表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/52

39話 デーモン墓場

40話4月22日を予定

 ダンジョンアタック当日。

 準備を整えたミコトとソフィア両名が教会の廊下を歩いている。


 今回は機動力が重視される。

 最低限の防御力は捨ててはならないが、可能な限り素早く動ける服装が好ましい。

 ミコトはいつもの甲冑姿ではなく、学園の制服の上に要所のみを保護する軽めの合成繊維製プロテクターを身に付けていた。


 ソフィアは緑色のミリタリージャケットに革のショートパンツで上下を揃えた、さながら美人女工作員といった風体である。

 ビジネススーツ風の防具は外を歩いていても奇異の目で見られにくいメリットがあるものの、可動域に若干の不満があった。

 そこで取り寄せたのが今回の装備というわけだ。

 敏捷性が若干向上したと小狐丸から報告が上がっている。


「フンフフーン♪」

「ご機嫌ですねソフィアさん」

「まあね」


(動きやすくなったのは結構だと思うんだけど、目のやり場に困るんだよな)


 ソフィアの身長は165センチ。

 成人女性の平均と比較して彼女はそこそこ高い部類に入る。

 そして身長における脚の長さが占める割合の方が大きいものだから、スタイルの良さが非常に際立つ。

 黒のストッキングに包まれた太ももは扇情的で、ミコトはその部分から目を逸らすのに少なからぬ理性の動員を強いられた。


 ソフィアはミコトのそういった男性特有の露骨な視線外しに気づいており、あえて指摘しないことで悦に入っていた。

 遠慮なく見てくれていいのに――と思いながらつい脚線美を強調するような歩き方をしてしまう。


「ところでさ、ミコト君」

「何ですか」

「この格好似合ってるかしら?」


 その手の感想を求められたら男性に褒める以外の選択肢はない。

 とはいえ、おざなりな回答をよこそうものならかえって悲劇を招き寄せるだろう。

 慎重に言葉を選ぶ必要があった。


「勇ましい姿だと思います。ソフィアさんがモデルに転職したら一流ファッション誌の表紙を飾れますよ」

「100点満点中10点」


 如才の無い答えを選んだつもりだったが、お気に召さなかったようだ。


「はあ」

「真っ赤っかの赤点よ。帰ったらベッドの上でおねーさんと補習授業ね。何が足りなかったのか教えてあげる」


(それは嫌な予感しかしないぞ)


「サボタージュさせてもらいます」

「別に変なことをするとは一言も言ってないじゃない」

「しないんですか?」

「する」


 断固たる意志が込められた二文字の言葉に廊下が静寂に包まれる。

 ミコトは顔が熱くなっているのを見られないようそっぽを向き、ぼやいた。


「……ソフィアさんって物好きですよね」

「心外だわ。虚勢でもいいから少しは自信を持ちなさい。ミコト君は磨けば光る子よ」


 決して振り向こうとしないミコトをソフィアは生暖かい目で眺めていた。


 ◇◇◇


 地下ゲート前。

 エステルとログヴィルが二人の訪れを待っていた。


「来たか」

「準備は万全のようでございますね。ソフィアさんの冒険に挑むそのお姿、とてもよくお似合いですわ。胸がときめいてしまいます」


 ――これがミコト君だったなら100点満点中80点。

 エステルの賛辞にソフィアは無表情になり小声で呟いた。


「どうして欲しい言葉を欲しい人からもらえないのかしらね、あたし」

「何かおっしゃいました?」

「何も。それよりさっさとダンジョンに入りましょ」

「ええ、参りましょう。誰かと共にダンジョンへ挑むのは久々ですから、わたくし血が騒ぎます」


 リングに立つ拳闘士のように拳を組むエステル。

 服装は昨日と変わらない尼僧服だったが、この日は一味違う。

 暗黒騎士を彷彿とさせる、グロテスクな血錆模様が浮いた黒鉄のガントレットを腕に装着していた。


「あなたって本当にほぼステゴロでモンスターと戦うのね」


 改めてアビスウォーカーの規格外さに戦慄させられるソフィア。


 エステルの武器は拳だった。

 装甲によって硬さと重さを多少補ってはいるが、絶望的にリーチがない。

 人間であることのアドバンテージをかなぐり捨てた武器選択にミコトも色々な意味で驚嘆していた。


 そもそも人体というのは速筋と遅筋の構成比からして瞬発力を捨てた持久力特化型である。

 これに発汗能力を加えて他の哺乳動物を大きく凌駕する長時間に渡る戦闘行動を可能とし、道具を扱う知能を組み合わせて劣った攻撃力を補うことで、人類は地上の覇権を握ることができた。

 まさかサイやゾウと武器無しの上、タイマンでケンカをしたいとは誰も思わないだろう。

 持久戦に持ち込む前に敗死が妥当だ。

 瞬発力と体重で圧倒的に勝る怪物と素手同然で渡り合おうとするなど正気の沙汰ではない。

 まして生体エネルギーによるブースト有りの状況下でも武器を持った方がより有利になれるのだから。


「格闘技の経験でもあるの?」

「通信教育でマーシャルアーツを少々」

「ふぅん」


 興味なさそうに相槌を打つソフィア。

 そこへミコトが会話に加わると――


「格闘技なら俺、合気道を習ってましたよ」

「えっ、マジ?合気道って前から気になってたのよねー。ね、ね、ミコト君冒険の後であたしにレッスンしてくれない?」


 エステルに見せた素っ気ない態度が嘘か幻であったかのようにパッと顔を輝かせた。


「モンスターにはあまり役に立たないと思いますけど」

「痴漢とかストーカーを撃退するのに便利なんじゃない?ほら、あたしって美人だから狙われることもあるかもだし」

「そういう理由ならいいですけど、俺たちは冒険者なんですから過剰防衛には気をつけてくださいね」

「もちろんわかってるわよぅ。冒険が終わるのが今から待ち遠しくなってきたわ!えっへへー♪」

「ちょっと!?どさくさに紛れて腕を絡めてこないでください!」

「いいじゃない別にー。減るもんじゃないし」

「恥ずかしいんですよ!」

「不快だった?」

「いや、不快ってわけじゃ……」

「こうぎゅっとしてるとね、緊張や不安が和らぐのよ。それでもダメ?」

「下心があって俺にくっついてるわけじゃないんですね?って目が泳いでるじゃないですか!」

「チッ!バレたからにはこのセクシーな上腕二頭筋を少しでも長く堪能させてもらうわ」


 地下室が急速に甘ったるい空気で満たされていく中、エステルは被虐と羨望に身を捩らせていた。


「はぁはぁ……あんまりな扱いの格差とお二人の尊い光景にわたくし(みだ)らな気持ちを抑えきれません……はぁん……あぁっ……ん……」


 放置され孤独に絶頂するシスターを何とも形容し難い目で見物していたログヴィルは、野暮な真似と自覚しつつもミコトとソフィアに声をかけた。


「出発前に一言だけいいか」

「あっ、はい。何ですか?」


 ソフィアの拘束から脱したミコトが青年神父を見上げる。


「絶対に死ぬな」

「必ず自分の足で帰るつもりです」

「そうしとけ。蘇生処置は疲れるからやりたくない」


 それだけ伝えて満足したのか、ログヴィルは室内にあった安楽椅子に腰かけ、読書を始めた。


「じゃあ、行ってきます」

「ああ」

「ログヴィル、留守をお願いしますね」

「ああ」


 無愛想な神父に見送られ、3人はゲートをくぐる。

 視界に広がるのは荒涼とした墓場だった。

 禍時の空が不安をかきたてずにいられない不気味な重い雲に覆われ、所々に立つ石灯篭の明かりが仄暗い墓所をぼんやりと照らしている。


「敵の反応多数。やや遠いけどゲートインと同時にこちらに近づいてきてる。フロアボスらしい大きなものは無し。感知範囲外にいるかもしれないから警戒を維持しないといけないわね」


 斥候技能を持つソフィアが先行し、周囲の状況を確認した。


「交戦までの時間はどのくらいですか?」

「5分から10分くらいの間ね。四方八方から接近して来てるわ」

「混戦になりそうですね」

「薄暗くて見通しが良くないから、気づいた時には囲まれてるって状況に陥らないよう協力して迅速確実に撃破していきましょ。出し惜しみはナシでいくわ」


 エステルが助成する範囲は同レベル帯の仲間が一名加わった程度。

 それと全滅しかけた時の保険でもある。

 無論後者の役目を負わせる気はミコトにもソフィアにも毛頭ない。


「小狐丸、ナイフと交換でCOYOTEとクロスボウを出して」

『了解であります!』


 右手にハンドアクス、左手にクロスボウを持つ。

 ミコトは左足を踏み出し、薙刀を脇に構えた。


 ソフィアの見立て通りの時間に敵が姿を現す。

 レッサーデーモンゾンビ。

 資料で見た外見と相違点はほとんどない。

 知能さえ腐り果てているのか、死角にまわることもなくのろのろと直進してきた。

 崩れた墓石の破片を避けようともせず、躓いて転んでもお構い無しに這い寄ってくる。


(こないだ戦ったゴブリンゾンビとは違って動きに明確な意思というか、アルゴリズムを感じない。つまりネクロマンサーの支配下にない天然のゾンビってことだよな)


 ミコトがそう分析する傍ら、ソフィアは転倒して無様に地を這いずるゾンビの方を観察していた。


「モンスターを笑えないわね。あたしらも障害物に足をとられないように注意して動きましょ」

「はい」

「じゃあまずは小手調べね」


 ソフィアはクロスボウの先端を目についた一体に向けた。

 狙撃スキル行使により集中力を高め、精密射撃を行う。

 小さな風切り音を伴って発射されたボルトはレッサーデーモンゾンビの額を正確に捉えた。


「駄目か。中途半端に刺さったぐらいじゃ倒れないわね」


 ワンショットキルとはいかなかったようだ。

 ボルトは完全に貫通には至らず、刺さり具合から推定するに5センチほどを抉る結果に留まっている。

 生者にとって致命傷になり得るそのダメージはアンデッドにとっては行動を阻害するレベルではないらしい。


「お金に余裕があれば速射性が犠牲になる代わり威力のあるコンパウンドクロスボウを用意できたんだけど」

『格納するでありますか?』

「お願いするわ」


 ソフィアはクロスボウの使用を諦め、両手でハンドアクスを握る。

 白兵戦主体に切り替えるつもりだ。


「とどめは俺が貰います」


 ミコトが仕留め損ねた一体に流麗な断頭の一撃を見舞う。

 驚くほど呆気なくレッサーデーモンゾンビの首と胴が分断され、それから間もなくドロップアイテムを残して消滅した。


(急所は柔らかいな。それ以外の部分は頑丈らしいからよく狙って攻撃しよう)


「やるわねミコト君。あたしも負けてらんないわ」

『装者殿!ヤマト魂を見せてやるであります!』


 ハンドアクスの刃が赤熱し、炎を纏う。

 ソフィアはミコトの隣に並び立ち、続々と現れる悪魔の成れ果てに戦気を滾らせた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ