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36話 左手ハンアク最強、ロリ狩りのお供に

 教会に住むことが決まったその日。

 ミコトとソフィアは住所変更の届出を役所で済ませ、郊外の大型スーパーマーケットに来ていた。

 燃えてしまった日用品の補充が目的である。


「ミコト君お風呂で使うものは一切妥協しないわねー。シャンプーにコンディショナーに、ボディソープに洗顔、全部高級ブランドじゃない。ねえ、お金半分出すからあたしとシェアしない?」

「……いいですけど、ソフィアさんこだわりとかはないんですか?」

「お気に入りのはあるわ。でも無難なものばかり選んでいたらつまらないでしょ」


 ソフィアが使いたがるのもむべなるかな。

 ミコトがチョイスしたのは一般家庭よりツーランクは上の年収の女性をターゲットにした製品ばかりである。

 だが、メーカーのマーケティング部門もまさか、十代の少年にご愛顧いただけるとは想定もしていないだろう。


「それにさ、ミコト君からする美少女の匂いの秘密が知りたかったのよね」


 その発言にミコトはどきりとした。

 いや、シャンプーやボディソープのフレグランスフレーバーのことを指して言っているのは誤解なく認識しているのだが、聞きようによっては彼の"彼女"としての顔を勘づかれてしまったのではないかともとれる。


「男がこういうの使ってたら変ですかね……?」


 緊張の面持ちで問うと、ソフィアは軽い笑顔で笑い飛ばした。


「アハハハ、男の子ってやっぱり見栄っ張りな生き物ね。変ってことはないと思うわ。むしろ好ましいわね。バリバリのトニック系とか、きっつい香水の匂いがする自信家の男の人とかあたし苦手だもの」


 その手のタイプの男はミコトも苦手するところだ。

 草食系男子の彼にとって肉食系男子は生態ピラミッドのヒエラルキーに従って天敵である。


「日用品はこんなものでいいかしら。他に忘れ物はない?」


 カートの中身をざっと見渡してミコトは首を縦に振った。


「俺のは揃いました」

「オーケー。買い物を済ませたらどうしましょうか」

「特に用はないんでソフィアさんにお任せします」


 冒険者の経験が浅いとはいえ、ソフィアは培ってきた広い見識と知恵でミコトからの信頼を得ている。

 パーティーのブレインとして方針を委ねるのに抵抗はない。


「じゃあ、真昼間だけどいかがわしいホテルにでも行きましょ」


 抵抗はない。

 抵抗はない。


 いや、あった。


「やっぱり真っ直ぐ帰りたくなってきました。いかがわしいホテルとやらにはソフィアさんお一人でどうぞ」

「辛辣ゥ!冗談よ冗談。一割は」

「九割本気なんですか……」


 様式美と化したコミュニケーションはほどほどに切り上げ、ソフィアは希望を伝えた。


「近所にマリーさんの工房があるじゃない。そこに行きたいわ」


 思ったよりまともな用事だった。

 ミコトは憮然とした表情を改めていくらか愛想よく口角を上げた。


「付き合います。武器の改造でもしてもらうんですか?」

「そんなところ。これから戦うモンスターの強さが増していくわけだし、武器の強化はRPGの王道よね」


 次の行き先が決まったところで会計を済ませ、スーパーを出る。

 工房への道すがらミコトはソフィアに訊ねてみた。


「ソフィアさんはどんな改造を施すか考えてあるんですか?」


 その質問にソフィアは待ってましたと言わんばかりのワクワクとした表情をしながら、「もちろんよ」と答えた。


「改造というか正確には買い替えね。グリップに耐熱加工と刀身に"ヒートソード処理"がしてあるナイフと、それと同じ仕様のハンドアクスも買うつもり」


 その情報を聞いただけで、ミコトにはピンとくるものがあった。


「エンチャント魔法を使うんですか?」

「ご名答。火属性の武器ってこれまた王道よね」


 鉄の融点はおよそ1500℃。

 それに匹敵する熱量を刃に加えれば無論武器として意味をなさなくなってしまう。

 "ヒートソード処理"とは火属性のエンチャントによる高温を維持しつつ、かつ武器本体の破損も防ぐ特殊加工だ。


「加工してあるからといってまったく消耗しないわけじゃないですよ。それどころか普通の武器より寿命が短くなるので一概に良いとは言えません。特に刃物は鈍器に比べて壊れやすさが段違いです」


 つくりが単純で頑丈な金棒こそがエンチャントに向いているというわけだ。


「らしいわね。リンクスでマリーさんと相談したら、魔具の整備費用ほどじゃないけどエンチャント用カスタム武器は派手にお金が羽ばたいていっちゃうわよって忠告されたわ」


 減価償却という頭の痛くなる単語がのしかかってくる。


「で、どうしても使いたいならってマリーさんからオススメされたのがハンドアクス。これなら刃が潰れたって重さのおかげで高い攻撃力を維持できるし、サイズ的にも取り回しがいいそうよ」

「堅実なチョイスだと思います」


 腕力の低い女性でも遠心力のおかげでそれなりの殺傷力が発揮できる――そういった配慮からマリーはハンドアクスを提案していた。


「でもさあ、斧ってRPGで言うと無骨な脇役よねえ。ヴァイキングヘルムをかぶったマッチョなおじ様が担いでるイメージだわ」


 確かにたっぷりと髭をたくわえ、筋骨隆々とした肉体を誇る男の手にあるのがイメージ的に相応しい。

 つい最近までOLだった女性が斧を構えてモンスターと渡り合うなどB級映画じみてシュールな光景だ。


「そうですか?何度か名前が出てきたんで調べてみたんですけど、プロ冒険者のカナメ・ミライさんは身の丈ほどもあるグレートアクス型の魔具を使いこなすそうですよ」

「そっちはそっちでまた趣が異なるわね。身長148センチの小柄な体格の娘が大きな得物を軽々と振り回すんだから、かえって映えるわ。中途半端に背丈のあるあたしじゃギャップウケは狙えないわねえ」

「そんなもの狙ってどうするんですか」


 仲良くじゃれ合っているうちに魔具工房ハルモニアへ到着する。

 ドアベルの軽やかな音が鳴ると、若い女性店員から「いらっしゃいませ」と元気な声がかけられた。


「こんにちは、武器の予約をしていたソフィア・カンザキですけどマリーさんはいらっしゃいますか?」

「師匠ですね、少々お待ちいただけますか」


 パタパタと小走りに去っていく背中を見送る。

 ほどなくして褐色の肌が鮮やかな妙齢の美女、マリーがジュラルミンケースを携えて出てきた。


「いらっしゃい、ソフィアちゃん、ミコトくん」

「こんにちはマリーさん」

「こんにちは、ご無沙汰してます」


 ミコトは年明け前に会ったばかりだが、しばらくぶりの態度を装った。


「マリーさん、それってあたしの武器ですか?」


 ソフィアがジュラルミンケースに目を向ける。


「そうよ。ソフィアちゃんの手に完璧にフィットさせるなら細かな微調整が必要だけど、実戦に持っていくならすぐに使える状態に組み上げてあるわ」

「早くないですか?今日のお昼前に相談したばかりなのに」


 エンチャント用の武器の材質は単なる鉄ではなく、ダンジョンからしか採取できない特別な金属との合金製だ。

 注文を受けてからすぐに工場に発注したとしても、その日の内に用意できるものではない。


「斧の方は他のお客さんの予備があるのよ。頻繁に武器を無くす人だから在庫は多めにとっておいてあるの」

「へえ」


 どうやら困った性格の冒険者のおかげで、そのおこぼれにあずかれているようだ。

 ソフィアは興味が湧き、どんな使い手か訊ねてみた。


「うちの学園の学生に販売してるんですか?」

「いいえ、ドラゴンイーター級プロ冒険者ハリケーン・アパッチの得物よ。命名者はアパッチ本人でね、"COYOTE"っていう精霊の名を冠しているの」


 500年前に発見された新大陸の先住民。

 最強と謳われた部族の、勇者の末裔を自称する青年が自身の専用魔具を差し置いてこよなく愛する武器なのだという。


(愛しているなら無くすなよ)


 ミコトは声には出さず心の中で鋭くツッコミを入れた。


「ちなみに彼の必殺技、ツインファイヤー・トマホーク・ハリケーンは全てのモンスターを八つ裂きにして、斧を投げつけた相手を浄化の炎でことごとく灰に変えるらしいわ」


 技の締めに斧を投げてしまうのが紛失の原因であるという。


「最終奥義ツインファイヤー・トマホーク・ハリケーン・オーバードライヴを放つと限界を超えた熱量に斧自体が跡形も無くなるんですって」


 紛失どころか武器そのものも修理不可能なレベルで破壊してしまうらしい。


(……愛しているなら壊すなよ)


 どのような名刀名槍もいずれは使い捨てられるのが宿命とはいえ実に職人泣かせな冒険者である。


(というかファイヤーとかオーバードライヴとか横文字の必殺技ってソフィアさんが好きそうなネーミングセンスの持ち主だな)


「技のアイデアもネーミングもとても格好いいわね。あたしと気が合いそうだわ、ハリケーン・アパッチ」


 小学生男児の魂を持った成人女性がいる。

 ミコトはソフィアに対してそんな失礼なことを思った。


「無茶な使い方をする冒険者のせいでね、製造段階からコストの許す範囲内で耐久性を高めてあるわ。切れ味もある程度確保済みよ」


 工場の仕事はそこまで。

 さらにそこから性能を高めるのが職人の腕前の見せ所だ。


「マリーさんがカスタマイズするとおいくらぐらい?」

「耐久性向上、エンチャント効率最適化、切れ味強化、基本性能のカスタマイズを全部行うと30万ちょっとね。費用を抑えるなら前二つのみにしておくのがオススメよ」


(高いけど相場としては十分妥当。それどころか安い買い物ですらある。マリーさんはアビスウォーカーの魔具の開発をも手掛けた世界でトップレベルの職人だから)


 既存の工業製品のカスタム化ならば、マリーにとって大した手間にならないためすぐにやってくれるが、彼女に専用魔具の開発を依頼するならば最低でも3年は順番を待たなければならないほどの人気ぶりである。


「どうしますかソフィアさん」

「ちょっとだけ預金とにらめっこさせてもらうわ」


 ソフィアがスマートフォンを取り出して最近の収支状況を確認する。

 頭の中でどのように算盤を弾いたのか傍目にはわからなかったが、判断を下すまでに大した時間は要しなかった。


「決めました。買います、強化マシマシのフルコースで」

「まいどあり。それじゃあまずは地下室で試し振りをしてしっくりくるまで調整を施していきましょう」


 あっさりと商談が成立し、地下室へと案内される。

 ソフィアの後を追うその途中、ミコトは不意にかすかな胸の動悸に襲われた。


(うっ、これは変身の感覚……!?)


 こんなところでまずい――と危機感を覚えるも、体調の変化は瞬きにも満たない一過性もので白昼夢であったかのように霧散する。

 長年暮らしてきた家の床下に、古い不発弾が埋まっていることを知った住民のような心地でミコトは小さく胸のあたりを撫でた。













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