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第七十四話  会議は踊る

 昭和二十三(1944)年、インドシナで戦争が行われている頃、日本では作戦会議が延年と続いていた。


 鶏が黙って以降国会での威勢の良い発言も今のところ下火だ。新聞や雑誌では威勢の良い意見が散見されるが、それにしたところで結局、日本海沿岸や瀬戸内を中心に、本音は「戦争なんて御免だ、労働力を取られて好景気が水の泡」という状態だ。

 日本海経済圏の景気を支えているのはロシアや米国との民需であって、国内の軍需は東京湾に集中している。一部、九州や台湾にもあるが。


 そのため、建前としては威勢が良くとも、それはあくまで他人事であって、誰も自分が率先して戦場へなどとは考えていない。まるで前世の俺が居たころの様だ。


 しかし、何もしない訳にはいかない状況なのも確かで、参謀部ではどうするか頭を悩ませていた。


「ここは再度上海を占領して民国政府と交渉すべきでは?」


 確かに無難な意見ではある。しかし、一度占領している。その時どうだったかを考えると結果も見えているのではなかろうか。


 上海を占領してみても、民国軍はそこから逃げて外縁で挑発して誘い出そうとするだけ。交渉に応じる気もないだろうし、もし応じてもこちらの条件を飲むことは無い。挑発のため、誘い出すための場にされるだけだろう。

 仮に、何らかの合意が成立したとして、末端までそれが守られるかというと、それは信頼できない。なにせ、中華民国政府なる組織は名前だけはあるが、実際の直接支配地域は広くはない。各地方の軍閥が付き従うだけの幕藩体制の様なものであり、軍閥が合意と関係なく動くなんてのは容易に想像できる。

 その行為が作為か否かは別として、合意を無視する行動が続けば上海以後どうするかという話が泥縄的に必要になってしまう訳だ。


「南京を急襲して降伏なり講和なりを迫るのは?」


 確かに、そんな考えはないとは言えない。しかし、空挺部隊による襲撃は補給を考えれば長続きしない。では、陸路侵攻となると、上海占領が前提となるし、上海からの補給路確保、占領地警備など、今動かせる兵力で可能な範囲を超えることになる。


 更に、南京を占領したところで降伏や講和の可能性は低い。

 前世においてもそうだったし、今現在、米国が華北で共産党と戦っているのが良い例だ。

 共産党はどれだけ都市や町を占領しても後退し、あるいは潜伏し、降伏や講和という姿勢を一切示していない。


 今既に、米軍は前世のイラク戦争さながらの泥沼に陥っている。街を占領してみると、兵士らしき人影は見えないのに、夜な夜な襲撃されたり、輜重隊が狙われたりしている。業を煮やした指揮官が市内を強引に捜索したり、見せしめに怪しい人物を処刑したりすると、だれかれとなく米軍への抵抗が増えていく、そしてまた・・・・。そんな悪循環が見られるのが現状だ。


 それは日本も前世経験している事と同じだ。いくら占領してもすぐにゲリラ的な攻撃にさらされて少なからず犠牲を出し、部隊を精神的に追い込んでいく。中国人は常には全く政府や支配者に従わず、表面的に従順でもいつ何時裏切るかわからない。王朝交代が幾度も行われてきているのだからそれが当然だ。明日は違う支配者かもしれないのだから、今日の支配者に心からの忠誠なんて、直接の部下でもない限りあり得ない。


 それは支配者側でも同じことで、真の忠誠を誓っていないムシケラをどう扱おうと殺そうとなんとも思わない。そうして中国の歴史は虐殺がたくさん記録されているのも当たり前だろう。いつ裏切るかわからないのだから、不安要素は潰しておくに限る。日本とは根本的に文化が違う風土だと理解しないと痛い目に合う、実際、前世、甘い見通しで泥沼が待っていたのだ。前世を知らない今の参謀部が考えた作戦案はどう見ても泥沼への道にしか見えなかった。


「では、海南島を!」


 たしかにそれが無難だ。


 海南島を占領してしまえば、タイが動いていることもあり、民国の支援ルートになっている仏領インドシナも封鎖可能だ。そうなると、民国はソ連経由の支援ルートしか使えなくなる。インドは英国支配下だから、ヒマラヤ超えやビルマルートは無理。共産党の影響力を受け入れるなら仕方がないが、そうでなければ、再度米国に接近するしかなく、その時こそ講和のチャンスだろう。


 そう考えると良い案に見えるが、民国が共産党を受け入れてしまうと、インドシナ、マラヤ、スマトラなどへも共産主義が広まり、実際に武器まで流通しかねない。そうなれば、日本は東南アジアの平定のために仏蘭と半ば対立することになるかもしれないのだ。オランダはまだ楽観してよいかも知れないが、すでにインドシナ戦争を英国が画策し日本が裏で動いたという陰謀論が国内で流布されているフランスが日本に協力するなど無理があるだろう。


 つまり、どれをやってもうまくいかない。かといって、何もしないことも許されない。これは本当に手詰まりだ。


 転生特典である歴史チート?知識チート?歴史を改変した上にすでに技術レベルが前世の歴史に追いついてしまった以上、ただの記憶に頼る俺の知識チートなどすでに役に立たない。


 転生ってもっとおいしくてボロい当たり籤じゃなかったのか?

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