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第六十八話  日中戦争

 昭和二十二(1943)年三月十一日、この日は九月一日と並んで防災訓練の日とされている。しかし、今年は防災訓練どころではなくなった。


 事の起こりは前日だった。


 三月十日未明、シンガポールからの帰路にあった日本の艦隊が突如、中華民国海軍から攻撃を受ける。


 攻撃を受けたのは金剛、榛名を主力とした艦隊だった。理由は民国が宣言した九段線なるものの内側を無許可で航行したというモノだった。

 そもそも、今年の正月にいきなり宣言した上に、一方的な声明のみで他国へは何の通知や通告はない。 これまでは何のトラブルもなく航行できたのだが、今回に限っていきなり攻撃が行われた。


 中国側はポケット戦艦を中心とした、最近ドイツから供与された艦艇で編成されていたのだが、まだまだ錬成途上であり、日本艦隊への被害は出ていなかった。


 しかし、何の警告もなく発砲してきたのは事実であり、日本側は即座に反撃に出る。

 当然のように練度の高い日本軍の射撃はすぐさま中国艦隊を捉え、ポケット戦艦の周りに水柱が立ち上ることになった。

 主力艦が1隻しか居ない中国艦隊は徐々に距離を詰めて駆逐隊による砲撃を目指したが、それは金剛、榛名に狙ってくださいと言っているようなもので、戦闘開始から二十分もしたころにはとうとうポケット戦艦が機関室に被弾し落伍、それを見た駆逐艦が逃げ出すという状態となった。


 取り残されたポケット戦艦は金剛、榛名に囲まれたことで降伏してきた。


 ここまでなら、血の気の多い連中が強力な艦を手に入れ調子に乗っていたという事でまだ済んだかもしれない。

 事実、日本側には被害が出ていなかったのだから、謝罪と賠償金くらいで片が付くと、報告を受けた当初はそのように考えていた。


 しかし、翌日思いもかけないニュースが世界を駆け巡る。


 何と、中華民国は訓練中の艦隊が日本に拿捕されたと発表したのである。

 事実を真逆に発表してきた。


 国民党のやり口に辟易していた米国はすぐさま日本を支持してきた。

 米国は昨年来、内モンゴルやモンゴルへの介入を積極的に続けるうちに、本来、支援するはずの国民党系軍閥が米軍の輸送への妨害行為にしばしば直面していた。

 国民党政府はノラリクラリとはぐらかしたり、共産党の浸透と主張していたのだが、米国はそれを信用していなかった。


 なにせ、政府と現地軍閥のいう事が違う。政府や軍閥と合意しても一週間もすれば反故にされているというような事態が続けば信用を失うのは当然だった。

 その上ドイツから大量の軍事援助が行われるに至っては、信用しろという方が無理だった。


 ルーズベルト派が大統領や政府の失策を糾弾するが、自分たちの失態を考えれば、そのような主張が支持されるわけもなく、ただ白い目で見られるだけだった。


「で、これ、どうしたらいいの?」


 困ったのは俺だった。

 軍事作戦だけならやりようはある。しかし、まずは外交上の問題だった。

 それに、この二十年来の平和と高度成長で日本人の多くは軍をあまり支持していない、東北に行けば軍人というだけで追い出される。そんな状態だった。唯一、警備隊だけは支持が高いが・・・


 俺が統合参謀長というポストに据えられたのも、第一次大戦の英雄の一人で、警備隊出身という理由があった。単に皇族というだけでこのポストに居るわけではない。


 東北にとってはロシアとの取引だけでなく、昨今は米国のモンゴル介入で様々な物資が米軍向けにも売れていた。

 そのため、日本が戦争始めて働き手を軍に応集されては困るというのが、東北一帯の偽らざる意見でもあった。


 この世界では、東北程軍を嫌う地域はなく、関東、中部、南九州が軍人のなり手として一番多かった。

 

 そのため、建前としては「国民党けしからん」と言いながら、本心は「それはそれとして、戦争で働き手を奪うな、商売の邪魔だ」という、非常に都合の良い事を考える人が多かった。


 だから困っている。


 作戦として簡単なのは、国民党の一大拠点となっている海南島を占領するのが最も効率的だ。

 しかし、そのためには陸兵を動かすことになる。ところが、常備軍の多くはモンゴルの事態がソ連を刺激してロシア公国への侵攻となった時の備えとして、ロシア公国へと派遣され、あるいは派遣準備体制にある。


 それに、考えてみればこれほどソ連に好都合な展開もない。ここで日本が華南へ侵攻すれば、ロシア公国を支援する兵力が疎かになり、ソ連に利することになってしまう。


 案の定、国民党政府は自分達の非を一切認めなかった。そのうえで日本にポケット戦艦の返還と日本側の費用での修理、さらには賠償金まで要求してきたのである。


 これを拒否することは当然戦争を意味している。


 日本側としては拒否という選択しかなく、国民党の態度へは武力で応えることとなった。のだが、陸軍はほとんど動員できないため、海軍だけ潰してしまおうとしたのだが、その海軍は主要な艦艇をマカオに退避させてしまった。当然、そこにはドイツの手が回っており、表向き中立を宣言しながら、裏では当然のように国民党の支援にいそしんでいる状態だった。


 日本は艦隊を潰すことも出来ず、かといって、華南へ侵攻できるわけでもなく、海南島はじめ、いくつかの軍事施設を空母部隊で爆撃して回る事しかできなかった。




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