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38話 死にシスター(G)

こちらがゴア表現有りの方です。

39話は5日か6日を予定しています。

 

 翌日のダンジョンアタックに備えて、ミコト、ソフィア、エステルで作戦会議が始まった。


「一応パーティーとして組むことになるわけだからステータスデータを交換しておきましょうか」


 まずは保有戦力の把握から。

 現在ミコトのレベルが18、ソフィアが12だ。


「デウス、お2人のデバイスにわたくしのステータスを送っていただけますか」


 エステルは胸元のロザリオに手を振れた。

 するとそこから冷たい鉄を連想させる少女の声が響く。


『承知した』


(妙に大きなロザリオだと思ってたけど、エクスデバイスだったのか)


「ロザリオの形をしたデバイス?珍しいわね、オリジナルだって大半はハンドヘルドタイプのコンピューターなのに」

「ええ、私どもが信仰する神の、ホーリーシンボルと形状が一致しているのは奇妙な偶然を感じます」


 なぜ十字架を模して造られたのか?偶然ならなぜ十字なのか?

 所有者のエステルはおろか、ロザリオ型オリジナルデバイス"機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ"自身さえもその理由を知らない。


装者(マスター)よ、何度も言っているがわたしに製造元に関する情報は一切与えられていない。いかなる意図で十字型に設計されたのかわたしにも不明だ』

「だそうで、異世界の文明について説明できる手がかりらしいものはデウスからも掴めません」

「機能美を追求した結果そうなったのか、単におしゃれなのかわからないってことね」


 デザインの共通点以前になぜ異世界で製造されたものが別世界の言語を理解できるかといえば、デバイスが自発的に学習しているからである。

 かつては周囲の会話を拾ってゆっくりとパターンを分析していくしかなかったが、現代ではネット経由で瞬く間に言語を習得できてしまう。

 オリジナルデバイスは今や少数民族の言葉だけでなく、とうの昔に廃れた下品なネットスラングにも堪能な誰よりも優秀なバイリンガルだ。


 ソフィアは機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナへの興味を一旦思考の片隅に置いて、会議を本来の道筋に戻した。


「話が逸れちゃったわね。アビスウォーカーの実力とやら、見せてもらおうじゃないの」

『ステータスアプリ起動するであります』


 ===============================


 レベル:120

 クラス:闇外道

 保有生体エネルギー:霊体(920,000/920,000) デバイス保管カセット×1(342,000/100,000,000)

 保有魔力:(12,000/12,000)

 筋力:8300

 体力:8600

 耐性:6500

 理力:2200

 敏捷:6100


 スキル:バーサーク(※ウォークライLv10より派生)Lv20・インデュアランスLv20・ヘイストLv20・呪術Lv3・暗技Lv20

 霊体拡張に必要な生体エネルギー値:2,500,000


 ===============================


「お恥ずかしながら魔法は苦手なものでして。幼い頃は本を読むよりもお外で走り回るのが好きな女の子でした」


 ステータスが極端にフィジカル寄りに偏っていることが恥ずかしいのだろうか。

 エステルはまるで公衆の面前で学校での成績は中の下です――と告白した女学生のように羞恥に頬を染めた。


「いやいやいやいや、そんなのどうだっていいわよ!闇外道って何よ!?っていうかそもそもそれクラスなの!?あたしには単なる罵倒に見えるんだけど!」


 ソフィアが目を離さずにいられなかったのはステータスではなかった。

 数値が高いのは見るまでもなく予測できていたこと。

 重要なのはエステルがパーティー内でどのような立ち位置となるか把握することだ。

 そのはずがシスターという清楚な職業のイメージからあまりにかけ離れた、字面だけで極悪極まるクラス名のインパクトに意識をすべて持っていかれてしまった。


『ファイターの上位クラスでありますね。分岐条件は不明』

「戦士系なんだ……、確かに接近戦向きのスキルが揃ってるからそうとしか言いようがないわね」


 RPGにおいて僧侶といえばヒーラーである。

 無論、現実はそうとは限らない。断片的に知り得たエステルの変人ぶりからしてスペルユーザーでない可能性は想像の範疇だった。

 しかしまさか近接特化とは。


「この暗技っていうのは何ですか?」


 特殊なスキルを隠し持つミコトは、ソフィアと異なり眉一つ動かさなかった。


(女の子の体になることに比べたら普通だよ普通)


 それだけでなく世界最強の冒険者を冠する以上は何かしら他人にない尖った個性があるだろうと思っていたからだ。


「魔力と生体エネルギーの最大量の内、三分の一を対価におよそ10分間無色透明の薄い衣を全身に纏うスキルですわ。衣は鋼に匹敵する強度と鉛のごとき質量を伴いますので大型モンスターと正面から力比べに臨めます。また吸精の効果を持ち、衣に触れさせるだけでモンスターから魔力と生体エネルギーを奪う特性を兼ね備えています。与えたダメージが大きいほど吸収できる量が増えますので消費した分を多少なりとも賄えます。消耗がさらに激しくなりますが、暗技はバーサーク、インデュアランス、ヘイストと重ね掛けが可能です」


(相手に苦痛を与えただけ回復するあたりにクラスの性格が表れているわね……)


「バフてんこ盛りで殴りまくる脳筋戦士って認識でいいのかしら。呪術は……知らないわね。適性が低い属性も含めて色々と魔法の参考書に目を通しはしたけれど」

「わたくしもほとんど知りませんよ。ごく原始的な術を一つ学んだきりでございます」

「どんな術?」

「空気中に漂う限りなく自我が希薄となった霊体の欠片をかき集めて塊にし、"闇"の属性を持つ生体エネルギーに還元して投げつける術ですわ。"呪詛球(じゅそだま)"と呼称されておりますね。見た目は普通乗用車のタイヤ並の大きさの黒い靄の塊で、あまり重たそうには見えませんが、実際には同じサイズの鉄球以上の重量があります」

「鉄球以上の重さの球を投げつけるってあなたね……」


 ソフィアは呆れた目で尼僧服の上からでも大人の女の色気を隠し切れないエステルの上半身を見た。

 霊体の強化は筋肉量にさほど影響を及ぼさない。せいぜいアンチエイジング効果があると言われているぐらいだ。

 モデル体型と褒め称えこそすれ、力強いと評するにはいささか無理がある。

 だが、人体どころか戦車すら素手で楽々解体してのける凄まじい力が確かにそこにあるのだ。


「信じられないわ。魔法の制御を筋力で解決するの……?」


 呪詛球のような遠距離魔法は生成から発射までが過程の全てだ。

 エステルの場合、"発射"の部分を完全にオミットしているらしい。


「弾速や射出角度を計算して術式を編む方が大変ではありませんか。自分自身の手で投げた方が早いですし確実です」


 こう見えて学生時代はソフトボール部でしたから投球に自信はございますよ――とエステルは十代の頃を懐かしむように微笑む。


「あ、そう。理力が他のステータスに比べて控えめで使える魔法がそれ一つのみってことは用途が限られてくるわね」


 驚くのに疲れたという表情でソフィアは適当に合いの手を入れた。


「あまり強くない飛行型モンスターを撃ち落とすのに使っております。地上型モンスターのみの一層では出番はありませんね。元々闇属性との相性もよろしくありませんし」



 ――ここで属性相性について解説しておかねばならないだろう。


 火も水も電気も我々の生活に欠かせないものであるが、それらは同時に扱い方を誤れば生命の安全を脅かしかねない二面性をもつ。

 ダンジョンのモンスターはとりわけこの世のありとあらゆる自然現象の影響を強く受けやすい。

 それを語る上で欠かせないのが肉体と霊体の関係性である。


 人間は肉体に準拠した生命体。

 これは霊体がどれだけレベルアップを積み重ねようと変わることのない大原則だ。

 ところがダンジョンのモンスターは違う。

 推論の域を出ないが、霊体に準拠した生命体とする説が有力だ。

 モンスターにとって肉体は生命活動において副次的なものに過ぎないというのである。

 

 平たく言えば人間が物理の世界を基準にした生命体で、モンスターは精神の世界を基準にした生命体というわけだ。

 だからか、モンスターの肉体はある種の概念に対して物理法則を無視した過剰な強靭性と、逆に異常なまでの脆弱性を持つことがある。

 その一例として"レッドドラゴン"を挙げてみるとしよう。

 このモンスターは炎に対して無敵の耐性を持つ一方で氷結の攻撃には非常に脆い。

 物理法則のみに依存した敵ならば、殺すにあたって武器にわざわざ火や電気をエンチャントしてやる必要はない。

 モンスターの側が特異な性質を有するからこそ魔法による属性攻撃が意味を持つというわけだ。


「闇は霊体に直接干渉する"蝕み"の力だったわね。できればくらいたくないものだわ」

「高レベルのデーモンは闇の業を多彩に使いこなしますから用心いたしましょう。耐性付きの装備がなければ回避するか歯を食いしばって耐えるしかありませんので」


 エステルの尼僧服はデーモン素材を加工して編まれた、魔具と言っても良い代物で闇属性を無効化する。

 ミコトとソフィアは被弾しないよう慎重に立ち回るしかない。


「一層のモンスターはレッサーデーモンゾンビだったわね」

「はい。80年前のものですがコリノドラ大学の学術調査が入った時の資料が残っております」


 エステルがテーブルの上に並べていた古いバインダーを開く。

 調査隊が撮影した写真とレポートの数々がスクラップされている。


「人型のモンスターですね」

「角が生えていて、牙が突き出ていて、爪がナイフのように長く鋭いことを除けば人間と同じね。お肌がほとんど腐ってて人相はどれも一緒に見えるけど」

「動きは遅いですが、数が多い上しぶとく力が強いのでご注意を。冒険を始めて間もない頃、わたくし何度も囲まれて数えるのも忘れるほど無数の死を経験いたしました」


 そう言い放った時のエステルの目はどこか上の空になっていた。


「鋭い爪に服ごと肌を切り裂かれて、お腹の中にあったものを全部残らず引きずり出されてしまうんです。温かい血の湯気が立つわたくしの新鮮な臓物を、彼らはご馳走を独り占めするかのように両手いっぱいに抱えて食べるんですよ。時にお腹の中をかき混ぜながらそれはもう一心不乱に。腕も脚も容赦なくバラバラにちぎられて、引っこ抜かれて。そうしてできた肉塊にとても美味しそうに歯を突き立ててくるんです。真っ白な太ももや二の腕が血で真っ赤に染まるのを見ながらみっともなく悲鳴を上げますが、誰も助けには来てくれません。肉が切り裂かれ、骨が砕ける音をデーモンゾンビは腐敗して溶けた耳で味わいながら、わたくしの断面から絶え間なく溢れ出る血を蛆の湧いた生臭い唇と舌で啜るんです。わたくしが"痛いです"、"もうやめてください"、"ゆるして"って泣き叫んでも彼らはやめません。手足を失って逃げられなくなったわたくしはすぐに死ねもせず、おっぱいを貪るように食べているモンスターに涙を流しながら懇願するのです。"たすけてください"って。でもそんなお願いに意味なんてなくて、かつてわたくしのおっぱいだった黄色い脂肪の欠片を口の端からこぼし、咀嚼しながら彼らは歪に変形した顎をカタカタと揺らしながら嗤うのです」


 耳を覆いたくなるような悲惨な体験の話をしているのに、吐息は甘く熱っぽく、言葉はなぜか官能の艶を帯びていた。

 恍惚感に酔いしれながらなおも舌を繰ろうとするシスターの右の横っ面を、突然ソフィアの掌が跳ねた。


「これ以上くだらない話に付き合っていられないわ!こんの腐れ有害指定シスター!大先輩だからって神妙な態度で聞いていれば調子に乗って!ここには未成年の純粋な男の子がいるのよ!あんたのエログロ私小説の朗読会はモクターンノベルズでやって頂戴!!」


 ソフィアの暴力にエステルは灰色の瞳を陶然とさせ、快感に悶えた。


「ああんっ、ソフィアさん、左の頬もぶっていただけますか?もう少しで達することができそうなので」

「黙らっしゃい!アンタのひん曲がった性根を叩き直してくれるわ!いいえ!いっそ永遠に神の御許に送ってやるわよ!!」


 今度は平手ではなく、拳を強く握りしめたソフィアをミコトは慌てて羽交い絞めにして止めた。





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