


 上海占領は誰の目にも無意味だと映るのだろう。予測の概略もそのように結論が出されている。やっても無意味だと。


 南京占領には一定の評価をしている。挺身隊が南京とそこに至る要所を抑え、ヘリ部隊を中心として機動歩兵が中心となって電撃的に南京までを占領して補給路も確保するとある。それに伴う損害は俺の考えよりもはるかに楽観的。しかし、軍事的な占領は容易としているものの、問題はその後の交渉と占領の継続について。

 交渉の行方次第では最長二年の占領を考慮しているのだが、占領維持に三か月以内に重装部隊の増強が必要になり、半年以内に兵站維持にさらなる兵力の補強が必要で、一年を超えるならば動員やむなしという状況予測がなされている。もし、二年を超える場合は武漢侵攻も考慮に入れるべしとなっている。そこまで行くと前世の繰り返しだぞ。


 海南島占領は比較的容易と考えられている。問題はその先であり、それに関してはまずは政治決定次第として深い考察は今のところない。複数の概略的な予測を付記しているのだが、概ね前世戦後の独立戦争やその後の混乱と大同小異といった内容だ。そこに日本がどう首を突っ込むのかという話がなされている。


「ー以上が参謀部による検討並びに予測になります」


 俺は総理大臣にその報告を行う訳だが、なんだか違和感がある。


「参謀長、やはり、大陸侵攻は泥沼ですか」


「間違いなく。武漢まで進めば敵は重慶まで退くでしょう。追い続けることは今の日本にはかなり不都合が伴います」


「それは、前世の話としてだけではなく、今現在の情勢としてという事ですか?」


「前世の話以上に、今の日本は弾薬輸送を行う兵站の重要性が高くなっているのでより厳しいものがあるでしょうね。前世の昭和時代の陸軍と現世の欧州大戦あたりの陸軍が同等程度と思っていただいて結構です。二十年前に数倍する今の輸送量をどのように警護するか考えれば、総理にも如何に大陸侵攻が莫大な物資と資金を必要とするかお分かりになるかと」


総理は書類を前に腕を組む。そして俺はふと違和感を覚えた。

何もしない訳にはいかないと以前、目の前の人物は言っていた、自ら積極的に主戦論をけん制してはいたが、果たして実際の本音はどうなのだろうか?


「総理、さる十日に料亭で会っていたのは誰だったのでしょうか?」


そういうと顔色が変わる。何故?

俺は単にカマをかけただけだった。参謀長として軍人の動向に通じ、明石さんが軍から独立させて組織させた情報機関「ニンジャ」も、そもそもが俺や元老たちが築いたものだから当然ながら顔が利く。


「いや、あれはだな・・・・」


なるほど、違和感の原因はここだったか。


ここから芋づる式に統合参謀部や近衛にまで協力者が見つかり大スキャンダルに発展することとなってしまった。

総理は辞任、俺も辞任。ただ、辞任前に今後の日本に枷をはめる様に大陸侵攻ではなく、海南島攻略作戦を事実上発令し、大陸侵攻を封じている。


クーデター騒ぎは政治と俺の足元で画策されていた。なるほど、憲兵もニンジャも俺の耳に入れる訳が無いわな。なんせ、俺自身にまで嫌疑が掛けられていたんだから・・・・



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