8話 叔父と姪
ダンジョンから場所を移して購買部付近。
ここには学生課のほか、シャワー室や装備のメンテナンスを行う施設と冒険の前後に必須のサービスが集約されている。
メンテナンスと一口に言っても武器の研磨から防具の調整、クリーニングと様々なサービスに分岐する。
今回武具の損耗については無し。
クリーニングのみ依頼してから、シャワーを浴びに行くことにした。
この頃にはソフィアは落ち着きを見せている。
いや、落ち着くでは語弊があるだろう。正確には落ち込んでいた。
「ごめんねミコト君。あんな強気に啖呵をきっておいて、格好悪いところたくさん見せちゃった」
ほんの短い付き合いでもソフィアの底抜けに明るい人柄は把握している。
そんな彼女がしおらしくしている様には調子を狂わせられるものがあった。
どのみち調子が狂っていようといまいとミコトには消沈している女性を元気づけられるユーモアの持ち合わせはない。
短絡的な慰めを口にするのが関の山だった。
「俺はソフィアさんが特別臆病だとは思ってません。あそこのモンスターは最初は男でも普通に泣き叫びますよ。外じゃまずお目にかかれない大きさですから。見た目が生理的に受け付けないってだけで冒険者を辞める人も少なくないです」
「慣れるかしら?」
「ソフィアさんならきっと大丈夫ですよ。根拠はありませんけど」
「まだあたしのこと高く買ってくれてるの?また泣いちゃうかもしれないわよ」
「泣いたっていいじゃないですか。死ぬ危険がない内に涙が枯れるほど泣いておきましょう」
(また突き放した言い方をしてしまったか)
口に出してから後悔する。
友達ではなく、あくまで仲間だと肝に銘じているが、ぎくしゃくとした関係になってしまうのは望むところではない。
(自分から人に声をかけるのだって苦手だけど、こういう無神経な性格がボッチの原因の一つなのかもな。ユヅキは俺が何を言ったって怒らなかったから、余計に自分を甘やかしてしまったかもしれない)
どう取り繕えばよいものか困り果てていたが、ソフィアの態度はミコトが懸念した通りにはならなかった。
「クスッ、それもそうね。死ぬのに比べたら男の子の前で恥をかくなんてかすり傷みたいなもんよね」
隣を歩くソフィアは晴れやかに笑って前を見た。気を悪くした様子など微塵もない。
「さーってと!嫌なことは全部熱いシャワーに洗い流してもらいましょ!おねーさん切り替えた!ミコト君ありがとね。わざわざ偽悪者を演じてくれて」
「スケアリーフライの時だけは完全に悪党でしたけど?」
「その件は別できっちり贖ってもらうわよ。女の涙は安くないって、今度はあたしが教育してあげるわ」
(俺も切り替えた方がいいのかな。この人みたく前向きでいたい)
「お手柔らかにお願いします。次は極力汚れないように槍でも持っていきましょうか。購買部でレンタルできますよ」
「確か最低品質の鉄パイプと変わらないやつならレンタル料は無料だったわね。モンスターに合わせて武器を変えるのは基本中の基本。色々使えるにこしたことはないわね。あ、そうそう。モンスターで思い出したんだけど、モンスターってアイテム化すると血の一滴から肉の破片に至るまで全て消滅するんじゃなかったの?ベトベトしたのが服に残ったままなんだけど」
粘液まみれの服を気持ち悪そうにして言った。
「一度に全部ってわけじゃなく時間をかけて少しずつ消えていくんですよ。モンスターの返り血で真っ黒になった白いワイシャツも翌朝には元の白さを取り戻していたって話があります。洗濯をしていないのにです」
「水が日光を浴びて蒸発するみたいに?それでも何か嫌ね」
「匂いも含めて綺麗さっぱり消える分モンスターの血肉の方が清潔かもしれません。俺達の血や汗はクリーニングしないと落ちないわけですし」
「うう、あたしらはゴキやハエ以下の汚物扱いなわけね。複雑な気分だわ」
そんな会話をしてそれぞれのシャワー室に入った。
―――20分後。
「ごめん、待った?」
ミコトが先にシャワーを済ませ、購買部で暇を潰しているとソフィアが合流してきた。
グレーのタートルネックのニットに紺のプリーツスカートといったシンプルな装いで、まるでいいところのお嬢様が通う女子大の学生のようだ。
(女子大生のようというか、去年までは本当に女子大生だったんだよなこの人)
なんにせよ女の子らしさを意識させる清楚なファッションに男は滅法弱い。
加えてかっちりとした印象を受けるスーツから一転、ふんわりと緊張を弛めた私服姿で現れるというシチュエーションは男心をくすぐられるものがある。
制服姿しか知らなかった気になるあの娘が、休日私服姿でいるのを偶然見かけて胸を高鳴らせる。そのような青春の一風景に似ているだろうか。
今まさに同様の感動でミコトが圧倒されてしまったとしても誰も責められはしないだろう。
それぐらい相手は魅力的すぎた。
「いえ、俺も今来たばかりですから」
(デートの待ち合わせでする定番のやりとりをなぞってしまった気がする)
照れた顔で迎えたミコトにソフィアは悪戯っぽく笑った。
「おやおやー、ふふーん。あたしの私服姿に見惚れちゃいましたかー?辛いわー、美人はモテすぎて辛いわー」
「えっと……、綺麗だと思います」
素直に感想を口に出すとソフィアはますます嬉しそうにする。
「悩殺ポーズ♪」とか言いながら形の良い胸を腕で持ち上げて強調するようにし、前かがみになってこちらを上目遣いに見つめてくる。
「どう?おっきした?」
「今の下品な発言で何もかも台無しですよ!」
「えー、せっかく今夜のおかずを提供してあげたのに」
「アンタは日に何度もセクハラしないと気が済まない病気にでもかかってるんですか!?そもそもそういうふしだらな行為は好きな人にやってあげてください!」
(俺なんかをからかって何が面白いんだ)と思っていたミコトだったが、次にソフィアが投下してきた爆弾によって正常な思考は吹っ飛んだ。
「あたし結構キミのこと好きだけど?」
「なっ……!?」
もう何度赤くなったかわからない顔が最高潮に紅潮する。
「ハーレム作りたいなんて正気じゃないことを本気で実現しようとしてる女よ。基本的に惚れっぽいの」
「そ、そうですか……」
「キミってあたしの知ってる女の子に言動が似ててね。話してると可愛くて、ついからかいたくなっちゃうのよ」
好かれた理由はミコトにとって地味にショックだった。
(俺ってそんなに女の子寄りの性格してるかなあ……)
「ま、ハーレム作りはまだ先だから、当分の間はお互い今よりイイ男、イイ女を目指して切磋琢磨していきましょ。じゃ、お待ちかね。アイテムの精算に行きましょうか」
買取窓口のカウンターにはいつも通りリチャードの姿があった。
「叔父さんただいまー」
「お帰りなさいソフィア。今日も無事で何よりです」
新入生のはずのソフィアはリチャードに対して親しげに声をかけた。
(叔父さん?)
「パーティーメンバー勧誘の首尾はいかがでしたか?」
「ようやく見つかったわよ。ダンジョンにも一緒に潜ってきたわ。ついでにあたしの愛人候補にもしてきた」
「それはそれはおめでとう。後ろにいる彼が?」
「そうよ」
(リチャードさん、愛人候補ってところはツッコめよ)
「紹介するわね、彼はあたしの仲間になってくれたミコト君。外はぶっきらぼうだけど、中身は優しくて可愛い子よ」
紹介に与ったミコトは「どうも」と軽く会釈した。
初対面ではないので今更あらたまって挨拶する必要はないだろう。
「姪がお世話になりますね。才気煥発な子ですが、強引で無鉄砲な所がありますので、君が引き留め役になってくれれば安心して見送れるようになります」
(リチャードさんとソフィアさんは叔父と姪の関係なのか)
「ええ、俺では力不足かと思いますが、可能な限りサポートします」
「どこかのお嬢さんのように控えめに謙遜される少年ですねえ。先輩として自信を持って厳しく指導してやってください。よろしくお願いします」
ミコトとリチャードが握手を交わす。
その様子を見守っていたソフィアが、「叔父さん、そろそろアイテムの精算お願い」と言ってエクスデバイスを掲げた。




