28話 経営コンサルティング
「ミコト君が朝帰りしてきたわ!」
ミコトが寮に戻ってきた時の開幕のセリフはそれであった。
『デートどころか外泊までしてきやがったであります。男子三日会わざればアッテンションプリィーズ!!ってやつでありますね』
(デートって何の話だ?というか会ってない日は1日もないだろ)
首を傾げて記憶を探ってみるも心当たりはまるでない。
意味不明な言動としてスルーしておくのが無難だろう。
「外泊なんて別にどうだっていいじゃないですか。それより今日は午後からダンジョンアタックですよね。アップしに行きましょう」
「ミコト君」
「何ですか?」
「ゆうべはお楽しみだった?」
「意味が分かりません」
「昨日のお休み、朝イチで他の女の子とデートしてきたんじゃないの?ほら珍しくおしゃれしてるし。案外抜け目ないわねえ」
なるほど、そういうことかと察した。
「俺とデートしたがる奇特な人なんてソフィアさんぐらいですよ。たまには一人になりたい時だってあるでしょう。リフレッシュしてきたんですよ」
「ふーん、リフレッシュねえ……」
詮索するかのようにソフィアはミコトの顔を覗き込んでくる。
その間合いたるやキスまでわずか数センチという超至近距離だ。
無論美女が間近に迫っていれば男の子の生理現象として顔を赤らめざるを得ない。
「免疫反応変わらず。なんだ、いつものミコト君だわ。あたしの勘違いのようね」
勝手に納得して、心なしか安堵した表情を見せるソフィア。
「じゃ、着替えて運動場に行きましょ」
「わかりました」
各々部屋に戻ってジャージに着替え、貸切状態と化している屋内運動場へと場所を移した。
暖房はない。外よりマシとはいえ寒いものは寒い。
まずは体を暖めるため、数分ほど走り込んだ。
「はい、ストレッチするから二人一組作ってー」
「それ地味にトラウマを抉られるんでやめてください」
文句など聞き流してソフィアはミコトの二の腕に抱きつく。
「ミコっちゃーんあたしと組もうぜい♪」
「そもそも二人しかいませんけどね。というかいつになくテンションが高いですねソフィアさん……」
ペアで効率的にこなせるストレッチメニューを消化しつつ、ソフィアは屈託なく笑った。
「あたしってば今幸福の絶頂だからね。脱サラして本当によかったと思うわ」
「会社員時代の方が高収入だったと思いますけど?」
「優先順位で言ったら金銭の多寡より充実感の方が大事よ。何のために働いているか明確なだけで俄然やる気が湧いてくるわ。自分の夢に向かって働く方が金の亡者の株主や役員のスケベジジイどもをぶくぶくと肥え太らせるよりずっと楽しいじゃない」
何のために冒険者をやっているのか。
考えさせられた矢先である。
ミコトは床に腰を下ろして前屈をするソフィアの背中を押しながら黙りこくった。
(ソフィアさんは立派な人だな。それに引き換え俺は……)
「…………」
「あたたっ!ミコト君あたしの腰はそれ以上曲がらないわよ!ギブギブ!」
「す、すみません。考え事してました」
ソフィアはつりそうになったふくらはぎを揉みほぐしながらミコトの顔を見上げた。
「なあに、悩みでもあるの?おねーさんが相談にのってあげよっか?」
悩める少年ミコトは打ち明けるべきか少し迷った。
自分のことなど自分の頭で考えて解決すべき問題だ。
他人に答えを貰うのは間違っている気がした。
(でも下手の考え休むに似たりって言うしな。相談するだけしてみよう)
「俺、ソフィアさんみたいにはっきりとした夢がなくて、目先の目標しか見えてないんです。せいぜい落第したくないとかシルバークラスに入りたいとか、オリジナルデバイスが欲しいとかそのぐらいで」
「うん」
「最終的にどうなりたいかって言うと……」
「漠然としてる?」
「はい」
なりたい自分の未来像が見えない。
(それじゃ絶対に駄目だ。ちゃんとした将来のビジョンを持ってないとソフィアさんに迷惑をかけかねない。相棒として相応しくない)
なんとなく高収入を得たいと冒険者を目指して脱落していく人の数はかなり多い。
学園に通っていようと成功は何一つ担保されないシビアな世界だからだ。
それは数字として如実に表れており、全世界の冒険者学園における年間退学者はおよそ6割にも上る。
プロになれたとしても事業を継続させられる冒険者となるとその数はさらに減少する。
脱落した人々の多くはこう嘯く。
『冒険者って思ったより全然儲からない』
『不安定な職業だとみなされてるからローンが組めなくて家や車が買えない』
『年間休日100日で1日10~12時間雑魚モンスター狩りと薬草採取に励んだけど年収300万いかない。薬や装備のメンテナンスでしょっちゅう経費がかかってくるから事務作業もやらないといけない。普通に進学して会社員になった方がマシ』
『脳筋の戦士目指してたはずなのに気がついたら簿記の勉強をしてた』
『レアドロップ無しでも儲かるダンジョンのほとんどはモンスターが強すぎる。頻繁に高額の治療を受けすぎると医療保険の保険料がどんどん値上がりして首が回らなくなる。かといってモンスターが弱くてドロップが美味しい安全なダンジョンに行けば法人化した大手冒険者パーティーが根こそぎ狩りつくしていて取り分がほとんど残ってない』
年収が8桁から10桁に達する冒険者はごく一握り。
プロ冒険者の台所事情というのは一般人が想像するよりだいぶ厳しいのだ。
会社の社長と同じだという自覚がなければ経営が成り立つはずもない。
ソフィアはあらかじめ冒険者の実情をリサーチし、覚悟した上で転職を決意している。
「ミコト君の考えてる夢って“いい男”になって気になる娘を振り向かせたいとか、周りからちやほやされたいとか精神的な欲求を満たすこと?それとも豪邸に住んで、毎日高級ワイン飲んで美味しいステーキ食べて、女の子をとっかえひっかえし放題の酒池肉林ライフを送ること?」
ド直球な発言にミコトは苦笑する。
「言ってることが大変わかりやすくて助かりますけど、どっちも俗物すぎやしませんか?」
「俗物でいいじゃない、あたし達は営利団体だもの。一見して非営利な仕事にだってビジネス的価値はあるのよ。大企業が直接利益にならないボランティアに手を出すのはなぜだか知ってる?」
「……いえ」
「大企業にとって世間からのクリーンなイメージっていうのは立派な商品になるからよ。付加価値ってやつね。結果的に業績が上がるし、経営陣が社員に積ませた功徳であたかも自分が努力したみたいに威張り散らせるようになる。打算込みなのよ。正に一石二鳥――いえ、三鳥ね。善意だって満たせるんだもの」
やはり人間、金と名誉か。
今よりも、誰よりもセレブな暮らしがしたい。結局はそこに行き着く。
「もしかしてミコト君普通の学校に戻りたかったりする?冒険者以外の別の可能性を探ってみたい?」
「それは絶対にないです。一般の勉学との両立は俺の要領の悪さじゃ時間的に無理ですし」
「無茶をして体を壊したら元も子もないものね。中途半端が一番良くないわ」
前屈の態勢を交代し、ソフィアはしたり顔で言う。
「その点すげえよミカは。女子高生しながら冒険者やってるのよ。ネット上の噂だとソロで首席になったっていう前代未聞の偉業まで達成したらしいわ」
「ミカって誰ですか」
「この学園のマドンナ鋼鉄姫ちゃんよ。あたし昨日会ったのよ。羨ましい?」
羨ましいも何も本人である。
「いえ、別に」
「あの子の場合あたし達とは立ち位置が違いすぎて参考にならないわね。実際に戦いぶりをこの目で確かめたわけじゃないけど、自分がレベルアップした分あの子の異常な戦闘能力がより際立って感じられるようになったわ」
「噂通りならそうなんでしょうね」
ミコトは鋼鉄姫の話題に素っ気なく応じた。
これにソフィアは眉をピクリと反応させながらも話を続ける。
「本題に戻すと、自分が何者でありたいかってテーマに関しては納得いくまで探し求め続けるしかないわ。あたしみたいに俗物的欲求だけで自己実現できないならね」
(やっぱり人に訊けば簡単に答えが貰えるなんて期待するのは虫のいい話だよな)
「俺の場合小さな目標からコツコツ取り組んでいった方が良さそうです」
「そうね、一つ一つ積み上げていって高い場所から見下ろせば視野が広がるものだわ。今、自分の在り方を定められないならそれはきっと経験不足ってことなのよ。自己分析は後回しにしてもいいんじゃないかしら」
答えからは程遠いが、とっかかりらしいものは得たと思う。
精進しろということだ。
◇◇◇
2人は軽く体を動かした後、休息をとり、装備を整えて"探求の地下砦"ゲートへと向かった。
突入の直前、作戦タイムに入る。
「今日はフロアボスのお部屋まで行って、あわよくばボスも狩っちゃいましょ。下積みはバッチリしてきたからね」
「ええ、ソフィアさんの魔法が攻略の鍵です」
ソフィアは淡々とスライムやゴブリンを狩ることを良しとはしていなかった。
適性のある魔法で何ができるのか、検証を積み重ねてきている。
「あたしの魔法って威力は折り紙付きだけどノーコストとはいかないのが辛いところなのよね。ドロップが安かったら最悪収支マイナスかも」
「本職だったソフィアさんには言いづらいですけど投資だと考えましょう。威力だけじゃなくて応用範囲も広いんで将来的に元が取れると確信してます。必要は発明の母とはよく言ったものですね」
「おおう、プレッシャーかけてくるわねミコト君。期待以上の結果を出さないといけなくなるじゃない」
口ではそう言いつつもソフィアに気負った様子はない。
「それにしてもまさか中学・高校でやってたソフトボールとハンドボールの経験が冒険で役立つ日が来るなんてね。人生分からないものだわ」
どうやらソフィアの魔法は球技経験が生かせる種類のものであるらしい。
「そのおかげでボスモンスターに挑戦できるんですから感謝しかないですね。全力でサポートするんでよろしくお願いします」
「任せて頂戴。あたしの魔法を見せてあげる」
秘策を手にダンジョンへと進入する。
ミコトは金棒と脇差、ソフィアはクロスボウとナイフという普段通りのスタイルだ。
薙刀を携行していない理由は、地下通路という限られた空間では斬撃を主体とする長柄の武器との相性が悪いためである。
(薙刀を使えるのは空間の広いボス部屋だけに限定される。適切な場所で適切な武器を使おう)
そう心がけながら通路を進む。
「三層まで下りてきたけどほとんどモンスターと遭遇しなかったわね」
「他のパーティーがいるのかもしれません。明日から新年度になるわけですし、年越しのために小遣いを稼いでるんだと思います」
「遊ぶ金欲しさに殺りましたって動機と一緒ね」
ミコトの仮説は的を射ていたらしい。
途中で何組か他のパーティーとすれ違う。
「こんにちはー。ねえ、あたしたちボスを狩りに来たんだけど、もう誰かに倒されちゃってる?」
ソフィアは持ち前の社交性を発揮して情報収集に勤しんだ。
「オレらゴブリン狩りが目当てなんでボスは放置っスよ。レア出たらデカイっスけど、色々とたるいボスだから誰もやりたがらないんじゃないスかね」
「ありがとう。教えてくれて無駄足にならずに済みそうだわ」
ボスは手つかずの可能性が高いとの情報を得て安堵する。
引き返すことなくボス部屋のある四層へと下ってゆく。
フロアの奥。樫の木でできた重厚な扉の先にボスはいた。
それは巨大なスライムだった。
一層から雑魚モンスターとして出現していた球体のものとは種類が違う。
半透明なのは共通しているが、不定形でどろどろとした形状をしている。
高さにしておよそ4m。横幅は5~6mはあるだろうか。
スライムの体内には腐敗したゴブリンが10体ほど収められているのが確認できる。
体内にいるそれらは蠢いていた。
白く濁った目玉があらぬ方向へと向いてしまっている。
死んでいるのか、生きているのか。
あるいはどちらでもないままに現世に留められているのか。
このスライムの全容を食べ物に例えるならば、連想させられるものがある。
フルーツゼリー。
煮こごり。
グロテスクな外見と吐き気をもよおす腐臭は食欲を減退させるものでしかないが。
「うわー、マッドネスローチとは別のベクトルでえぐい見た目のモンスターね」
2人はモンスターの冒涜的な偉容に怯みながらも、闘志を再燃させ行動開始のタイミングを窺った。




