外伝10 私の王子様
今更、アーシャの話を載せようかなと書いてみました。
私が目を覚ました時。そう、あの時、マンチュリスクで撃たれた後の話。
私が目を覚ましたのはどこか見覚えのある部屋だった。
見覚えはある。しかし、自宅でも病院でもない場所だった。
「梓が目を覚ましましたよ!」
そう言う声がして周りを見ると多くの人が集まってきた。
中には見覚えのある顔も幾人か居た。ただ、私が知る年齢から随分と歳をとっている。或いはよく似た別人に思えた。
そして、そこに居た老人が自分の娘であるという自覚まであった。
一体何が起きたのかわからなかった。
そう思っていると頭痛がして、知らないはずの事がどんどん頭に入ってくる。とても不快な気分になり、再度眠りについてしまった。
それから後の事は驚きの連続だった。
気が付いたら自分が小学生になっていたとか、きっと誰に話しても信じてくれないと思う。でも、現実だった。
そして、あの時思ったように、あのおばあちゃんは私の娘で合っていた。本当に、驚きの連続。
そう、私はどうやら魂を飛ばされて未来の自身の血筋に転生したという事らしかった。
当然、あの後どうなったのか気になり、少し調べてみればすぐに分かった。
私たちはあの事件で死んでいる。
そして、何の根拠もなく私は確信した。この時間、この国にデンカも居ることを。分かってしまうのだから仕方がない。それを説明するように言われても、どう説明して良いか分からない。
ただ、どこに居るのかわからなかった。会えばすぐに分かる自信はある。でも、どこに居るのか分からない。
そんな悶々とした感情の中で小学校を過ごしていた。
当然のようにたくさん言い寄られた。山岡家の令嬢である事。会社や娘の縁で母がロシア人であるため、私の容姿は前世同様に整っている。
デンカと私の遺伝子だもの、そんなのは当然。別にそれをかさに着ようとも思わないほど当然の事だった。ただ、私はデンカ以外に興味はない。
私にとってデンカはまさに王子様だもの。
エカテリンブルグで出会った私の王子様。
革命騒ぎで皇帝一家として捕らえられ、イパチェフ館へと閉じ込められた私たちがどうなるのか、父はその末路を早くから知っていた様に思う。そして、縁を頼って脱出する事も考えていた。
当時の私はほとんど知らされていなかったけれど、何となくそれを感じていた。
だって、あの頃の父は威厳とか自信というモノがサッパリ抜け落ちてしまっていたもの。イパチェフ館に入ってからの待遇は、私でさえ今後の運命を覚悟するに十分な状態だった。
そしてある日、父から尋ねられたのが、日本へ行く気は無いかという事だった。
父から話は聞いたことがあったからその国について多少は知っていた。ただ、館に閉じ込められているのにどうしたのかと思ったのも確かだった。
それからの家族の行動が少しづつ変わって行くのは私には奇妙に思ったけれど、何も教えてはくれなかった。
あの救出前夜は皆の行動がオカシイと確信をもった。父の顔を見れば何となくわかる。いつだったか、窓に近づいて監視の兵が発砲した事もあったから、もしかして私たちはもうすぐ殺されてしまうのかと怖くなった。だから、あの日はジェミーを抱いて寝ることにした。
でも、起きた時には男の人に抱かれていた。
見たこともない。どう見ても白人でもなかった。でも、その時確信した事がある。
私は助かったんだって。ちょっと年が離れている気はしたけれど、この人が私の王子様なんだって。
今にして思うとちょっとばかばかしい気もするけれど、デンカが命の恩人で私の王子様なのは今も変わりがない。
小学校では言い寄ってくる男子をはっきり断って、それでもちゃんと友達付き合いはしていた。私にとって未来の道具や人間関係は興味が尽きなかったもの。
私は小学校卒業後の進路として、皇室農園のすぐそばの帝国農業高等学校を選んだ。小学校の授業なんて全てわかるんだから、行こうと思えば地元の中学にだって入れたと思う。でも、それではデンカに会える気がしなかった。
もちろん、中学を出て、皇室農園に併設された帝国農業大学の予科を選んでデンカを探す。そんな方法もあったかもしれなかったけれど、デンカを探すなら高校から入った方が良いと思った。あそこの高校ならば、全国の農家が受験資格を持つ特別な学校だから、きっとそこへ来るのは間違いないって確信があったから。
家族は反対するかと思ったけれど、歓迎してくれた。
「ああ、皇室農園といえば近くに岩崎農機があるな。あそこは皇室とも家とも付き合いがあるし、年の近い息子さんが居たはずだ、会社がどうとかは言わんが、顔を知っておくくらいしても損はないしな」
事業繋がりの事でそんな風に言われたのにはちょっと笑ってしまった。日本屈指の農業事業メーカーだもの、やはり父というのは企業や国を背負うとこんなものかと。もちろん、私が生前姉と組んで息子とロシア貴族の縁組を画策した事を思えば、反発心はなかったけれど。
でも、本当に大正解だった。
入学したその日にその岩崎という学生を探し、デンカだと確信はした。ただ、どう声を掛けて良いかわからなかった。生前のように声を掛けるべきか、知らないふりをして声を掛けるべきか。向こうに生前の記憶があるかどうかわからなかったから。
ただ、上総宮様が学園を訪れた日、生前の記憶がある事を確信した。だって、デンカもひ孫を見る目をしていたから。
だから、安心して声を掛ける事が出来る。
「随分と懐かしいものを見る目で上総宮様を見ていたけど?」
そう声を掛けると、昔見た笑顔を向けて
「まさか」
そう笑った。
デンカ、生前返せなかった分も、これからの人生で恩返しをしていきます。やはり、あなたは私の王子様だもの。




