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第六十五話  とある首相の憂鬱3

 私は地下室で自分のこめかみに銃を押し付けている。

 なぜこんなことになってしまったのか。どこで何を間違ったのだろうか。もしもやり直せるならばいったい何をやればよいのだろうか。


 ふと気づくとそれは見知った天井だった。またあの夢を見ていたらしい。


 私は1918年以来、幾度となくあの夢を見ている。あれは記憶と言って良いだろう。あれからもう23年になる。

 記憶の中にある失敗をこれまでいくつも乗り越えてきた。あるいは避けてきた。


 しかし、避けがたいものというのは必ずあるもので、今まさに壁にぶつかっている。


 なぜ、私は地下室で自らに銃を向けることになったのか?


 それはいくつもの失敗や偶然が重なっての事ではある。しかし、そこにはある一つの原因が存在している。

 私がなぜ戦争を始めたか、その原因だけはハッキリしている。もし、ポーランドへの工作が失敗しなければ?


 そう、ポーランドへの工作に成功し、東方領土を獲得していればあのような準備不足での開戦などという大失敗には至っていない。

 しかし、ポーランドだけという話ではない。アルザス・ロレーヌへの軍の進駐すら賭けであった。


 宣伝相の大風呂敷に各国は惑わされ、オーストリア併合の頃には虚像が出来上がっていた。


 だからこそうまくいくと思った。その慢心が大きな誤りだったことを知るのにはずいぶん時間を要した。


 そして現在、誤りを見直しここまでやってきている。


 しかしだ。流石に問題先送りもそろそろ限界だろう。もう随分時間を費やした。銀行強盗は勝手な事ばかりやっている。

 アレをどうにかするためにも今必要なのは現状を前へ進める事だ。


 かといって、今更記憶と同じ行動はとれない。そのような行動をとるには時間が経ちすぎた。

 確かに今のドイツ軍なら行動は可能だろう。


 ところが、問題は私自身にある。記憶の中では私はワイマール憲法を停止し、総統なる役職の下、全権力を集中させていた。今の現状はワイマール共和国の一首相でしかない。


 国内の共産党は叩き潰した。政権を奪われるような政敵も居ない。だが、ここで記憶のような権力集中をしては軍も民衆も付いてはきまい。あれは不景気の中に希望を見つけたからこそ可能だった。対英戦力の再建が目に見えだした海軍や腹を満たし自らの欲や希望を欲する民衆に、私への権力集中など説いたところで響きはしない。


 記憶の私はタイミングを見計らって権力を手にした。つまり、今更同じ真似は出来ない。今、あのような事をやれば自らの意思とは関係なしに銃弾が私を貫くことだろう。

 それではどうすれば良い?


 今のドイツは経済において中欧を支配下に置くことには成功している。ただし、それは不安定なものだと言って良い。

 近い将来、銀行強盗が中欧や東欧に手を伸ばすことも考えられる、すでに東欧などはその影がアリアリと見えている状態だ。東の禿猿は役に立たない。アレが東でもっと役に立っていれば銀行強盗を東に釘付けに出来たのに!


 なにせ、国境防備は整えるが米日がソ連に攻め込むことは無い。銀行強盗は安心して北欧と東欧に目を向けることが出来る。禿猿が米に尻尾振る姿勢を改めないのも原因だ。米の欲深ジジイは既に無理だが、替わりは居るだろう。

 それに、銀行強盗が飼っている猿も強かだ。しかも、こちらが渡した兵器だけでなく、チャイナで鹵獲した兵器までコピーするとか銀行強盗は何をやっているんだ、チキショウめー!!


 おかげでむやみやたらに我々の防備まで東を気にする必要が増している。いくらドイツ軍がフランコ支援で実戦経験を持って居ようとソ連がフィンランドに突っ込んだら同じだろう、奴はまたやる。それまでにどうにかしたい。



「首相、ボーキサイトの輸入関税についてオーストリアが通過に伴う・・・」


 それだ!!


「首相?」


「それだ、それだよ、よし、ドイツと中欧、そして東欧の産油国までを無関税の経済同盟圏にしてしまおう。何、併合するより簡単だろう。なあ!」


「はあ、そうなれば我が国だけでなく、工業国も資源国も利を得ることが出来るかもしれません」


 そうだ、そうしよう。ソ連に対する警戒からルーマニアやブルガリアは我が国へ軍事的庇護や連携すら求めてきている。チェコやハンガリーのように警戒する国もあるが、経済を前面に押し出せば拒否も出来まい。

 そうだな、欲の皮が突っ張ったフランスがうまみに気づいてすり寄ってくればよりお得だ。ポーランドもそこまで来れば孤立を避けて参入するしかなかろう。よし、光明が見えだした!!



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