23話 MAX ACT
お待たせいたしました。
毎度遅くなり申し訳ございません。
ダンジョン屋。
それは私有地に存在するダンジョンを管理運営する民間の営利法人である。
特定古物商許可、鑑定士を含めたダンジョン運営資格を持つ代表取締役が一名。
蘇生魔法を習得した医師免許を持つ人間が一名。
いずれの資格も持ち合わせるのであればたった一名で行政から営業許可が降りる。
武器を買い込んだミコトが訪れたのはハルモニアから徒歩10分のところにあるダンジョン屋だった。
屋号は"えんじや"。
白亜の豪邸で、個人経営の病院と見紛う外観である。
というか元は病院だったのかもしれない。
医者がダンジョン屋の経営を始めるというのは、なくはない話なのだ。
ダンジョンの産出物次第ではドロップアイテムの買取りマージンを低く抑えていても本業を凌ぐほどに儲かる可能性がある。
ミコトが選んだダンジョン屋はモンスターこそ非常に手強いがドロップアイテムが美味しいことで評判だった。
「駄目や。嬢ちゃん一人では行かせられん。どうしても銭が欲しいっちゅうんなら別の仕事を紹介するで。嬢ちゃんごっつベッピンやさかい、臨時のバイトってことで高給で雇ったるからそっちにしい」
幸先悪くミコトはダンジョンへの入場を拒否されていた。
相手は豹柄のジャケットとパンツというド派手なファッションをしたヤマト人の女性だ。
年齢は三十代前半か。長身痩躯でモデルでも通用するだろう。
出鼻を挫かれはしたもののミコトは食い下がる。
「免許はアマチュアですけど、私にはフロアボス討伐実績があります。レベル60までのダンジョンなら攻略しても問題ないはずですが」
「お上の許可なんて知ったことやない。うちが嬢ちゃんを行かせたくないんや。そらうちは医者やからね、どないなケガしたって跡も残さんと治したる。けど嬢ちゃんは別。その玉のお肌に傷一つつくとこすら見たくないわ」
行政が運営するダンジョンであれば通らない理屈だが、ダンジョン屋はあくまで民間だ。
客が店を選ぶ権利があるように、店にも客を選ぶ権利がある。
「ここの二階にうちのオトンとオカンが経営しとるバーがあるんや。そこでダンジョンから帰ってきたお客さんにお酒とつまみ出して、ちびっと話し相手になるだけで時給30、いや50万出したるわ。もちろんニコニコ現金払いや。どや、ええ話やろ?」
水商売の報酬としては破格の金額だ。
高レベルの冒険者は金銭感覚が破綻した者が多い。
ダンジョン屋の主人はミコトの美貌ならば迷わず大金を落としていくだろうと判断した。
ミコトの指名料で冒険者からダンジョンで稼いだ金を巻き上げる腹づもりである。
もちろんミコトに怪我をして欲しくないというのも本音だが。
「そういうのはちょっと……」
「別に裏なんかあらへんよ。なんやったら嬢ちゃんの欲しい額、指立ててくれてもええんやで」
「お金の問題じゃないんです」
「うちの店でおいたする客はおらへんよ。おったとしてもオトンとオカンはレベル85の元冒険者やさかい、誰が来たかて一睨みするだけでおしっこちびって逃げ出すから安心してーな」
女の子として身の心配をされていることにミコトは苦笑いしながら、
「私接客が大の苦手なんで、ダンジョンの方がいいんです」
理由を話した。
ソフィアと組んで以来、人とのコミュニケーションに対する苦手意識はだいぶ薄れたが、それでも積極的にやりたい仕事ではない。
男性客を相手にコンパニオンとしての役割を求められるなら尚更遠慮したいところである。
「男よりモンスターの方がええんか?どんだけバトルジャンキーやねん。キララザカのお嬢様いうたら箱入り娘ばかりやと思っとったけど、案外変わり者なんやねえ。やっぱ何事も色眼鏡で見るのはあかんわな」
カラカラと笑う女。
ミコトの制服がどこのものか知っているようだ。
「じゃあダンジョンに入ってもいいですよね」
「一人は駄目やと言うとるやろ。適正レベルのプロと一緒ならええけどな」
アマチュア冒険者が今から高レベルのダンジョンに随行してくれるプロ冒険者を探す。
無理難題を押し付けられたものだ。
バーでの接客より難易度が高いのではなかろうか。
(どうしよう?他のダンジョン屋を当たるかな)
ミコトはどうするべきか思考を巡らせる。
"えんじや"の良いところはダンジョンの質以外に、一組一億までなら即金で支払いが可能な点にある。
流石に一億もいらない。350万+数万もあれば十分だが、その額だと学園の方では払えない。
200万以上は債券に変えなくてはならないのだ。
できれば今日一日の間に必要なだけの金を稼いでしまいたい。
エクスデバイスに"えんじや"に似た条件のダンジョン屋がないか検索させてみようかと考えた。
ところが、セカンドに声をかけようとしたところで思わぬ助っ人が登場する。
「ヘイ、アズサ。揉めているみたいだがどうしたんだ?」
背後からそんなセリフが聞こえて振り返ると、西部劇からそのまま飛び出してきたような四十代前半のガンマン風の男がいた。
昨晩顔を見知ったばかりの人物だ。
焼き肉屋ストレイドの亭主である。
「メアリさんのお父さん……?」
意外なものを見たという表情でミコトは男の顔を見上げた。
相手はミコトを見下ろして朗らかな笑みを浮かべる。
「おや、娘のお友達かい?」
「友達ではないんですけど……」
じゃあ何だと訊かれたら答えようがなかったので言葉を濁す。
男の方は些細なことは気にしない性格のようで、
「まだ知り合いって段階なら一度うちに食事に来るといい。妻も一緒に歓迎するよ」
きっかけを作って友達になってしまえばいいのだと言う。
ミコトでは発想すら思い浮かばない陽キャの思想だ。
ミコトは社交辞令と判断して「はい」とも「いいえ」とも答えず、曖昧に頷いた。
「男親が娘の交友関係に口出しするもんやないで。メアリちゃんから文句つけられるよ」
「そうだな。もう大学生なんだ。親が首を突っ込むもんじゃない。けどボーイフレンドだったら父親には知る権利があるだろ」
「あー、まるでわかっとらん。それこそ娘に嫌われる原因になるわ。アーサーも面倒な親になったもんやなあ」
ダンジョン屋の主人と焼き肉屋の亭主は知己であるらしく、世間話に花を咲かせる。
蚊帳の外になっていたミコトに気づくと焼き肉屋のアーサーが咳払いをして脱線していた話を戻す。
「すまなかったお嬢さん。困っているようだったが、アズサと何かあったのかい?」
ミコトが答える前にダンジョン屋のアズサが口を開く。
「一人でダンジョンに行くて言い張っとるんや。冒険者の強さは見た目通りやないってわかっとっても嫁入り前の女の子を行かせたくない。それがうちのコンプライアンスなんや」
「そういうことか。じゃあオレが手を貸そう」
あっさりと予想外の申し出が出てきたことにミコトは目を見開いた。
(焼き肉屋は副業で、冒険者が本業なのか)
アーサーがプロの冒険者ならアズサが要求する条件を満たしていることになる。
しかし、初級ダンジョンならまだしも、高レベルダンジョンに互いの実力も知らない初めて会ったばかりの冒険者同士がパーティーを組んで狩りに行くとは。
型破りな人だとミコトは思った。
「ん、まあアーサーやったら心配いらへんけど……」
渋々といった表情で了承するアズサ。
「お嬢さんはどうだ?オレじゃ不服かもしれないが、ここは一匹狼同士手を組まないか?」
ミコトはこの提案に対し、首を縦に振った。
「そんな、不服なんてとんでもないです。よろしくお願いしますアーサーさん」
場所を変えなくてよかったと安堵する。
そこへアズサが釘を刺した。
「アーサー、ナンボ死んでもキッチリ生き返らせたるから嬢ちゃんだけは守るんやで」
「もう一人の娘だと思って守るさ」
経験に裏打ちされた確固とした貫禄を漂わせながら、アーサーはウエスタンハットをかぶり直す。
かくして臨時のパーティーが誕生した。
ダンジョンレベル58"狩猟大樹海"。
「お嬢さん敵だ」
ゲートを通過してから一分もしない内にアーサーが敵の気配を掴む。
アーサーはスカウトの上位クラス"レイダー"。
射撃スキルを伸ばし、より攻撃に特化したクラスだ。
敵より早く敵を察知し、やられる前にやる。
そのシンプルな戦術とクラスの性質が噛み合い、彼を一匹狼の冒険者たらしめている。
アーサーが警戒を呼び掛けてから間もなく、ミコトたちの前に人型のトカゲが数体姿を見せる。
身長は2mはあるだろう。
胴長で、脚は短くその分腕が長い。
右腕の手首から80センチほどの長さの真っ赤なブレード状の爪が一本伸びている。
"クリムゾンプレデター"と呼ばれるモンスターだ。
「私が先陣を切りましょう。アーサーさんは後ろから援護を」
ミコトはバイクのハンドルに似た機具が取り付けられた薙刀を構えた。
グリップに手首のスナップをきかせると、刃の根元あたりに装着された内燃機関から重いモーターの唸りが鳴り響く。
「参ります」
敵の前方へ飛び出し、振りかぶる。
大型内燃機関はフルスロットルに達し、薙刀が爆炎の尾を引いて大きな弧を描いた。




