第六十九話 上海事件
三月の事件の後、埒のあかない国民党政府との交渉の結果、とうとう七月には大陸沿岸の国民党政府軍、軍閥の根拠地となる港を攻撃して回った。
特に海南島の海軍基地はがれきの山と化すほどに徹底して破壊している。
それらの作戦も十月にはほぼ終了したのだが、国民党や配下の軍閥は日本の行動を消極的な示威行動と受け取ったらしい。
十月二十三日、当時、多くの日系企業が進出していた上海で事件が起こる。
その日、上海はいつもと変わらない喧騒の中にあったのだが、夕方になるとそれが一変する。
日本は租界を持たず、ただ市内に個々の企業が拠点を構えるだけの状態だった。早いところは店じまいを始めようかという頃に、突如として日系企業に次々と暴徒が押し寄せた。
そして、店に居た従業員や客を片っ端から銃撃、殴打という暴力でなぎ倒していった。
本来なら機能しているはずの警察や軍の治安部隊も日系企業の騒ぎには一切対処しようとしなかった。
そればかりか、警察や軍を頼ろうとした日本人が警官や兵士に銃殺されるという事態にまで発展した。
流石にここまでくると見逃せなくなったのだが、現地に日本軍は居ない。
まず向かわせるとしたら、台湾か九州という事になるから時間がかかる。
そして、上海領事館はというと、ここも襲撃される事態に陥っていた。
この襲撃で領事館員は全員死亡。市内と合わせて死亡は数百人に上ると見られたが、正確な事は後の調査でもわかっていない。
この問題で翌日から一週間、国会は大騒ぎになった。総参謀長の俺も呼ばれてどのような措置を取るのかと質問攻めにあう。
ただ、問題は誰がやったのかが判明していないことだった。
警察や軍も加担しているというのは事実だが、それが国民党政府の指示なのか、それとも現地の司令官の独断なのかが分からなかった。
当然の事だが、国民党政府が事件を主導したなどというはずがない。無関係と言い張る。ただ、大陸へ攻撃を加えた報復だと批判することは忘れていなかった。
国会では威勢の良い意見が飛び出してくる。
「参謀長!何をグズグズしているんですか!今すぐ陸軍を上海に上陸させて占領してしまえば良いではないですか!」
そう叫んでくる議員が居る。
「陸軍を動員するには予備役招集をはじめとした準備が必要となるので少なくとも三か月、万全の準備を整えるには半年ほどかかります。もし、今すぐ動くとなると、ロシアに派遣している部隊という事になりますが、その場合でも一月は掛かるでしょう。すぐと言っても、今すぐ出来ることではありません」
「そんな弱腰でどうする!参謀長がそんなだから千人もの犠牲が出たんだろう!」
とにかく常識がない。勢いだけで叫ぶ声がそこかしこから聞こえてくる。
この場に居る野党議員を中心にして半数近くは現状が理解できていない。今動けば誰の利になるのか。 それを彼らは知らない。いや、知ろうともしないだろう。
俺は総理や大臣たちと協議して、すぐに動かせる海兵団と近衛師団の特殊部隊を上海に送ることにした。
「海兵団がまずは港を確保します。そして、市内には『抜刀隊』を送り込みます。もしもの備えとして『攘夷志士』も上陸させておく計画です。本格的に国民党が軍を動かすようなら、『抜刀隊』一個大隊および『攘夷志士』一個中隊で叩き潰します」
総理や大臣は唖然としていた。
近衛師団には公式に編成表には記載がない部隊が存在する。
『抜刀隊』は超人的な個人技で一人で一個小隊の戦力を優に超えると言われる。実際にフィンランドへたった四百人派遣しただけで師団規模の働きをしている。
あれは特に志願した命知らずだったが、今回、一個大隊八百人を送り込むというのがどういう事か、実態を閣僚たちには分かっただろう。
『攘夷志士』も超人的部隊には変わりないが、こちらは戦車や砲兵を中心とした部隊になる。戦車部隊は、走行間射撃で初弾命中は当たり前という異常な腕前を持つ連中で編成されている。砲兵も誘導弾を使っているかのような正確さで指示された地点を砲撃できる腕がある。
当然、使用する砲も全国の砲兵隊が受領した砲の中から精度が良いものだけをかき集めている。当然だが、軍が受領した榴弾砲やカノン砲は精度を計測され、優れたものが最優先で『攘夷志士』にわたる。そのため、一般砲兵隊が使う方は『攘夷志士』のお古と言われるほどだった。
「そして、南京の政府庁舎も破壊しましょう。担当は空軍侵攻爆撃隊の四三式軽爆です」
四三式軽爆撃機、最も近い爆撃機は前世、英国が誇ったモスキートだろう。あれは木製だったが、残念ながら四三式は金属製だ。ターボプロップ2500馬力という強力なエンジンを双発で積み、低空を700㎞近い高速で飛ぶ。
本来はロシアの大平原でソ連の兵站や司令部を奇襲攻撃するために開発された機体だ。
速度記録のみを求めるならば軽く800㎞は出るだろう。そんな化け物じみた最新鋭機を投入する。
南京の防空網などこの機に掛かれば物の役にも立たないだろう。
「ただし、それ以上の攻撃は行いません。日本人さえ救助できればそれで撤退します」




