第六十七話 極東大乱
この話を書くに当たってボクト・ハーンが生存、あるいは次代が見つかっているという設定になっています。
昭和十九(1940)年一月、モンゴルの君主ボグド・ハーンが死去した。
これまで立憲君主国として米国の支援を受けた政権が比較的安定した政権運営を行ってきたが、ハーンという存在はいわゆる生まれ変わりを見つけて活仏として認定しなければならない。その捜索は何年かかるかわからず、君主が居ないという状態が続くことになる。おりしも日米戦争が勃発し、大統領の弾劾騒ぎや赤狩りが行われていた時期であり、米国による介入が後手に回ることとなった。
当初は穏健な対応をしていた人民革命党がいつしか武装闘争をはじめ、昭和二十一(1942)年にはモンゴル全土に紛争が飛び火するに至る。
体制の立て直しがひと段落付いた米国の本格介入もあって一時は沈静化するかに見えたが、全滅寸前と言われた中国共産党が急激に盛り返し、内モンゴルでも紛争が勃発するに至る。
それはまるで前世のアフガンやイラクを見る思いだった。
誰が敵かもわからず、モンゴルや華北の街が焼かれていった。そして、それらをソ連系の新聞社が世界に配信するのだった。
ドイツやドイツと経済同盟を結んだ国々を中心に反米の声が大きくなっていく、そして、英国にもその波が押し寄せようとしていた。
もちろん、日本でも少なからずそうした声が上がっている。
そして、それに呼応したかのように中華民国まで動き出した。
「ドイツから大型巡洋艦と装甲艦が?」
その知らせに驚いたのは俺だけではないだろう。
蒋介石は米国ではなく、ドイツを頼る事にしたらしい。それはルーズベルトをはじめとする人脈が尽く弾劾や赤狩りで潰されていったことにもよる。
そして、米国の領有する遼東半島に近い天津軍閥が力を持ち、国民党と対立するに至る。
こうなってはドイツに頼るしかない。
そして、ドイツは表向きは英独海軍協定の制限枠を理由にした艦艇の放出と言っているが、明らかにソ連支援の思惑があるのは確実だった。
「英国から南シナ海での我が国の影響力強化を要請するという話が非公式に来ています。英独関係は既に大戦前の状態に近い水準です。このままいけばドイツが協定を反故にしてさらなる軍拡に走るのも時間の問題と思われています。財政の厳しい英国は極東艦隊を増強できないので、その役割を日本に求めているものと思われます」
この報告で早々に台湾の基隆鎮守府、佐世保鎮守府へ金剛型戦艦を配備して対国民党対処とすることが決定した。
しかし、話はそれに留まらず、すでにフランスが経済同盟加入に向けた交渉を水面下で開始したと伝えられているだけに、さらなる増強も時間の問題かもしれない。
「これではもし、欧州で戦争が起きても日本はまず国民党や仏印のフランス軍、場合によっては蘭印のオランダ軍まで相手にすることになるのか?英国救援どころではなくなるな」
ドイツがどこまでフランスやオランダを取り込むかにもよるが、ソ連の反米宣伝が効果的に欧州で広まっている現状を考えると、仏・蘭への警戒が必要になってくる。
この世界のヒトラーはうまくやっている。剣ではなく金を使って周辺国を取り込み、英国を締め上げている。しかも、都合よく反米機運まで湧き上がっている・・・
「それで、蒙古戦線の米軍は?」
「戦力としては米軍が圧倒的ではありますが、如何せん、土地が広いため戦闘では勝利できても統治には手を焼いている様です。それに、いくらソ連系メディアが広めたとはいえ、実際に米兵の血が流れている訳ですから、米国にも厭戦気運が出始めています。せっかく不安要素の芽を摘んだというのに、すぐさま次が現れそうな状態です」
実際、華北やモンゴルにおける米軍は前世アフガンやイラクのそれに近い。
米軍に寄って行く人物が中国共産党やモンゴル人民革命党の支持者に好意的に受け入れられるはずもなく、米軍が頼りにする案内人や通訳が尽く現地で信用されていない。あまつさえ、現地住民が共産党や革命党に通報して各地で襲撃される有様。それは当然のように米軍が侵攻した村や街での苛烈な掃討戦や虐殺を招くことになる。その悪循環がそこかしこで繰り返され、米軍の疲弊と本国の厭戦気運ばかりが上昇している。非常によろしくない。
「ソ連軍自体に動きがないのが不気味だ・・・」
本当に、何かの前触れとでもいうぐらいに静かだった。




