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4話 期間限定ボッチ卒業

 

 人付き合いが皆無のボッチが同じ人から三度も声をかけられたならそれは運命というやつではなかろうか。

 目の前にいるのは紛れもなくソフィア・カンザキ。

 ビジネススーツの上に体の要所を保護するプロテクターを身に付け、左腕にはエクスデバイスを装着している。

 ミコトも人のことを言えた義理ではないが、何とも珍妙な風体である。


 耳鳴りから回復したミコトはひとまずソフィアが話しかけてきた対象が自分で正しいのか確認してみようと思った。

 差し迫った状況でなければ石橋を叩いて渡るに如かずである。


「本当に俺ですか?エア友達とかそういうものでもなく」

「うん。エア友達って何?」

「いえ、何でもありません。忘れてください」


 初対面の時は目を引く容姿をしていたから声をかけてみたいと思われたのは理解できなくもない。

 しかし今は違う。

 どう贔屓目に評価しても美男子とは言い難い、量産機をさらにデチューンしたような少年である。

 美女に興味を持たれる要素などあるわけがないのだが。

 まさか少女に変身する能力がバレたわけではあるまい。


「それで俺に何か用ですか?」


 案ずるより産むが易しだ。

 疑問を解消すべく問いかけてみる。


「本題から言うわね。あたしと組まない?」

「……え?」

(今何て言った?)


 言われたことを理解するのに短くない時間を要した。

 キャンパスを歩いていたら、何の脈絡もなく勧誘されるとは。


「勘違いだったら申し訳ないんだけど、キミって今フリー?」

「まあ、そうです」

「もう一個質問。固定で組んでる人はいないでしょ?」

「……どうしてわかるんですか?」

「大学通ってた頃にね、キミみたいな友達いなさそうな子をたまに見かけていたからかな。雰囲気がよく似てる。寂しさをまぎらわすために自分の世界に入っちゃってるところとか。いわゆるボッチってやつ?」

「うぐ……」


 的確に心の傷を抉られたミコトは呻いた。


「ごめんね。気を悪くした?」


 一応は申し訳なさげに顔色をうかがってくるソフィア。

 謝られても生憎とミコトは心の広い方ではない。仏頂面で見返した。


「そう思うならわざわざ余計なこと言わないでください。帰りますよ」


 通せんぼをするソフィアを避けて前に進もうとする。

 その行動に対して彼女は泡を食った様子で鎧の袖を掴み食い下がってきた。


「わわわっ!タンマタンマ!せめて話は最後まで聞きましょうよ!ね?キミには絶対損はさせないから!」

「まず先に名誉毀損で訴えますよ。精神的苦痛に対し慰謝料を請求します。話は後程法廷でうかがいましょう」


 少しだけ苛立ち混じりに吐き捨てるとソフィアはなおの事強くしがみついてくる。


「だったら示談に応じる用意はある?あたしのおっぱい揉んでもいいから告訴を取り下げない?」


 その条件を飲んだら今度はミコトが悪役である。


「十代の子には負けるかもしれないけど形と柔らかさには自信あるわよー。どう?冒険前の景気づけに」


 ソフィアはミコトの腕を抱え込み「うりっうりっ」と胸を押しつけようとしてくる。

 装甲越しに感触は伝わらないが、シチュエーションは年頃の少年として羞恥心をくすぐられるものがある。

 顔を真っ赤にしながら力づくで振りほどいた。


「示談の押し売りはやめてください」

「買ってくれなかったらおねーさん口が軽くなっちゃってあることないこと触れて回っちゃうかもよ?見るからに女に飢えた少年と麗しの元美人OLとの関係。男は女に脅されたと言うけど、女の方は『弱味を握られて無理矢理迫られたの』と涙ながらに語るの。世間はどちらの意見を支持するでしょうね」


 拒否してもあらぬ背びれ尾ひれをつけられて学園中に吹聴されてしまいそうだ。

 彼女のアグレッシブさなら必ずやミコトを社会的に抹殺してのけるだろう。

 ただでさえ居場所がないのにそうなってはたまったものではない。


「世の中って犯罪者に有利ですよね。被害者は泣き寝入りするしかない。……告訴なんてどうでもいいですし、示談もいらないんで続きを聞かせてください。俺も相手が誰であれ仲間が欲しいので。お姉さん有能そうですし悪い話ではないと思ってます」


 嘆息して聞く姿勢をとると、ソフィアは「んっふっふー、おねーさんキミみたいな外はひんやり冷たいけど中はふんわり甘くてあったかい子は嫌いじゃないぞ」と言って生暖かい目をしながら微笑む。


「世間ってものを知って賢くなったわね少年。じゃあキミを選んだ理由から話すけど、固定のパーティーに入っていないフリーの人と組みたかったっというのが一つ目。おねーさんさ、中途入学なのよ。ほとんど人間関係が出来上がってる時期に入ってしまったわ。しかもパーティーには厄介な人数制限がある。これを貴方に説明しても釈迦に説法よね」


 こくりと頷く。


「どこのパーティーも空き枠がない。空いている枠がないなら自分で作っちゃえばいいわけよ。余所のパーティーから引き抜きをするのは軋轢が生じるから避けておきたい。で、これも気を悪くしたら申し訳ないんだけど、あたしが現状仲間にできるのはあぶれちゃってる子になるわけ。当然あたしにはその人達の怠慢や力不足に文句を言う権利はない。あたし自身駆け出しなんだから人のことを上から目線で言える立場にないからね」


(空いている枠がないなら自分で作るか。考えもしなかった……)


「もちろんやる気がない子は駄目よ。その逆なら大歓迎。あたしと天下をとりにいきましょう。これが二つ目の条件。努力家ではあるんだけど実力が伴ってなさそうな人よ。これだけは外せないわね」

「俺がその条件に当てはまると?」

「休暇中に一人で冒険に行く人なら可能性は十分あるわね。他の人と見比べて身につけてる装備が安そうであればさらに確率は上がるわ」


 成る程とミコトはソフィアの分析力と観察眼に舌を巻いた。


「話を戻すとしましょうか。キミと組むのはあたしの成長にとって大きなメリットがあるのよ。キミは最適の教師だわ」

「どういう意味ですか?」

「モンスターとの戦闘経験がゼロのあたしに必要なのは完璧超人じゃなくて躓いてる人なの。強い人から教わると片目でしかものが見えなくなる。極限まで無駄を削ぎ落としてるから問題点を発見しにくくなるのよ。『完璧』を猿真似してると意外なところで足をすくわれることが多い。だから、教師の短所も含めて学ぶべきだわ」


(良いところ悪いところもひっくるめて俺が最適の教師?人生経験が浅い俺にはよくわからないな)

 理解できないところはひとまず放置して気になった点を質問してみる。


「実戦経験がないんですか?」

「ないわ。ずぶの素人。レベル1よ」

「それはずいぶんと思いきりましたね」

「脱サラしてでも叶えたい夢、やりたいことがあるからね」


(脱サラして冒険者か……)

 23歳。それがやり直しがきく年齢なのかは、やはり16歳のミコトには分からなかった。


「今更第一条件の前提を崩す話で何ですけど、お姉さんならレベル1でも拾ってくれるパーティーがいるかもしれませんよ」

「そうね、鼻持ちならないセリフは承知の上で言うけどあたしって美人でナイスバディなわけだから下心ありで養ってくれるところもあるかもね。お金も生体エネルギーも楽してガンガン貯められるでしょう」


 要するにオンラインゲームの姫プレイのようなものである。


「けど、そういったパーティーに入るのは求められても願い下げ。レベルだけ上がったところで無意味だわ。いざ実力を試される時役に立たない。補助輪付きの自転車しか乗ったことのない幼児にマニュアル無しのF1を与えてサーキットコースを走らせるようなものよ。技量が伴わない強い力は自分自身をも殺す諸刃の剣でしかない」


 ソフィアがした話には授業で聞かされたのと同一のエピソードがあった。


「ええ、実際にそうした例が何件もあがってます。レベルだけが上がって急な超人化を果たした人は不相応に強くなりすぎた体を扱いあぐねて無謀な戦い方をするようになる。結果として蘇生不能な死に方をしてしまうなんてことはざらにあるそうですよ」

「そう、だからあたしはちゃんとした力が欲しい。着実に段階を踏んで腕前を磨くなら一緒に苦労してくれる人が必要になる。万年ソリストの人であれば効率の低い狩りをせざるを得ないでしょうから組むにはうってつけね。レベルが大きく離れていないんだから」


(軽そうに見えて地に足のついた意見を持ってるよなこの人。流石に大人だな。尊敬に値する)

 納得できる返答だった。

 一緒に苦労してくれる相手が自分だという、その一点を除いては。


「必ずしも俺と組む必要はないでしょう。あと一ヶ月ちょっと待てばいい。そうすれば同じレベル1の立場で俺なんかよりよっぽど才能がある一期生が入学してきますよ」


(そうだ、慌てる乞食はもらいが少ないって言うじゃないか)


「座学で学べることはあらかた頭に詰め込んだから暇なのよ。おねーさんせっかちだから一ヶ月も(・・・・)待てないわ。早く冒険したくてたまらないの」


 にっこりと笑い可愛らしくウインクしながらそう言い切った。

 華やかな笑顔に胸がどきりとするものを感じつつミコトは表面上は呆れかえった目でソフィアを見た。


「子供ですかアンタは」

「失礼ね。童心を忘れてないって言って頂戴。さあ、あたしが言いたいことは全部出しきったわ。後はキミの気持ち次第だよ」


 仲間が欲しいと思っていた矢先の出来事である。

 棚から牡丹餅。鰯網へ鯛がかかったようなものだ。

 予想外なところで訪れた幸運だが、申し出を受ける前に念を押しておくべきことがあった。


「願ってもない話ですけど俺、クソステですよ。使える魔法の系統も一種類しかないし。今はお姉さんがレベル1でもその内俺の方が足を引っ張るようになるかも」


 ソフィアに力量が追い抜かれた時、彼女がミコトの方に足並みを揃えなくてはならなくなったら最早対等な協力関係ではない。

 重石である。寄生である。

 他人への依存を良しとできるならそれでもいいが、ミコトには無理だった。


「それならお試し期間を設けてみない?とりあえずそうね、3ヶ月契約で。お互いにやっていけそうもないと思ったらその時に解消しましょ。何があっても恨みっこなし、禍根を残さないようにね」


(3ヶ月か、それぐらいなら迷惑をかけても取り返しがつくか)

 譲歩し合える落とし所は他にないと認める。


「いいですよ。その条件でいきましょう」

「契約成立ね。遅ればせながら自己紹介するわ。あたしはソフィア・カンザキ。今後ともヨロシクゥ!」

「俺はミコト・ヒラガです。その、よろしく」


 今度は本名でソフィアに名乗り、彼女の方から差し出された手をおっかなびっくりとしながら、しかし、しっかりと力を込めて握った。



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