幕間 幕府と朝廷の陰謀
ヤマト国カマクラ。
ユイガ浜メガフロート第四行政府。
外遊から帰国した六衛府大将バンドウ・イワナガ。
ヤマトの事実上の政権トップである彼を幕閣――その中でも軍事に携わる面々が出迎えていた。
会議室には堂々たる体躯の男たちの顔が並ぶ。
文民統制によって正当公正な選挙で選ばれた文官――六衛府大将(文官の地位にあるまじき名称だが国民へのわかりやすさを優先した結果その名が存続している)とて男ぶりは決して引けを取らない。
巌のように鍛え抜かれた隆々とした筋肉が背広を押し上げており、巨躯も相まってさながら金剛力士像のごとしである。
還暦をとうに過ぎた身だが、誰の目から見てもこの場のどの男より偉大な人物と断言するに違いない。そう思わせるだけの覇者の風格を備えていた。
バンドウは犀のごとき力強い足取りで上座へと着席する。
「殿、大儀でございました」
開口一番大将を労ったのは幕軍の長官ドウゲン・ニッタ中将。
厳めしい顔つきの大将に比べれば幾分かとっつきやすい柔和な顔立ちである。
会議室における最年長で、幕府のナンバー2と国民からは認識されている。
「うむ。そちらは変わりないか?」
「特筆すべき問題は起きておりませんな。天下泰平とは正にこのことにござろう」
中将は歯を見せて磊落に笑った。
「公家どもの動きはどうだ?」
「変わりありません。一昨年は盛んに何やら暗躍しておったというのに、去年からは静観を決め込んでおる様子。はてさて内幕でいかなる仕儀があったのやら」
「大人しく神輿として担がれる気になったとは考えられんか?」
ヤマトの政治形態は民主化が導入されるまで長きにわたり武家政権が続いていた。
古くは帝を筆頭に据えた朝廷が権力を握って統治していたが、オリジナルデバイスを手にした武者集団が全国各地に結成されるようになると勢力図は大きく変化してゆくことになる。
彼らはダンジョンから得た財貨と武力にものを言わせ、政治的発言力を要求した。
民衆に頭を下げさせるのに武家が利用したのが、経済力で落ち目に向かいつつあった朝廷だ。
自らの政権を朝廷から承認してもらう形式で朝廷の権威と財源を保証し、その一方で朝廷の政治介入だけは排除した。
幕府の誕生である。
ヤマト武者群雄割拠の時代を語れば非常に長くなるため割愛させていただくとして、最終的に近代化まで幕府の実権を掌握し続けていたのはトクガワという武家の一門であった。
トクガワ藩政時代以前から現代まで朝廷は発言権獲得に様々な陰謀を画策していたようだが、ことごとく失敗に終わっている。
無論、用の済んだ錦の御旗にあれこれ口出しされることを嫌った幕府の妨害工作によるものである。
中将の言を借りればここ数年の間に朝廷側に動きがあり、最近は沈静化の傾向にあるようだ。
「可能性としては無きにしも非ず。しかし、去年の春先に国外へ運び出された型式不明の魔具3領が実に不可解でございますな」
「例の荒唐無稽な計画の下準備ではないのか」
「はっはっはっ、左様であれば油断なりませぬのう」
格別の冗談を口にするように中将はまた、からからと笑う。
「ただ一騎の武者、"巫女"なる冒険者の武力によって得た莫大な黄金を元手にこのカマクラを超える経済特区をキョウノミヤに築き上げ、ヤマト西部からリュウキュウ全域までに及ぶ地域の議席数を確保する。いやはや、正気の沙汰ではありますまい。絵に描いた餅にも限度というものがござる」
荒唐無稽と自身で口にしておきながら大将はかぶりを振った。
「考えてみたのだがな、今日までの常識を塗り替える性能を持った新型の魔具やもしれん。情報の漏洩を防ぐために海外で試験運用をするつもりならば納得がいく。完成に時間がかかる故、動きを控えたのもな。現に魔具の開発元からは何も情報は得られておらんのだろう?」
「朝廷の傘下にある企業でありますからな。企てを流出させた間抜け共とは違い、こちらは金も人員も豊富につぎ込んでおります故、産業スパイへの対策は堅牢の一言。一筋縄ではいかぬでしょう」
中将はそこで言葉を切り、自らの派閥にとってもう一つの不安要素を挙げた。
「懸念は魔具のみならず。巫女は比類なく美しき娘と聞き及んでござる。カリスマ的魅力を誇るであろう娘が国民の人気を博すれば、朝廷の息がかかった幕府議員の支持は絶大になりましょう。地方選挙区の苦戦は必至となるやもしれませぬ」
「それほどか?」
「いやいや、これがなかなか侮れぬ話にござる。歌や踊りだけでなく武芸にも通ずる娘というものが巷では若者に大変な評判を得ておるようですぞ。わしの孫などカナメ・ミライとかいう娘に熱を上げておりましてな、ここのところ受験の勉学に手がつけられぬ有様で。わしなどとは比較にならぬほどに賢い子なのですぞ?そのような孫まで狂わせてしまうとはまこと、困ったものにござる。ふはぁっ!はっはっはっはっはっはっ」
現在ヤマトの政権を担う幕閣の過半数は、特権を廃止されはしたものの士分の家系にあたる者たちだ。
表向きは民主主義国家を謳いながら、ヤマトでは幕府と朝廷の暗闘が今なお続いている。
「ドウゲン殿の孫の進路はさておき、何か手を打たねばならんな」
「いかにも。足の引っ張り合いで国政に停滞を招いていては国際社会の笑いものになりましょうぞ」
「笑いもので済むだけならばよいがな。苦難の末にようやく勝ち取ったヤマトの栄誉を公家どもに横取りされる――それだけは断じて許せん。我らの父祖に顔向けできんわ」
「いかにもいかにも。魑魅魍魎蔓延る魔窟に挑み、傷を負いながらも民に富をもたらし、救世済民を成し遂げたるは我らが武士。世襲の誹りを受けようと、その誇りを奪わせは致しませぬ」
昔日の栄華を求める朝廷と、国家を繁栄させた矜持を守り抜こうとする武士の末裔。
対立はどのような方向へ進むか。
「斥候に一個小隊、巫女を留学させているかの絹の道の国へ送られるがよろしゅうござろう」
「それでは名目が立つまい」
「合同軍事演習という建前で通しましょう。こちらはこちらで新型魔具の試験運用と参りますれば、朝廷の謀が企画倒れの事実無根、我らの杞憂に過ぎなかったとしても予算の空費にはなりませぬ」
体制の維持を探りながら、しかと実利も添わせる中将の案に大将は異議を挟まなかった。
「うむ、異論はない。この件はドウゲン殿に任せるとしよう」
「ははっ、では通常国会の召集前までには取り掛からせるといたしましょうぞ」
初春のカマクラに冷たい潮風が吹き荒れ始めていた。




