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第五十七話  冬戦争

 昭和十八(1939)年十月十八日、欧州より緊急電が入った。


「ソ連がフィンランドに侵攻しました」


 その知らせを受けた統合参謀部では蜂の巣をつついたような大騒ぎになっている。日米戦争どころではない。すぐにでもロシア国境の防備を整えなくてはならない。

 幸いなことに大連総督府は日米戦争に中立のため、在支米軍は大連司令部の命令の下、米露防衛条約に基づいた体制を整えようとしている。大連総督はここぞとばかりに本国のマスコミに対する大統領批判会見を行っていた。


「大連総督の話は本当なのか?」


 俺は手元にある米国の新聞報道を半信半疑でニンジャ長官に問うた。

 確かに前世、そのような話は存在した。しかし、果たして本当なんだろうか?


「『藤』及び大陸や済州における情報を総合すると、あながち間違いではないと思われます」


 新聞に載っている大連総督の話によれば、ルーズベルトは上海を拠点とする中華系財閥や国民党の蒋介石と組んで、大連を中心とした西海岸グループといわれる後発の利権グループに対し攻撃を仕掛けたというのである。

 ルーズベルト自身、元々上海を中心に進出していた米財界グループに属しており、蒋介石をはじめとした国民党グループに近い、たいして、大連を拠点とする日露戦争以後に乗り込んだ後発グループは満州や内蒙古など、国民党が放棄した万里の長城以北を基盤としている。米国内でも二つのグループは競争関係にあり、日本や極東ロシア公国の発展で西海岸の日系人やロシア系資本と組んで大連から米西海岸まで一貫したルートを築いて上海グループを凌駕するまでに成長していた。当然、元々英系と競争してアヘンを捌くことから始まった上海グループの販路は既に限界を迎え、西海岸グループとの差が開くばかりであった。これは米国内でも格差となり、日系、ロシア系と組まなければ新たなフロンティアはないとして、過剰な排日、排露の声まで上がりだしていた。もちろん、それを作ったのはルーズベルトらの上海グループと華僑達なのだが。

 大連総督はそのことを暴露してルーズベルト批判を展開していた。


「そうすると、朝鮮赤軍を動かしたのは・・」


「いえ、そこからが複雑になります」


 ニンジャ長官によるとロシアでのソ連スパイ事件や「藤」による米国内の情報から、単に経済問題だけではないものが浮かび上がっているという。


「この騒動の背景にはもう一つ、ソ連の影があるようです」


 人物を特定できては居ないが、米政権内にソ連と通じる閣僚が居るのは確実らしい。そして、当然ながら、朝鮮赤軍にはソ連から支援が行われている。そのルートがまた・・・


「上海グループが取り込まれて中国共産党と関係あるのか・・・」


「はい、朝鮮への武器の密輸も上海からの北太平洋航路を利用し、済州島やウラジオストクから朝鮮へと流れている様です。今回の済州事件により延焼した米系、つまり上海グループ系の倉庫から密輸の疑いがある品が発見されています」


「燃やすはずだった証拠品が防災訓練でいつもより多くいた要員のせいで燃えなかったと」


「そうでしょうね。人の出入りが多く、侵入は防げませんでしたが、消火は常より迅速に行われたことで証拠が露見してしまったのでしょう。もちろん、『藤』を使い、適切な時期に米報道機関にタレ込みが行われる予定です」


 なんとも複雑だ。そして、今回の騒ぎ、大連総督が中立を宣言しなければより事態は深刻だったわけだ・・・


「もし、在支米軍が対日戦に参加していたら・・・」


「蒙古共産ゲリラやシナ赤軍、朝鮮赤軍によるゲリラ多発でロシアはソ連の侵攻以前に混乱をきたしたことでしょう。現在のところ、フィンランドはひと月程度で首都を陥とされ、来年早々には反転してきたソ連軍が露ソ国境に殺到するものと予測しております」


 前世の歴史からその推測は外れると思うが、そもそも、在支米軍が在支司令部の統制下、大連総督府に従ってくれているのでソ連軍の侵攻はないかもしれないが、もしもの備えは必要だ。参謀部ではすでに陸空軍のロシア派兵が急ピッチで立案されている。



 十月二十二日、米政界が大連総督の暴露で混乱する中へ「藤」が済州島での密輸品発見の報をタレ込んだ。それだけにとどまらず、義父やチョーカーも動いたらしく、アカの暴露も一部行われている。

 驚いたことに、前世日本に居たゾルゲさん、米国に居た。しかも、国務長官の近くに・・・


 十月三十日には米国は日本との戦争どころではなくなった。そもそも、海戦の惨敗による責任を追及されていた大統領はスキャンダルと足元のアカ浸透というダブルパンチによって弾劾という運びになってしまった。翌年の三選立候補に向けた詰めの段階での大事件。


 十一月二日にはバタバタと日米の停戦合意が発表され、同時に旧来の通り、日米が協力してロシアの防衛に当たることが重ねて強調された。

 大統領の個人的な思惑とソ連による工作が重なって起きた今回の戦争、米海軍に多大な損害を与えはしたが、意外なことにその米海軍の反日感情は大きなものではなかった。特に、降伏して横須賀に連行された戦艦部隊の一部士官たちはそのまま記念艦となっていた装甲艦三笠行きを要望、代表者が三笠に飾られた東郷元帥の写真に謝罪する一幕まであった。この後、日本を訪れた米艦隊が横須賀で三笠に使者を派遣することが慣例となったのは言うまでもない。

 21世紀でも、「俺たち米海軍はアドミラル・トーゴーの艦隊と戦った名誉ある存在だ」というのが口癖になっているそうな・・・


あれ?

冬戦争ってなんだっけ?

欧州情勢はまた次回。

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