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第六十三話  結婚パニック

 昭和二十(1941)年のある日、朝家を出ようとして娘に呼び止められた。


「お父様、私結婚いたします」


 ??


 なんだって?


 何を言っているのかわからなかった、だってそうだろう。次女の真理愛はまだ17歳だ。こいつは何を言ってるんだ?長女の華怜ならまだわかる。あいつはどうにも俺に似て奥手らしい。こいつは、嫁に似て アレだ。


「真理愛、お前は何を言っているんだ?」


「結婚するって言ったの聞こえなかった?」


 うん、聞こえたかどうかではないんだよ・・・


「お前は仮にも皇族だ、しかも、17じゃないか、何を言ってんだ」


 そういうとおもむろにお腹に手を当てだす。


「相手はどこの馬の骨だ。ちょっと連れてこい。不敬罪で射殺だ!」


 一体相手はどこのどいつだ。信じられん。よりにもよって皇族に手を出すとは。


「どこのどいつだ、さっさと答えろ、真理愛!」


「どこのどいつじゃなくて、私の旦那様。何言ってるの?不敬罪とか馬鹿じゃないの?」


「なんだとぉ」


 その時、俺は肩を叩かれた。


「なんだ、何の用だ、今はそれどこ・・・」


 そこにはニコニコほほ笑む嫁が居た。未だにアナスタシアは可愛い。いや、美しい。しかし、そんなどころではない。俺は桜島の噴火よろしく沸騰していた心をいきなりシベリアの永久凍土の穴に放り込まれたかと思った。


 だって、そうだろ。嫁の目が笑っていなかったんだ。その目は明らかにアレだ。俺はまだ死にたくないので明言は避けるが、アレだ。分かるだろ?


「・・・・そうか、結婚か、うん。分かった。陛下に拝謁してご裁可を仰ごう。では、行ってくる」


 そう言って嫁の顔を見ると女神のような微笑みで俺を見ていた。


 いや、本当に良かった。



 それから数日のち、陛下に拝謁したのだが・・・


「上総宮、真理愛がか?」


「はい、真理愛です。華怜はいまだその様子はないですね」


「そうか、華怜が上総宮のようになっては困るのだがな」


 たしかに、俺もそれは思う。そう思ったから早々に華怜は山岡家の子息と引き合わせて何だかんだとやっていたはずなんだが、気が付けば引っ付いて来ていた真理愛が引っ付いてしまった。どうしてこうなった?


 たしかに、華怜は大人しい。俺の知り合いなんて軍人以外じゃ産業界の人脈くらいのもんだ。あとは嫁の伝手でロシア公国。


 真理愛は誰に似たのか知らないがお転婆だ。小さいころからいたずら好きだった。知っているような気はするが誰の事だか言いたくはない。

 そんな性格だから、姉の行くところによく付いて行った。当然のように姉より先にはしゃぎ回っていた。


 相手は五つ年上だから、子守のつもりだったんだろう。しかし、真理愛は技術に興味を持った。


 お転婆でいたずら好きでプライドが高い、まるでどっかのアニメの神様な感じで頭もよいと来ている。


 黙って座っていれば・・・、いや、これ以上は止めよう。


 そんなだから、ただの遊びが技術的な事を話す関係になって、それがきっかけで親密になってしまったらしい。


「華怜については、急かさずに見守るつもりです」


「そうだな。上総宮の例もあるしな」


 陛下・・・


「そんな顔をするな。朕も父もそなたの事は心配だった。欧州行きも伊藤公や父がそなたらを結ぶために画策したようなもので、朕はただのお飾りに過ぎなかったくらいだ」


 はい、その話は・・、いや、陛下、あなたも共犯側でしょ?


「ところで、ロシアにわたった昭宮にもそのような話があるそうだが?」


 なぜそれを・・・


 三人目は男だった。兄はこの男子誕生に気を緩めたかのように亡くなってしまった。それでも前世より一年半長生きしてくれてはいたんだが。

 長男の名前は敬仁たかひと、アナスタシアは男にも欧風な名前を望んだが、ここは妥協してもらった。勢い余って六人目が出来、男の子だったので、次男の名前は丞爾ジョージとなった。宮内省や皇族からは色々言われたが、上総宮家自体が外国と縁を持つ特異な家という事で例外としてもらっている。


「はい、ですがまだ15なので子供の戯言とお聞き流しください」


「いやいや、上総宮のようになっては困るから、本人にその気があるのなら宮内省や外務省と図って事を進めておいてはどうだろうか?」


「それはこれから昭宮がどうしたいか、先方の事情というのもありますので」


 俺は言葉を濁してはぐらかした。


 いや、きっとそんなことをしてもアナスタシアと姉のオリガさんが面白がって話を進めてしまうかもしれんが・・・

 ちなみに、敬仁の相手はまだ十歳の女児だそうだ。二人ともどうなるかわからん。





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