2話 少女悶絶
外界に出ればダンジョンとの気温の落差が大きいためか肌寒さが一層厳しく感じられた。
服装のせいも大いにあるだろうが。
「学生課に行って報告済ませたら購買部でアイテムを売っておかないと。アイテムボックスの容量が限界だ」
学生課と購買部は同じ建物に入っていて、隣接している。
武装解除してから自動ドアを通ると窓口で作業していた女性の事務員がこちらに気づくなり驚いた表情になってぽかんと口を開けていた。
同性をも黙らせる美貌なのは慣れっこだ。
初対面の相手は見惚れてまず間違いなく会話にタイムラグが発生する。
まるで回線の重いネットゲームでもしているような心地だった。
ミコトは相手の現実復帰を待たず用件を告げる。
「すみません。試験の報告に来たんですけど。ついでにアイテムの売却も」
「…………あ、ええ、ええ!報告ですね!メモリを提出してもらえますか?」
頷いてエクスデバイスのキーに指を滑らせる。
するとデバイスの側面が開いて鍵のような形をした金属片が出てきた。
これがメモリである。
内部の素子には学生の個人情報と撃破したモンスターの種別と数が記録されている。
今時ネットを通じて報告ができそうなものだが、学園は現物の受け渡しによる報告に拘った。
ネットの場合、サーバーが脆弱性を突かれやすく情報を改竄、または盗難されるリスクが大きい。
スタンドアローンのコンピューターならば外部からの攻撃を受けることはない。
更にメモリには強固なプロテクトが施されていてこちらも改竄される恐れはないのだと学園は強く主張している。
とは言えど国営の学園だ。役人は無駄な箱もの作りがお得意と相場が決まっている。
(サーバーの強化に人と金を割いた方が遥かに安上がりだ。メモリを製造している会社は官僚の天下り先だろうな)
社会の闇について思考を巡らせつつメモリを手渡した。
「お預りします。試験結果の反映が済みましたら進級手続きで入力事項が発生しますので少々お待ちください。その間に購買部の買取り受付で対応してもらうとよいですよ」
言われるままに購買部へ向かう。
コンビニよりやや広いぐらいの売場面積がある。
というか品揃えがコンビニだ。
ちょっとした生活雑貨から弁当やお菓子、ペットボトル飲料、酒、ホットスナックまで陳列されている。
武器や鎧兜、重傷の治療に用いられるのであろう医薬品など物騒な品物を除けばまともなコンビニだと言っていい。
「いらっしゃい。買取り希望かな?」
購買部の買取り窓口ではスーツ姿の長身の男性が柔和な笑みで出迎えた。
年齢は三十代前半か。
彫の深い顔。茶色い髪に青い瞳、色素の薄い肌は中央から北の国に多い特徴である。
なかなかの男ぶりで、理知的な眼差しをしている。
学生である以上は必然的に世話になる人物だ。
名をリチャードという。
北方の紳士リチャードはミコトを見ても目の色を変えることはしなかった。
その代わり絵画や彫刻などの美術品を眺めて感心しているような風情である。
「そうです。量がかなり多いんですが」
「それならここでは狭すぎるでしょうね。バックヤードで査定しましょうか」
奥の倉庫に連れ立って向かい、指定された場所にアイテムを種別順に並べる。
「おや、グレートダイアウルフの魔力結晶ですか。珍しい。滅多に出ない"レア"ドロップですよ。これはいい値がつきますね。最低でも1500万は下らないでしょう。他のアイテムは全て玉石混交の石の方ですが数が多いので合わせて50万前後といったところです」
「そうですか」
これが男として順当にレベルを上げて真っ当な段階を踏んで稼いだ金であったなら躍り上がって喜んだことだろう。
反則的な力を持つ女に変身して得たのでは喜べなかった。
(俺は男だ。なのに女の姿の方に養われてたら男の俺は何のためにいるのかわからなくなるじゃないか)
自分自身という女にたかって生活するヒモ男。
なんとも奇妙奇天烈な存在である。
(そんなおかしなものにはなりたくないものだ)
「あまり嬉しそうではありませんね。冒険者というものは堅実に稼ぐよりも一山あててなんぼでしょうに」
表情に出てしまっていたらしい。
(そりゃまあ、苦労しないで得たあぶく銭だからな。正直達成感がない)
1500万。中堅サラリーマンの年収の3倍に匹敵する。
それを半日にも満たない時間で稼がれたのなら一般の労働者は汗水たらして働いた一年間は何だったのかとあまりの格差に不平を唱えたくなるだろう。
(悪銭身に付かずと言うし、前期に変身して稼いだ金は全額募金したんだよな。ボランティア団体の役員の豪邸にスポーツカーが一台増えただけで意味なかったけど)
「ふむ、引け目のようなものを感じますね。どうやら貴女は地道にコツコツと仕事をするのがお好みの人のようだ。レアドロップに戸惑ってらっしゃる。労働と対価が釣り合わないとお思いですか?儲けすぎていると?」
「分不相応な気がします。一流の大学を卒業して一流の企業に就職しても簡単には稼げないお金ですので」
(普通に月給をもらう仕事をしていたら無理だな。そもそも俺中卒だし、普通の仕事に就けるかすら怪しいけど)
「そうですね。これだけの収入を得られる人はいなくはないでしょうがごく希少と言っていいでしょう。しかし、振り返ってもみなさい。死んでも生き返るとはいえ数え切れないほどの恐怖と苦難を乗り越えてようやく得られるお金ですよ。アイテムも大金と引き換えにするだけの値打ちがある。一般の労働者と比べて不平等なんてことはありません。ましてや幸運というものはリスクを冒す覚悟のない人に舞い込みはしないのですから。堂々と胸を張って良いと思いますが」
(イカサマをして舞い込んだ幸運じゃ胸は張れないな。リアルの胸の方が張るばかりだ。クソッ、前に変身した時より重くなってないか。5歳の頃は洗濯板だったのに10歳ごろから大きくなり始めて……)
事務的な付き合いでしかないリチャードに悩みを吐露するわけにもいかず、ミコトはヤマト人特有のお茶濁しスマイルでやり過ごすことにした。
沈黙は金である。
「ああ、もしかして一千万程度は通過点に過ぎないという話ですか。高難易度のダンジョンならばレアドロップに頼らずとも億万長者になるのは夢ではない。冒険者ドリームというものですね」
「まあそんなところです」
適当に話を合わせたミコト。
その時リチャードの眼がすうと細められた。
「いいえ、そちらは嘘でしょう」
「え?」
「貴女からはすぐにでも頂点に到達してやろうとするぎらついた野心を感じません。強者特有の自信と迷いのなさがありません。ヤマトでは謙遜が美徳とされているそうですが、貴女は違いますね。力量はその若さで一級品。ただし心の在り方が荒ぶる力とは正反対に大きくずれている。アンバランスなんですよ。何かを隠しているように見受けられます」
(何かを隠してるって、そんなまさか……)
「私も若い頃は冒険者を志すやんちゃ坊主でした。ところが気概とは裏腹に才能の方はからっきしでして。僅か2年で断念せざるを得ませんでした。しかし夢破れても異世界への探求心、とりわけ色々なアイテムをこの目で見てみたいという欲求は捨てられず。お恥ずかしながら未練がましくも冒険に関われる仕事を選びました。幸いアイテムを鑑定する審美眼には恵まれたようで。あらゆるものを鑑ている内にアイテムだけではなく人にまでも対象が広がったのですよ」
「いっ……!ひっ…………!」
(そんなパパラッチ垂涎のスキルがあるのか!やばい、正体がバレたらこの先恥ずかしくて生きていけないぞ!)
反射的に両手で体を抱き身を守ろうとするミコト。
傍目には悪漢の狼藉に怯える少女そのもの。世の男性陣の大半が庇護欲をそそられるに違いない仕草。
これはリチャードにも効果覿面だった。
刑事が犯罪の容疑者の顔色を探るような表情からうってかわって申し訳なさそうに頭を下げてくる。
「これは失敬。お美しい女性というのは謎めいていて当然。レディの秘密を不躾な視線で覗き見ようなど下衆の勘繰りの中でも考え得る限り最低の所業でしたね。申し訳ありませんでした」
(そうだよ最低だよ!けどレディの秘密とか意味深な表現すんな!)
心の中で盛大な恨み言を吐きながら追及を避けられたことに安堵するミコト。
「溢れたミルクは皿には戻らないもの。到底お許しいただけないのは承知の上ではありますが、せめてもの誠意を示したいと存じます。まずはお詫びの印としてランチかディナーにでもお誘いさせていただきたいのですが」
自分の倍くらいの年齢の男からこれでもかと丁重な態度で出られてはたまったものではない。
ましてや同席しての食事など一人慣れしすぎたミコトにとっては苦痛以外の何ものでもなかった。
「いえ!お詫びなんて結構ですから!お気持ちだけで十分ですから!全然気にしてませんので!」
「ヤマト人は寛容で控えめですね。ですが私にもウィンザ紳士の矜持があります――と言いたいところですが、鑑定士としての矜持は速やかに確実に職責を果たせと強く訴えておりますので、お言葉に甘え仕事に戻るとしましょう。ランチとディナーの件はまたいずれ」
「そうしてもらえると嬉しいです」
(うう……リチャードさんがこんなにも変な人だったとは)
前期の試験後、換金に訪れた時は別の鑑定士が出勤していた。
もしその時もリチャードだったなら、今日ミコトが購買部に来ることはなかったであろう。
「通常のアイテムにつきましては56万2千。レアドロップの方は2030万6千ですね。それだけ高額になりますとご存知かと思いますが現金ですぐに出せるものではないので、取引にワンクッション挟まなくてはなりません。国債や株式といった有価証券の形で報酬をお渡しすることになります。配分はいかがいたしましょう?おすすめはローリスクローリターンの分散投資ですが」
リチャードから国債のパンフレットや投資先のリストを手渡される。
株式の方は会社名の他に簡易化した業績も合わせて掲載されていた。
しばらく民間企業のリストの紙面を眺めていたミコトはさほど迷うこともなく会社名を選択していく。
「全額株式でいいです。銘柄はカマクラ工業とクワナセンゴムラマサ鉄工で」
「株式は配当は大きいですがリスクは高いですよ。どちらも大企業なので可能性はかなり低いと思いますが配当金を受け取る以前に倒産で元本を失う恐れがあります。倒産はなくとも不祥事が起きれば値崩れしますし」
「それでいいんです」
(あっても使わない金だし、きれいさっぱりなくなったらなくなったでせいせいする)
「かしこまりました。通常のアイテム分であればすぐに現金化できますよ。電子マネーにもできます」
「そちらもできるだけ株式に替えておいてください。残った分だけ電子マネーで貰います」
「では三万二千を電子マネーとして送金しておきましょう」
そうして購買部での用件を済ませて学生課に戻れば、事務員が満面の営業スマイルでミコトを待ち構えていた。
「おめでとうございます。撃破数、質共に貴女が今期のトップですよ。学園からの報奨として授業料免除に加え、学生寮のプラチナクラスの部屋の使用料が一年間無料になります。代わりに来年度の新入生の入学式で代表として5分ほど挨拶をしてもらうことになりますが」
至れり尽くせりな内容である。
プラチナクラスの部屋といえばミコトが入居している3畳間とは比べ物にならない快適さだ。
自室であるブロンズクラスは最下級の部屋。個室ではあるものの風呂トイレは共同。フロア男女共同、つまり隣室が異性ということがある。
かたやプラチナクラスはフロアが男女別なのはもちろん、備え付けの家具調度の類いは全て一流ブランドで固められており、ラグジュアリーな居住空間を提供。
2LDKで2階あり、風呂トイレ付きなのは当然。2階のベランダにはプールまで付いた物件だ。
更に24時間対応で夜食を提供するサービスが付属。
掃除、洗濯、アメニティに関することは全て電話一本で快く対応してもらえる。
もし、家賃を支払って住むとしたら年費およそ2400万がかかる。
高級ホテルと言っても過言ではない部屋なのだ。
「授業料免除もプラチナクラスも挨拶も辞退します。二番手の方に譲ってあげてください。人前に出るのが苦手なもので。成績のランキングのところも名前は非公表でお願いします」
多くの学生が羨ましがるであろう待遇をミコトは断った。
(プラチナクラスに入ることがあるとしたらこの力に一切頼らずに――だ)
「ご希望であればそのように申請しておきますが……」
事務員の顔はひたすら困惑していた。
人目を引く華やかな着物を着ていながら人前に出るのが苦手とは矛盾してはいないだろうかという目だった。
ミコトは構わず不要だと念押しして学生課を後にする。
寮には戻らず校門をくぐり、歩道に出ていった。
(変身が解けるまでどこかで時間を潰さないと。この姿で部屋を出入りするところは見られたくない)
「虎鉄、発動中のスキルが解除されるまでの時間はどれくらいだ?」
『……概算にして120時間36分24秒』
(前より長くなってる……。やっぱり……)
「とにかく泊まるところを確保しておかないと。虎鉄、隣町辺りにカプセルホテルかビジネスホテルはないか?無人で精算できるところでだ」
『ヤマト資本のカプセルホテル“ミヤビ”が該当。アールズ鉄道ラクエリ駅より乗車し、コリノドラ駅にて下車。徒歩3分の地点に有り』
「そこでいい。6日分の予約をしておいてくれ。ナビも頼む」
『諒解』
羽々斬を召喚すればひとっ飛びだが、あれは武器なので銃刀法はおろか、破防法にも引っかかる。
地上にいるときに警官から職務質問をされたら一発アウトだし、空を飛んでいるところを目撃されて通報されでもしたら戦闘機がスクランブルしてくるなんてこともあり得る。
指定された場所以外ではアイテムボックスに武器を保管しなくてはならないのは冒険者にとって常識以前の事柄。
自動車の運転免許も持たない未成年とあっては公共交通機関で移動するのは必然だった。
その自動車を追い抜く速度で走ってもいいが、ミコトは街の都市伝説を一つ増やす役目を担いたいとは思っていない。
駅に到着したミコトは道行く人の注目を少なからず集めつつ、バスターミナル前のカフェで軽い昼食をとった。
チーズとレタスとトマトのサンドイッチを紅茶で流し込み、腹ごしらえを済ませると駅の構内へ。
電車に揺られること10分。
学園周辺は郊外で、一般の住宅や畑が景色の大半を占めていたが、徐々に都会の街並みへと変化してゆく。
目的地のコリノドラ駅周辺はビジネス街と繁華街が混じり合う雑多な街だった。
ナビに従って歩き、ホテルに着いたら無人の精算機から306と部屋番号が記されたカードキーを受け取る。
エレベーターに乗って寮の自室とどっこいな狭さの部屋に入ると、ミコトは腕のエクスデバイスを外して卓上に放り投げ、ベッドにダイブした。
「………………」
しばらく枕に顔を埋め、沈黙する。
そして3分後。
堰を切ったように奇声を上げ、手足をばたつかせながら悶絶し始めた。
「ウワアアアアアアッ!!!!あああああ!!!!何やってんだ俺は!何が弾幕余計でしたか?(ドヤァ)だよ!何が私が片付けておきましょうか?(ドヤドヤァ)だよ!恥ずかし恥ずかし恥ずかしハズカシィーーーー!!!!」
部屋が防音なのをいいことに遠慮なく羞恥の苦悶を上げるミコト。
ようやく彼、……彼女は己の心魂にわだかまる淀みを解放することができたのだった。
「あああああああああっ!ふわああああんんん!」
ミコトは鋼鉄姫の力が好きではない。
あれは努力という尊い言葉を徹底的に凌辱する傲岸にして不遜なる暴力だ。
どんな偉大な冒険者も一から初まり、長い艱難辛苦の積み重ねの果てに百へと至る。
なのにあの力は最初から千か万だ。
桁が違いすぎる。
凡人はおろか天才という人種までも足蹴にして嘲笑う怪物だ。
それ故積極的に頼ろうという気にはなれなかった。
本来の自分の弱さを知っていたから。
努力の価値を素晴らしいと認めていたから。
弱くてもいい。弱かったという過去があったからこそ夢というものの価値が光り輝くのだと信じている。
だからもし、何の苦労もなく得た人外魔境の力を振りかざして、富だけではなく、あまつさえ社会の成功者として脚光を浴びようとする者がいたならそいつは度しがたい卑怯者なのだ。
落第逃れのために鋼鉄姫と罷り成るのは己に課した誓いに唾を吐いて貶める最低の行いだった。
あろうことか力に酔いしれ、その場にいた同期生達に能力差の隔絶を見せつけるかのような振舞いをした。
弱者の分際でありながら他人を見下す傲慢に満ち充ちている。
断じて許すべからざる恥ずべき行為の数々を思い出し、恥辱に悶えた。
「あああああっ……」
たっぷりと1時間はそうしていただろうか。
ミコトは熱に浮かされたような顔でもそりと身を起こす。
サイドテーブルに備え付けられた鏡にミコトの顔が映った。
儚げな色気を帯びたヤマト美少女の姿が嫌でも目に入り、ナルシストでもあるまいに見惚れつつ、そんな自分に嫌悪を覚えながらベッドに腰かけて項垂れた。
「暇だしどこかに出掛けよう。来る途中にネカフェがあったな。漫画でも読むか」
ヤマトの漫画は遠く離れたこの地でも根強い人気がある。
どこのネットカフェに行ってもメジャーなものは大抵揃っているだろう。
学園に入学してから小遣いは専ら装備の新調やメンテナンスの代金に消えていたので娯楽目的に使うのは久しぶりだった。
ホテルを出て目的の店に入り、手続きをする。
(ヤマトで普通の高校に進学していたら今頃どうしているだろうか?ボッチには違いないとしてもこのなりで女子高生させられてただろうな……。家業のために。変身のコントロールなんて出来ない方が親にとっては好都合。衝動に任せてどんどん変身しなさいって感じだったし。だから昔はスキルに振り回されてひどいもんだったな)
中学小学生時代スキルの制御ができなくて学校でうっかり変身してしまったことを思い出す。
(その都度幽霊騒ぎになったんだよな。桜吹雪の着物を着た女の子がいるって。いつも幼馴染みのユヅキがかくまってくれて変身解けるまで一緒に授業サボってくれたっけ)
「では47番シートをご利用ください。ごゆっくりー」
つらつらと思い出にひたっていたらネットカフェの店員に見送られていた。
(故郷のことは忘れて今は時間を潰そう。変身が解けたら次の試験はこの力に頼らなくても済むように頑張ろう)
大量の漫画を両手に抱えて意気込むミコト。
その姿がやや説得力に欠けているのは否めなかった。
(そうだ、ジュースでも飲もうっと)
個室のデスクに漫画を預けてドリンクバーの前に移動すると先客がいた。
(すごい美人だ)
レディースのビジネススーツを着たOL風の女性だ。
身長は自分とさほどかわりなく、均整のとれたスレンダーな体型をしている。タイトスカートから伸びる脚線美は少女となったミコトですらもつい目を奪われるものがあった。
年齢は二十代前半か。
肩口まで切り揃えられた金髪が薄暗い照明の中でも太陽のように光り輝いて美しい。
瞳の色は透き通るような明るいサファイアブルー。
色素の薄い肌。
リチャードのような北方人種にみられる身体的特徴である。
目鼻立ちがくっきりしているのもそうで、ヤマト人にはどこか近よりがたいところがあるのだが、この人の場合は親しみの持てる柔らかさが共存していた。
(ハーフかな?)
「ふん♪ふふーん♪」
鼻歌を歌いながら紙コップにあらゆる炭酸飲料、果汁飲料をブレンドして注いでいる。
子供時代に誰もが試してきたであろうソフトドリンクカクテルだ。
様々な色素が混ざり合い過ぎていて液は濁ったどどめ色と化しており、胸焼けがするほど甘くなっているのは容易に想像がついた。
かなりお子さま舌であるらしい。
「待たせてごめんな、わっ!すっごい可愛い子!」
本日何度目になるのか数えるのも馬鹿馬鹿しい驚愕の表情。
ミコトは会釈しておずおずと手を伸ばし紙コップを取った。
リンゴジュースのボタンを押して注ぐ。
「ねえねえ、キミってコスプレイヤーさん?」
「へ?」
金髪美人がシートに戻らず話しかけてくる。
それこそ近寄りがたい美貌をしているミコトに声をかけられる胆力は大したものだ。
「違います」
答えると、「その顔だったらすぐにブレイクして有名になってそうだし、どこかの地下アイドルとか?」と言う。
「それも違います」
「うっそ、その格好で芸能関係ですらないわけ?」
「はい」
「じゃあ趣味で着てるの?それ。いやいや、別に貶すわけじゃなくてね。キミにはこれ以上ないくらい似合ってるからいいと思うんだけど。あたしの目の保養にもなってるし」
「趣味というか、これは仕事着のようなものです一応」
「謎が謎を呼ぶわね。うーん、この着物の仕立ての良さは一点ものよね。水商売じゃあり得ないわ。ヒントプリーズ」
そう言われても素直に答えるのはいかがなものかと思った。
「あの、初対面ですよね。どうしてこんな会話をしてるんでしょう」
至極もっともな疑問だった。
これにOL風の女性はあっけらかんとした表情で即答する。
「あんまりに可愛い子だからナンパしちゃった」
予想以上に単純な理由に眩暈を覚えたミコトだった。
過去男からナンパされたことがないわけでもないが、恋愛対象に不自由してなさそうな美女からお声がかかるとは。
「ナンパ禁止ってここの利用規約に書いてあったと思いますけど」
「そっか、じゃあ他のところで再会したらまたおねーさんとお話しようね。バーイ」
ナンパにしてはあっさりと諦めた。自由奔放なタイプかと思いきやルールは守るタイプであるらしい。
悪びれた様子はなく軽いノリでヒラヒラと手を振って去っていく。
(美人だけどちょっと変わったお姉さんだったな。まあいいや、俺もブレンドジュースしよっかな。オレンジとグレープで♪)
二つ目の紙コップを手に取り、今度は2種類のジュースを注ぐ。
ミコトも案外お子さま舌なのだった。




