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27話 望み

「や、ミカゲちゃんしばらくぶり♪」


 休日の繁華街。

 ソフィアと遭遇する確率はゼロではないと思っていた。

 ゼロどころかミコトは若い女性が立ち寄る場所ばかりを積極的に巡っている。

 むしろ出会う可能性を自ら上昇させていると言ってよかった。


「あ……こんにちは」


(ソフィアさんだ。どうしよう)


 挨拶をしたものの、それからどうしていいかわからない。

 一瞬逃げるという選択肢が頭をよぎる。

 しかし寸前で踏みとどまった。

 店内で万引きと誤解されそうな行動は慎むべきである。


「その制服、クラシックな感じでよく似合っているわね。あたしが中学と高校の頃着てたのってブレザーだったからさ、セーラー服ってちょっと憧れてたのよねー」

「はあ」

「やっぱり叔父さんの推理が正解だったのかな。普段は普通の学校に通っていて、試験の時だけ出席する冒険者。ズバリ、ミカゲちゃんこそが噂の鋼鉄姫だったのよ」

「そうなんですか」


 ぞんざいに相槌を打たれていてもソフィアに気を悪くした様子はない。

 余程ミコトに会いたかったのか、高いテンションを維持したまま話題を振ってくる。


「ねえ、見ればわかること訊くけどミカゲちゃん今お買い物中?」


 イエスと答えたらどうなるのだろう。

 その場合の展開はある程度予測できていた。

 ソフィアはデートをするのが好きなのだ。


「そうですけど」

「今誰かと一緒に来てる?この後時間空いてる?」


 それらの質問の時点で確定的だった。

(これ確実に誘われるやつだ)


「いえ。空いていると言えば空いてますけど」


 うまく断れる適当な方便を思いつかず、正直に答えてしまう。


「運が向いてきたわね。それならおねーさんと一緒に買い物しない?」


 見事に予想通りの流れとなった。

 ソフィアといること自体は別に苦痛ではない。

 セクハラ発言さえ飛び出してこなければ人として好ましいとさえ思っている。

 けれど秘密は守り通したい。


 あまり邪険にしない範囲で応じてみる。


「何もお構いできませんけど?」

「いいのよ、気にしないで。可愛い子と一緒にいられるだけであたしにはご褒美だから」


(それは得な性分だな)

 そう思ったが口には出さなかった。


「そうそう、ミカゲちゃんこれを期にあたしとお友達にならない?連絡先を交換しましょうよ」


 ぐいぐいとミコトの懐まで踏み込んでくる。

 流石元リア充女子大生、流石元エリート営業ウーマン。

 ミコトにできない逆ナン(?)を平然とやってくる。


 既に交換していますよ――とは言えなかった。


「それはまた次出会えた時に」


 男に戻っている時、さらにソフィアと一緒にいない時まで鋼鉄姫との二重生活を強いられるのはご免こうむりたい。

 遠回しな拒絶の言葉をやんわりと言い放つ。


「ナチュラルボーンミステリアス美少女のミカゲちゃんが言うと、さしずめおとぎ話で本命じゃない王子様をあしらうお姫様のセリフみたいに聞こえるわね。ってそれ脈無しじゃない。ミカゲちゃーん、つれないこと言わないでリンクスのIDだけでも交換しましょうよ」

「無理強いするなら帰ります」

「ヘッヘッヘー、あたしは腕利きのスカウトよ。逃げ切れるとは思わないことね。トイレからベッドの中まで追いかけてやるわ」


(それは冗談だよな……?)


「山姥ですかあなたは。垂直跳びでビルの屋上まで跳んで、ビルからビルを渡りながら逃げます」

「ちょっ、それはずるっこよ!チートよ!ミカゲちゃんにはフェアプレーの精神がないの!?あと山姥じゃなくてもっとお肌がピチピチしてそうなモイスチャー妖怪で例えて頂戴」

「フェアプレーを要求するお肌ピチピチ妖怪って何者ですか……」


 連絡先の交換は諦めてくれたが、美肌妖怪ソフィアの同行を許可することになった。

 そして二人で買い物をして回り、日が傾き始めた頃。


「ミカゲちゃん初対面の時ゴージャスなの着てたからオシャレ好きなのかなって想像してたんだけど、服も下着も大人しめのを選ぶのね。学校でボーイッシュなファッションが流行ってるの?」

「えっと、まあ」


 ソフィアはランジェリーショップまでしっかりついてきた。


(うう……どんな下着を買うかまでバッチリ見られた。ますます正体を知られたくなくなったぞ)


 とりあえずコインランドリーで洗濯して着回せる分の着替えは確保した。

 後はスキルが解除されるまでの間ホテル生活を続けなくてはならない。


 (明日の朝男に戻れなかったらソフィアさんに休む旨も伝えないと。気が重い……)


「名残惜しいけど、今日はこの辺でお別れね。門限は大丈夫?」

「はい。ソフィアさん、少し訊いてもいいですか?」

「何?」

「本当についてきただけでしたけど良かったんですか?冒険者学園に入学したばかりなんですよね、忙しいのでは?」


 ミコトはソフィアが決して才能に驕ることのない努力家だと知っている。

 より若くて、よりキャリアが長いだけの冒険者などさっさと抜き去って行ってしまうだろう。

 互いに休日と決めたこの日もきっと、最強とやらを目指すために研鑽を積んでいるはずだったのだ。

 ところが自分は彼女自身が望んだこととはいえ無為に時間を浪費させてしまった。

 生まれ持った力も御せず、こうして相棒の足を引っ張っている。


「バトル漫画の修行マニア主人公じゃないからね、あたし」

「はい?バトル漫画の修行マニア主人公……?」


 まったく想定していない言葉が出てきて、おうむ返しに聞き返した。


「そうよ。プロ冒険者になるために特訓したり、仲間と一緒に戦う毎日は充実しているわ。けどそれはあくまで目的のための前提。過程を蔑ろにする気はないけど、求めた結果の成就こそが最も重要よ」

「目的……ですか」

「一流のスポーツ選手や冒険者なんかがさ、よく人生は一生勉強だ、現状に満足するな、老いても努力し続けろみたいな名言だか、金言だかを残してるじゃない」

「そうですね、人によって言い回しに差はあれどニュアンスは大体同じですよね。ああ、修行マニアってそういう人のことですか」


 正解――とソフィアは頷く。


「その人達はいったいいつになったら満足するの?寿命でポックリ逝くまでずっと仕事への不安や力への渇望に苛まされながら不満足のまま生き続けないといけないの?」

「…………」

「あたしはそこまでストイックにはなれないわ。ゴールのないマラソンなんて疲れちゃうだけよ。努力をやめて停滞するのは罪悪?大いに結構よ。手段と目的が逆転した人生なんてどれだけ楽しく感じたって結局は本末転倒だわ。あたしは好きな時に立ち止まって目に映る景色を心ゆくまで楽しみたい。立ち止まっているその時その時があたしのゴールなの」

「ゴール……」

「でも世間って、政治だの会社だの競争社会の都合で早足だから、なかなかのんびりとはさせてくれないのよね。怠惰にスローライフを送りたいって人にとっても厳しい。そういうわがままを押し通したかったら若い内に最強にでもならないと不可能だわ。競争社会の中で天辺をとるんじゃない、競争社会そのものを制する存在となるのよ」


 それはただレベルが高いというだけでは到ることのできない境地だろう。

 あらゆるモンスターに対して敵なしのミコトとて世間のしがらみに囚われているのだから。

 ミコトが冒険者学園に入学したのは一種の"逃避"であった。

 その後ろ暗い事実を覆い隠すために、漫然と冒険者として成功する夢に縋った。


「ゴールでのんびりするために戦ってるんですか?」


 ミコトの問いにソフィアは軽快にウインクしてこう言った。


「ゴールで"あたしが素敵だって思う人"とのんびりするために戦っているの。で、ちょうど今がその時なのよ」


 無為な時間ではない。

 人生の本懐を叶えている真っ最中なのだとソフィアは晴れやかな笑みで語る。


「何だか柄にもなく理想ばかりくっちゃべっちゃったわね。恥ずかしい戯れ言だから忘れて頂戴。それじゃまた会いましょう」


 本人はそう言ったがミコトは忘れることができなかった。


(私は目先の問題を解決するのに必死で、レベルを上げた先の夢なんて考えてなかった。私の本当の望みは何なのだろう)


 ミコトはソフィアと別れてからも悶々と悩み続けた。

 風呂に入っても、ベッドの上で考えても悩みが整理されることはなく。

 いつしか深い眠りに落ちていた。


 そして翌朝。

 目を覚ますと変身が解けているのに気づいた。

 ちなみにそうなる事態を踏まえて裸で就寝することにしている。


「よかった、戻ってる。スキルの暴走もこれきりだとありがたいけど」


 前日、ソフィアと別れた後に購入しておいた男ものの服を着る。

 ホテルをチェックアウトすると、学園に戻るべく駅の方角へ歩き出した。















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