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第五十一話  済州島事件

 昭和十七(1938年)年はバタバタと過ぎていった。昭和十八(1939)年の春にハタと思い出した。

 今年は第二次大戦開戦の年じゃなかったか?と。


 ただ、それならば、ここ二、三年はドイツが周辺国を併合して騒いでいるはずだが、そんな兆候はない。いや、それは正確ではないな。確かに、オーストリアやチェコには親ナチ政党が誕生し議席も確保している。それも最大野党に迫ろうかという勢いだが、今のところ、表面上は国内での動きにとどまる。ドイツが併合に走る気配はない。一つ懸念があるとしたらポーランドがドイツともめているが、前世とは違い、英仏が平和を乱してくれるなとポーランドの暴発を抑えているような状況になっている。仮に暴発しても、現状では英仏はポーランドを支援しないことまで明言しているのだからびっくりしてしまう。


 では、この世界は平和なのかというとそうでもない。ロシアとソ連の国境になるバイカル湖畔では小競り合いも続いている。今はバイカル湖北での小競り合いが毎年のように起きているのが現状だ。いつソ連が本格侵攻するかわからない。


 世界情勢については既に前世知識など役に立たなくなっている。とりあえず、スターリンが居る事は確かで、前世と変わらない粛清を行っているらしい。おかげでロシア公国には様々な人々が流入している。技術者や軍人はそのままロシアの経済や軍事に有益なためドンドン採用されていたりもする。もちろん、スパイやスリーパーの疑いもあるのでチョーカーも大忙しだとニンジャから聞いているが、経済の好調で軍もかなり強化されているからいつ侵攻を受けても大丈夫だろうという。


「すこし気になる話としては、アメリカが景気後退でフィンランドやポーランドに近づいていると『藤』から情報が入っている事ですね。景気回復に紛争ぼっ発を狙ってなければよいのですが」


 ニンジャ長官の発言は気にならない訳ではない。しかし、フィンランドから戦端を開く状況ではないし、ポーランドは孤立無援。下手に紛争起こせばドイツに捻り潰されるかソ連の餌食になることぐらいは分かっていそうだが・・・


 外の情勢は必ずしも安定してはいない。日本は何とか電力需要を満たすダム工事がひと段落したことで軍への人員配置が可能になりだしている。あと二年もあれば新兵器の配備と新兵の訓練も一通り終わって部隊の新編も可能な状況だ。できれば今年は何も起きて欲しくはない。

そう、そんなことを言うとフラグになるのは知っているさ。ただ、すでにターボプロップを装備した偵察機が実戦配備されており、時速600㎞でソ連領を偵察している。これと言って大きな動きは観測されていない。



 ところがだ、九月一日、済州島で事件が起きた。この日は日本では防災訓練の日であり、国際港湾である済州港でも大規模な防災訓練が予定されていた。訓練実施のために各地からいつもはいない消防や警察、各企業の防災担当者などが数日前から済州入りしていたのだが、それはもちろん日本企業に限った話ではなく、アメリカからも受け入れていた。

 当然、防災訓練があるから港湾機能は停止などという事はなく、済州港はこの日も休みなく動いていた。

 そんな中で事件は起きた。

 

 大連からやってきたアメリカの貨物船が炎上したのを皮切りに倉庫街でも火災が発生し、アメリカ企業を狙い撃ちするかのように事務所やホテルなどでも放火や爆発が次々と起きた。

 俺がそれを知ったのは昼過ぎの話だった。


「大変です。済州島で大規模火災が発生しています」


 それが第一報だった。


 そして、それから二時間程度で粗方の情報が集約されたが、火元の大半がアメリカ企業で、そこからの延焼で大規模火災が起きている事、沖合の貨物船でもアメリカ船を中心に10隻近くが火災に見舞われている事が報告された。誰が、なぜという話はこの時点ではわかっていなかったし、それどころでもなかった。

 夕方にはアメリカ本国にも情報が伝わったが、反応はおかしなものだった。


「米国での放送なのですが、大統領が日本を批難しているようです」


 なぜ?それがよく分からなかった。


「どうしてそうなっているんだ?」


 詳報はそれから一時間もせずに入ったが、唖然とするものだった。


「いやいや、なんで日本が放火せにゃならんのだ?」


 大統領声明はどうにもおかしなものだった。日本がアメリカ企業を狙い撃ちにして放火したというのだ。防災訓練を口実に工作員を送り、放火して回ったと。

 さっぱり意味が分からない。


 当然、外務省は事実無根であることを伝えたが、大統領は全く応じなかった。それどころか、済州島でかけられる関税のせいで貿易が阻害されているとまで言い出した。当然、事実無根も良いところだ。


 火災は結局一週間ほど消火に掛かり、済州港の倉庫街の三割を焼失する大被害をもたらした。もちろん、一番被害が大きいのはアメリカ企業な訳だが。そのことを根拠に、日本の治安能力が低いとして、済州島の割譲、最低でも共同管理を言い出している。


 二週間に及んだ交渉で日本側は一貫してアメリカ側の提案を拒否し続けた。


「よろしい、ならば戦争だ」


 米国側代表団はそう言って席を立って二時間後、大統領は日本への宣戦布告を宣言したのである。




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