第五十四話 北方航空戦
飛行艇が艦隊らしき反応を探知したのは北太平洋航路上といえる海域だった。
そもそも、飛行艇に機上レーダーを搭載して実際に試験に当たるとなったが、ちょうど台風の時期に当たるため小笠原沖の試験海域ではなく、手始めに新鋭飛行艇の飛行訓練も兼ねて北太平洋航路を行きかう船舶を目標に訓練を積む計画だった。
そのため、レーダーを搭載した四機が千島に配備され、幸か不幸か彼らが米艦隊を見つけたのである。
発見した目標が艦隊であるかどうかを確認するには、新鋭飛行艇は危険すぎた。ここで失って良い機体ではない。そもそも、戦艦や巡洋艦を基幹とした艦隊ならばこんな遠方で発見したところでまだ脅威ではなかった。
アメリカへ向かう航路である北太平洋航路は通商破壊など成立しない。自ら自国の船を襲うバカはいないのだから。
この艦隊が通商破壊を行う可能性はほぼ無い。あとは、空母が居るかいないかだけなのだが、飛行艇はつかず離れず、レーダー視程に収める距離から近づくことを認められなかった。
東京ではやきもきした時間が流れる。四機が交代で警戒に居当たり、艦隊の動向はそれから二日にわたって追跡し続けられた。
一度南下したと思った艦隊は、今度は北上に転じ、四日目にはとうとう高速偵察機、37式司令部偵察機の行動圏まで接近してきた。
37式司偵もターボプロップ機で、こちらは小型機用エンジンを採用した双発機。大きさは前世の百式司令部偵察機に近い。エンジンが空冷ではなく液冷同様に空気抵抗の少ないターボプロップであるため、百式に比べて若干かさばる重量をものともせず時速600㎞をたたき出している高速偵察機。未だ戦闘機の速度が時速480~500㎞程度であることを考えればその速さがわかる。とはいえ、ターボプロップ機ならば、容易に達成可能な速度ではあった。問題は、レシプロみたいな微細な出力コントロールが行えず、戦闘機は試作の段階でしかないことだろうか。ただ、一撃離脱戦法を行うのならば問題ない。相手を追いかけまわして空中戦を行うのが苦手なだけだ。
そもそも、空中戦を行う場合、速度が速いことは必ずしも絶対優位ではない。前世では、北ベトナム軍の旧式機の速度に抑えて空中戦を行ったF4が撃墜されたりしている。わざわざ相手の得意領域に入り込むのはいつの時代も危険なのだ。
さて、そんなわけで、偵察機が艦隊上空を強行偵察したのが十月七日の事だった。
この時初めて、その艦隊が空母二隻を基幹とした機動部隊だと判明した。
「空母を出してきたという事は、我が国を奇襲攻撃する腹積もりだったんだろう。発見された今、迎撃されることをいとわず強襲をかけてくるか、一度引くか、どちらだろうか」
参謀部では機動部隊発見の報を受けて会議が開かれていた。
「強襲に備えて北海道から東北にかけて、迎撃態勢を取りましょう」
まず決まったのは、当然ながら迎撃体制の確立だった。強襲をかけてくるなら、すでに明日には攻撃圏に入ることになる。悩んでいる暇はなかった。
問題は、ここで我が艦隊をこの機動部隊に向かわせるかどうかだった。
アメリカが太平洋に配備する空母は現在三隻、日本側の空母数を考えれば、現時点で機動部隊の迎撃に向かわせれば必ず仕留められる。ただ、そんなことをすれば前世同様、米国も早々に空母の意義に気が付いてしまう。できればそれは避けたかった。
もちろん、日本側にも空母部隊だけで敵艦隊を撃滅できると考える者は少数しかおらず、戦艦や水雷部隊を敵機動部隊に殴り込ませるには、時間が足りなかった。ましてや、日本側の戦艦数は金剛型がドック入りしている関係で、出雲型四隻と土佐型の更新用に新造されている戦艦がようやく二隻就役しているに過ぎない。
敵戦艦の動きがわからない以上、水上打撃部隊を件の機動部隊に向かわせるのは得策ではなかった。
「わが艦隊の勢力を考えれば、敵がより接近しない限り、航空機の迎撃だけで追い返すしかない」
現在の日本にはその程度の事しかできなかった。
もちろん、伊藤さんが残してくれた「藤」や義父からの情報により、米国内でも戦争回避の様々な動きがあることは日本に伝えられている。どうやらハワイでもサボタージュにより、マトモに艦隊を出港させないような状況にあるらしい。大統領の頼みの綱は、西海岸から直に向かった艦隊だけとなりそうだった。それにしても、反日感情が前世に比べて少ないこの世界のアメリカがなぜここまで日本と戦おうとするのか・・・
予期した通り、翌日、十月八日に米艦載機がやってきた。
直前まで電波封止を行っていた米機動部隊は執拗に着けまわす飛行艇の存在をこの時まで知らずにいたらしい。
そのことで日本側は発進と同時に強襲部隊の存在を知り、半ば命令を無視する形で刻々と部隊の位置を報告してきた飛行艇の行動から、「これ、対空レーダ積んだ飛行機飛ばして無線で知らせたら便利じゃね?」という考えに居たり、俺が言うまでもなく、早期警戒機の発想が出てきている。
こうして待ち構えていた日本側にあえなく撃退された米強襲部隊は半数以上を失い何の成果もなく退却していくこととなった。




