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「お義姉様、酷いです」
私に暴力を振るった護衛騎士は解雇されたようだ。それを聞きつけたローズマリーが涙ながらに私の元へ駆け寄ってきた。
彼女を腹黒いと思うのはこういうところだ。
必ず誰かの目があるところで行動に移すこと。
そして彼女が愚かなところは誰かの目があることの本当の意味を知らないことだ。
人の目があるということは後で大騒ぎになったり公にされた時に一切の誤魔化しがきかない。だからこそ慎重になるべきだし、ノリと勢いですべきことではない。
「何が酷いのでしょう?」
「私がお義姉様を差し置いて王子様の婚約者になったことがいくら妬ましいからって私の護衛騎士を解雇させるなんて酷すぎます!」
学もなければ、学ぶ気さえない。権力のみを手に入れた愚者。これの存在は危う過ぎるわね。巻き込まれる前に引き際を見極めて出て行こう。
「あなたは馬鹿なの?それともエインリッヒ殿下を侮辱しているのかしら?たかが公爵の娘が殿下が寄越した護衛を解雇できるわけないでしょう。解雇どころか命令することさえできないのよ。知らなかったの?王子の婚約者ともあろう方が?嘆かわしいこと」
「わ、私は、元は平民で、お義姉様とは違うもの。ひ、酷いわ。そうやって私が元平民だからって馬鹿にするのね」
無理があるでしょう。
エインリッヒは正直言って馬鹿だ。
彼女の見た目が好みだから婚約者に選んだに過ぎない。
彼がもっとまともな思考を持っていたらもう少し様子を見て決めただろうし、そうなるとこんな良識のないガキは婚約者に選ばれるはずがない。場合によって外交も担当する位置にいるからだ。
こんな常識知らずに相手をさせると国際問題は必至だろう。
「王子の婚約者になった者に“元平民”という言い訳が通じると思っているのならすぐに辞退なさい。私とあなたは確かに違います。だからこそあなたは私や他の貴族令嬢以上に努力をしなければならないのよ」
「し、してるもん」
家庭教師から逃げる努力はしているようだけど、学ぶための努力はしていないのは既に把握済みだ。
「なら、努力が足りないんでしょうね」
「う、うわーん、酷いよ。どうしてそこまで私を虐めるの」
「ローズマリーお嬢様、お可哀そうに」
近くに居た侍女がローズマリーを慰めながら私を睨む。
王子の婚約者になったローズマリーに媚を売って美味い蜜を吸おうと考えるのは何も貴族ばかりではない。使用人も同じだ。彼女はその一人だろう。ローズマリーにそれを見極める力があるとは思えない。ならば、変わらない限り彼女はそういう輩に食い物にされ続けるだろう。蜜が枯れるまで。
「セレナお嬢様、ローズマリーお嬢様にどうして優しくしてくださらないのですか?このような仕打ちはあんまりです」
ローズマリーを守るように抱きしめた侍女が私を睨みつける。
忠告を虐め、甘やかしを優しさと受け止めるのならこの先、彼女に未来はないだろう。私がそこまで面倒をみてやる義理はない。
私は二人を冷たく見下ろした後、踵を返して自室に戻った。
◇◇◇
婚約後、一度父が帰って来た。ローズマリーとエインリッヒ王子を勝手に婚約させたことを怒ったが、すでにしてしまったことをこちらの都合で破棄はできない。ましてや相手は王族だ。
父はローズマリーに適切な距離を取るように言い含め、私とローズマリーに第一王子派の貴族とも親交を深めるように言って、再び仕事の為に国外へ旅立った。
ローズマリーは王子と婚約した時から徐々に気が大きくなっていった。
エインリッヒ王子は気が向いた時に公爵家へ立ち寄る。
本来ならあり得ないことだ。
身分に関わらず他家を訪れる場合は必ず訪問して良いかの手紙を送り、了承の返事が来た場合のみ訪問が許されるのだ。
王子の襲撃のような訪問は公爵家を軽んじている行為なのだ。それを誰も指摘しない。
ローズマリーがエインリッヒ王子と親しくする数だけ、私もエヴァン王子と親しくした。どちらの派閥にもついていないと思わせる為に。
ああ、何て面倒くさいんだ。
そう思いながらも今の膠着状態のまま月日は流れ、私は十六歳になった。
今年から学園に入学することになる。
前世では一度も行ったことがない。だから少しだけどんなところなのか興味がある。





