24話 シノギ
この日、デサンタ上院議員の次男、フィリップ・デサンタは年末ならではの上流階級が集う社交界のことごとくを欠席し、"えんじや"を訪れていた。
連れは仲間のルイス・クロルキサゾンだけだ。
フィリップのパーティーメンバーは計5名。現在残りの3名は帰省のため不在である。
「フィリップ、狩猟大樹海は5人揃ってならまだしも、2人では荷が重い。ワンランク落としてはどうだい?」
"えんじや"は3箇所のダンジョンを保有している。
大樹海を除くと、それぞれレベル39とレベル42だ。
フィリップのレベルは55。ルイスのレベルは50。
十代半ばとしては突出したレベルではあるものの、大樹海に挑むには目安とはいえ少々数字が足りない。
本来のパーティーメンバーが揃えばこそ、格上のダンジョンにも挑めるというものだ。
フィリップは友の助言に耳を貸さなかった。
「駄目だ。僕たちは頂点に君臨していなければならない。その座をどこの馬の骨とも知れない女に奪われたままにしておけるかよ」
歯ぎしりをして言った彼の目は激情に血走っていた。
頑として譲らないフィリップにルイスは諦観の面持ちで従う。
(これまでが順調だったからな。一度限界を味わってみなければフィリップは冷静にならないだろう)
――百年に一人の天才。
学園の教師陣はフィリップをそう評価する。
それは掛け値なしの事実だ。同年齢でレベル50を超えた冒険者など彼の身内を除いて他に存在しない。
しかし、なまじ優秀すぎたがために挫折を知らず、元から気位の高い性格もあってか増長してしまった。
越えるべき目標に向けて努力するのはいい。
ただ、そこに焦りは禁物なのだとルイスは伝えたいと思っている。
「わかった、行こう。ただし、防衛を最優先に。いつでも帰還できるよう、進むのは最低限で頼みたい。損失覚悟でデバイスの性能を惜しみなく使って欲しい」
でなければついていかない――と言外に匂わされ、フィリップは「それでいい」と答えた。
さしもの彼も一人で戦うのは自殺行為だと心得ている。
不満げな表情は隠さなかったが、妥協したようだった。
2人は受付を終え、狩猟大樹海へと突入する。
アマチュアライセンスの彼らが受付を通過できたのは過去に利用実績があり、死者ゼロで帰還していたからだ。
2人とも装備の質が良い上、オリジナルデバイスを装着しているという理由もある。
間違っても、何の防御性能も持たないセーラー服にコピーデバイスというふざけた出で立ちをしてはいない。
フィリップとルイスは横並びの隊列で敵襲を待つ。
彼らに敵の気配を察知するスカウト技能はない。
エクスデバイスのエネミーソナーが頼りだ。
アプリの起動中常時生体エネルギーを消費するものの、クリムゾンプレデターを一体でも狩れば丸一日起動していても余るほどお釣りが出るので問題はない。
「"アウトロウ"の使用はためらわないでくれよ。効率よりも生き延びることが先決だ」
「しつこいぞルイス。何度同じことを言うつもりだ」
慎重なルイスにフィリップが刺々しく声を荒げる。
ルイスはディフェンダーの上位クラス、ロイヤルガード。
メンバーの守りを担う立場であるとの責任感が彼を慎重にさせているのだろう。
常ならばフィリップに友の役割を尊重するだけの意識はあったはずだが、内に燻る焦りが相手に配慮する余裕を失わせていた。
『マスター、クリムゾンプレデター1体の接近を感知したわ。12時方角距離85』
ルイスのエクスデバイスから音声が発せられる。
「来たか」
フィリップが腰に帯びている双刀の柄に手を伸ばす。
流麗な彫金が施された、それ自体が芸術品のように美しいサーベルだ。
白金に輝く刃の切っ先を敵の潜む木々の合間へ向ける。
クリムゾンプレデターは攻撃力と素早さに特化したモンスターだ。
とりわけ素早さには特筆すべきものがあり、瞬間的な最高時速は300kmに達する。
地上最速の動物、チーターの3倍だ。
特化した能力を持つ代わり、欠点もある。
あくまで他の高レベルモンスターと比較しての話であるが、耐久力と持久力は低めである。
それが巧みに位置を変えながら、2人の死角を脅かす。
ほんの刹那の気の緩みも見逃さんとして。
「……!」
背後を取れる。
そう確信した瞬間、クリムゾンプレデターが手首のブレードを構え忍び寄る。
「シャッ!!」
無防備な背中をさらすフィリップの心臓を抉らんと腕を突き出した。
――だが、
「馬鹿正直に正面から来ないのは読めている。イージス! 光り輝く盾の加護を」
『Aigis:コード受領』
ルイスのカイトシールドが爪の刃を受け止める。
跳び退ろうとしたクリムゾンプレデターだったが、身体中を凄まじい振動が伝播して動くことができなかった。
手足が痺れ、その場に膝をつく。
ルイスは防御特化の冒険者。
敵の攻撃を受け止めた事実は驚くに値しない。
奇妙なのは先刻の接触によってモンスターの方がダメージを受けたことであろう。
明らかに防御の枠を逸脱している。
――アウトロウ。
オリジナルデバイスには一機に一つ、超常の力が備わっている。
膨大な生体エネルギー保有領域、無限に等しいアイテム格納機能。
それらはデバイスの性能を語る上では二の次三の次とみなしてよい。
アウトロウこそがオリジナルデバイスの真骨頂であり、その能力の強弱次第で大幅に価値が左右されるのだ。
ルイスの所有するオリジナルデバイス、"イージス"のアウトロウはユーザーの防御及び回避スキルのスキルレベルを約5秒間劇的に上昇させるというもの。
彼が使用していたのはインデュアランスという魔力によって体幹を強化するディフェンダーの基本スキル。
これがアウトロウによってスキルレベルが上昇した結果、敵からの運動エネルギーを相殺するという本来の能力から逸脱し、エネルギーを受け流し、練り上げ、反射するという人間離れした芸当へと進化したのである。
アウトロウはユーザー自身の限界を越えた凄まじい力を与える反面、デメリットも大きい。
能力の種類にもよるが、使用時にコストとして大量の生体エネルギーを要求する。
ものによってはアウトロウ1回の行使につき、レベルが一つ減少するオリジナルデバイスさえ存在する。
切り札として運用すべき機能であり、使いどころを正しく見極めなくては危機に陥るどころかより甚大な損失さえ招く諸刃の剣だ。
ルイスはアウトロウの発動時間をごく短時間に留め、生体エネルギーの消費量を長期戦に耐えうるよう最小限に抑えている。
「フッ、無様なモンスターだな」
フィリップはあえて隙を見せることでクリムゾンプレデターの攻撃を誘っていた。
友の作り出したチャンスを逃さず、首と胴を薙ぐ。
モンスターの首はいとも容易く刎ね飛ばされ、胴は下半身との繋がりを断たれ、力なく地面へと落下する。
華麗な太刀筋からフィリップの剣の才能が並外れているのは素人目にも理解できる。
その前提を踏まえたとしても、剣で皮肉どころか骨までもを断つなど……
「僕の魔具"閃光"の前ではどんなモンスターであろうと紙細工同然だ」
尋常ならざる切れ味の正体は魔具であったが故のようだ。
耳を澄ませば、刀身から大気を震わせる甲高い音が響いているのが聴きとれる。
刃に超高速の振動を与えることによって切れ味を増す。
すなわち高周波ブレード。
それがグリントの力というわけか。
「以前戦った時よりまるで歯ごたえを感じないな。レベルが上がったおかげか?先に進むぞルイス」
「フィリップ、どれだけレベルが上がろうと今日の俺たちは2人きりだ。それを忘れないでくれ」
緊張の面持ちを崩さないルイスにフィリップは退屈そうにしながら「フン」と鼻を鳴らした。
「何匹来ようと一緒だ。まだ誰にも狩られていないようなら奥のフロアボスに挑むのも悪くないな」
出発前にした約束など知ったことかと大股に歩みを進める。
ルイスは拭いようのない不安を感じながらフィリップの後を追い、しばらくの間襲い来るクリムゾンプレデターを撃退した。
人数が人数であるせいか、予想以上に2人の魔力消費は早く。
帰還しようとした時には取り返しのつかない事態となっていた。
◇◇◇
アーサーの武器は60口径を優に超す巨大なリボルバーだった。
無論、銃器の使用はダンジョン屋のダンジョンであっても固く禁じられている。
所持しているだけで違法だ。
ここでいう銃器の定義とは、火薬、ガス、電気を用いて弾体を射出する武器を指す。
一般的な銃以外の銃。ガスガンやコイルガンでさえアウト。
要するに発射に必要なエネルギーを人力以外から賄ってはならないというわけだ。
そう認識していただければよい。
アーサーのリボルバーは前述の定義に抵触していない。
リボルバーとは似て非なる武器なのだ。
他の一般人が何度引き金に指をかけたところで弾丸が発射されることはない。
では何だというのか?
魔具だ。
そのカラクリは空気中の水蒸気を集め、水素に分解してシリンダー(弾倉)内部に取り込み、火炎魔法によって着火させ生じた圧力差によって弾丸を撃ち出すというものである。(発射時、シリンダーは使用者の風魔法によって気密性が保たれる。並行してリボルバーの構造上の欠陥であるガス漏れによるエネルギーロスも抑えてくれている)
つまりリボルバーの見た目をしていながらも原理はガスガンなのである。
水素の調達を使用者の魔法と魔力によって行われているので違法にはならない。
弾丸についてはシリンダーが薬莢の代わりを果たしているため、弾丸は弾頭のみという非常に原始的な代物になっている。
その仕組みついては火薬を詰めて弾を込めるだけのマスケット銃が近いだろうか。
滅茶苦茶な兵器構想である。
"ロデオアディクション"と銘が打たれたアーサーの偽リボルバーは、火力で科学技術の粋を結集した銃を圧倒的に凌ぐが、重量、反動、要求魔法知識、魔法演算能力、魔力量。あらゆる面で使用者に多大な負担を求める。
されど暴れ馬を乗りこなしてこそ真の男というもの。
クリムゾンプレデターを相手に片手撃ちで必中の域に達するまでに御しきっている。
同レベル帯の冒険者に決してひけはとらないし、例え一般人を連れていようと守り切れるだけの自信があった。
――だが。
アーサーは、火炎車のごとく薙刀を振り回しクリムゾンプレデターを蹴散らすミコトに内心で舌を巻いていた。
最初から援護など不要だったのではないかと。
「まるで竜巻だな。なんてお嬢さんだ。メアリより年下でこれ程とは」
当初アーサーは二丁ともミコトの援護に回していた。
ところが戦いを始めてから一時間後。
今や一丁で十分となっている。
アーサーのオリジナルデバイス、"アルテミス"のアウトロウの出番すらない。
「弾薬は節約するに越したことはない。それはありがたいんだが……男としては複雑な気分にさせてくれるな。忸怩たる思いだ」
庇護欲をそそる可憐な外見をしておきながら、化け物じみた強さは反則ではないか。
アーサーはそんなことを呟きながら引き金に指をかける。
魔力親和性の高いミスリル鋼の撃鉄がシリンダー内の基底に接着された魔力結晶を打ち、発動待機中の火炎魔法を発動させた。
Blam! Blam! Blam!
ミコトから遠い位置にいる、3体のクリムゾンプレデターの頭部を銃声が同時に聴こえるほどの早業で撃ち抜く。
これも弾薬と魔力の無駄遣いかもしれない。
たまに自分に向かってくる個体を射殺する。
そちらに注力する方がまだ有益な弾の使い道だとさえ感じた。
気配探知の感知圏内にいるクリムゾンプレデターを全滅させた後、ドロップアイテムを回収したミコトとアーサーはそろそろ引き上げようかと話し合い、合意に至る。
そして、ゲートへの道中でアーサーが交戦中のパーティーの気配を掴んだ。
「お嬢さん、付近に戦闘の真っ最中のパーティーがいるようだ。巻き添えを食わないように注意しよう」
「はい」
頷き合って様子見のため接近する。
直に戦闘の光景を視界に収めてミコトが感想を呟いた。
「戦況は芳しくないようですね」
「そのようだな」
ミコトにとって見覚えのある少年が2人戦っている。
その2人を相手に10体ものクリムゾンプレデターが四方八方から攻め込んでいた。
しかもモンスターは上位種のようだ。
通常種より一回り体が大きく、片腕にしかなかった爪のブレードが両腕に生えている。
凶器が一本増えているなどは序の口で、この上位種は魔法を使った。
ほんの一瞬だが、体を半透明に変化させる彼ら固有の魔法を用いて幻惑し、防御への反応を鈍らせている。
「クソッ!こんな雑魚共に!」
辛うじて攻撃を避けているものの、致命傷をもらうのは時間の問題だと、誰の目にも明らかな状況だった。
「ぐはっ!」
「ルイス!」
ルイスが凶刃に深々と心臓を貫かれ、即死する。
ディフェンダー専用の堅牢な防御力を誇る鎧と言えど、繋ぎ目から刃を差し込まれては意味がなかった。
死体は瞬く間に姿を消す。
ダンジョンの外へと吐き出されたのだ。
「おのれ!よくもルイスを!貴様ら許さんぞ!」
怒りに震えるものの、連戦で消耗を重ねた四肢は思うように動かない。
苦し紛れに放つ剣はクリムゾンプレデターにかすりもしなかった。
「シャアッ!」
剣術のけの字も知らないトカゲ人間からお手本のようにあしらわれ、逆に斬撃を浴びせられてしまう。
傷は浅く戦闘不能になるほどではない。
簡単に死なせないようわざと致命傷を避けたのだ。
それは猫が捕らえた獲物を食べずに好奇心のおもむくままいたぶる習性とよく似ていた。
最初に襲い掛かってきた一体を含む通常種はフィリップとルイスの戦術を暴き、実力を測るための囮だったのだ。
2人はまんまとその思惑に嵌ってしまった。
「ずあっ!このっ爬虫類風情が調子に乗るなああああ!!!!」
華麗さの欠片も無くした力任せの一撃は虚しく空をきる。
派手に体勢を崩してたたらを踏むフィリップをクリムゾンプレデターの群れはせせら笑う。
様子を見ていたミコトたちは互いに視線を交わし合った。
「どうする?」
「助けましょう」
「ああ、あの体たらくでモンスターを横取りされたとは言わんだろう。それに、そうしないとオレたちが帰れないしな」
アーサーはこの状況なら援護の意味があると胸を撫で下ろした。
彼が銃口を敵に向けると同時、ミコトは内燃機関の推進剤を交換し、薙刀を八相に構え、争いの渦中へと身を投じる。
「な……!?」
推進剤と人間離れした膂力により、音速を超えて加速された薙刀が火の粉を撒き散らしながら一刀の元に群れを切り捨てる。
フィリップは突如として現れたセーラー服の少女の美しさに息を飲み、棒立ちになった。
一方モンスターの側はといえば、最早獲物をいたぶっている場合ではないと判断したのだろう。
ミコトの刃圏の外にいて死を免れたクリムゾンプレデターが、完全に無防備となって醜態をさらしているフィリップを刺し殺そうとする。
だが、ブレードの尖端は肉の手応えを伝えることはなかった。
フィリップの体は攻撃を受ける寸前ミコトに抱きかかえられ、難を逃れている。
「ジャックポット」
Blam!
フィリップに止めを刺そうとしたクリムゾンプレデターはアーサーによって額を撃ち抜かれ死亡する。
そして、残ったモンスターは全て銃弾の餌食となった。
「大きな怪我とかはないですか?」
ミコトは抱きかかえたフィリップにそう問いかける。
「あ……」
フィリップに咄嗟に返事を返す余裕はなかった。
目まぐるしく変化した視界に戸惑い、見ているモノが何なのか脳に浸透させてゆくのに時間をかけている様子だった。
その内自身の置かれている状況を把握していき、自分より体格の劣る少女に、いわゆるお姫様抱っこというものをされていることに気づく。
一瞬、女の子の柔らかさと蠱惑的な香りに身を委ねそうになる。
しかし直後、本来の尊大な自尊心を取り戻したフィリップは己を強く恥じる。
フィリップの頭にカッと血が昇った。
「何をする!下ろせこの女!」
フィリップは怒りに顔を歪めながらミコトの腕と胸の間で手足をばたつかせて暴れた。




