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22話 悪いが俺の魂はこう言ってる

 外に出たミコトは隣街へと走っていた。

 闇色の空を切り裂く一条の矢と化して、瞬く間にホテルミヤビへと到着する。

 年の瀬の深夜のカプセルホテルに他の客の気配は皆無だった。

 ミコトは無人精算機で会計を済ませるとホテルのエレベーターに乗る。


「早くお風呂に入りたい」


 困ったり、悩んだりした時はひとまず風呂に入って考えを整理するに限る。

 個室に到着するなり部屋に用意されていたバスタオルを手に取り大浴場へと向かう。

 脱衣所でさっさとセーラー服と下着を脱いで裸になると洗い場に移動した。


「明日戻らなかったら着替えを買わないと。今後も突発的な変身が起きるなら必要だよな」


 愛用しているものとは使い心地の劣る備え付けの洗顔とシャンプーに若干の不満を覚えながら呟く。

 ほとんど着の身着のままで飛び出してきたので、買い物が最優先だった。


「変身、解ける気配がないな……」


 スキル解除の兆候はだいたい30分前になれば感覚として掴める。

 女湯で突然男に戻ってあわや警察沙汰という展開にはならない。

 仮に、スキルが解除される寸前であっても、誓句を唱え、能動的に変身して上書きしてしまえば済む話である。

 ペナルティ(スキル成長)として鋼鉄姫でいる時間がどれだけ延長されるかわかったものではないが。


「明日はいいんだけど、明後日もこの状態が続いたらソフィアさんに何て説明しよう」


 湯船に身を沈めながら少女は真面目な顔で思い悩む。

 アルキメデスは風呂に入った時、体積の原理をヘウレーカしたそうだ。

 風呂は素晴らしい。天才に天才的な閃きを授けてくれる。

 しかしながら、アルキメデスより無類の風呂好きを自称するミコトをもってしても名案を閃くことはなかった。

 それがもたらしたのは単に深い癒しだった。

 しばらく湯の中で伸びを繰り返して、


「んー、もう考えるのどうでもよくなってきた。1日2日じゃどうしようもなかったらソフィアさんにミコトの代理です有給休暇とらせて下さいってお願いして土下座する。穴埋めとしてでしゃばりすぎない範囲でレベル上げを手伝う。それでいいだろ。ソフィアさんなら許してくれるって」


 楽観的な思いつきで一人会議は決着したらしい。

 ふにゃりと頬を弛め、あっさりと思考放棄した。


「はあ♥️お風呂最高♪」


 そこにいるのは並外れて美しいことを除けばどこにでもいるただの少女だった。

 

 ◇◇◇


 “ある日の朝、グレゴール・ザムザが眠りから覚めると、その体は毒虫になっていた”


 そして、翌朝。ミコトの変身は解けていなかった。

 

「変な夢見た……グレゴール・ザムザは最終的に変身が解けなかったんだっけ……」


 毒虫となったグレゴール・ザムザは徐々に人間性を失い、家に引きこもり毒虫としての本質を顕すようになっていったのだとか。

 では少女になったミコトはどうなる?


「私は私だ。グレゴール・ザムザとは違う。だから行動あるのみだ」


 ミコトは名残惜しげに大浴場で朝風呂を堪能すると、身支度をしてホテルを出る。

 繁華街を歩き、駅前の家電屋へと入っていった。

 鋼鉄姫用としてコピーデバイスを購入するつもりである。


 選んだのは手堅い性能で全世界で最もユーザーが多いと言われる"スペリオルカリバーセカンド"。

 通称セカンド。


 オリジナルデバイスの王と名高い、"エクスカリバー"を模倣した名機"プロトカリバーゼロス"の正統進化系である。

 値段は350万。

 オプション込みの普通自動車に匹敵する価格だ。


「すみません、これをください」


 開店するなり売り場に現れたJKスタイルヤマト美少女に担当の若い男性店員は度肝を抜かれた。

 ミコトの美貌に目を瞠り、たっぷりと時間を費やしてから普通の客ではないぞと身構えた。


「……お、お買い上げありがとうございます。宅配をご希望ですか?」

「いえ、持ち帰ります」

「各種設定サービスはおつけしますか?」

「はい。支払いはカードでお願いします」


 ミコトは財布から、お嬢様7つ道具が一つ"限度額無制限ブラックカード"を取り出した。

 店員の態度がますます畏れ多いものに変わる。

 

「お支払方法はいかがなさいますか……?」

「一括で」

「かしこまりました。お会計が済みましたので早速初期設定の方、行いますね」

「ええ。えっと……あのっ!」

「はい?」


「ありがとうございます」


 ミコトが(はん)なりと微笑むとふわりと甘い桜の香りが漂ったような気がした。

 これはきっと初恋の香りだ。

 彼が十代に置き去りにした青春だ。


(口をきく機会が一度もなくても、ハイスクールに通ってた頃にこの娘が同じ学校にいたらそれだけで幸せだっただろうな)


 設定を終えて、腕に装着したデバイスを満足げに見つめるミコトに魅了されながら、年末の不本意な出勤も案外悪くないものだと店員は思うのだった。


「ありがとうございました。お気をつけて」


 買い物を終え、店を出ていくミコトの背を恭しい仕草で見送った。


 場所を変え、ミコトはショッピングを継続する。


「セカンド、ハルモニアまでのナビを頼む」

『かしこまりましたお嬢様』


 デバイスの音声は初老の執事を彷彿とさせる響きだった。

 "お嬢様"という単語にミコトは顔をしかめ、「その呼び方はやめてくれ。実家のような安心感を感じるから」と意味の分かりにくい苦情をつけた。


『ではどのようにお呼びすれば?』

「……ミカゲと呼んでくれ。スキルが発動していないときはミコトと」

『ミカゲ様とミコト様ですね。ステータス表記に反映させますか』

「うん、他のアプリにも反映を」

『――完了致しました。他にご用がありましたらいつでもお呼びくださいませ。ミカゲお嬢様』

「おい!お嬢様と呼ぶなって言っただろ!」


 全く悪びれず芝居がかった口調で言ったセカンドにミコトは形のよい眉を吊り上げる。


『これは失敬しました。限定的とはいえ主を迎えられたことに喜びを抑えきれず』

「うう、第二世代のコピーデバイスはオリジナルの人格プログラムを受け継いでいて性格に難があるって知ってたけど……」


 ソフィアの小狐丸がその一例であろうか。

 あの一人と一機はなかなかの迷コンビだが。


『ハッハッハッ、コピーとの会話に手を焼いているようではオリジナルを手にした時先が思いやられますぞ』

「余計なお世話だ。口数の少ないデバイスにすればよかった。ところで、スキル解除までの時間は計算できるか?」


 エクスデバイスを買い求めた理由の半分はそれだ。


『かしこまりました。やってみましょう。"ピカトリクス"に接続。陽陰の身蔭、日の御蔭、溶鉄の金山毘売、同一スキル及び類似スキルの保持歴、該当なし。ユニークスキルと断定。分析を開始。ムッ、申し訳ありませんミカゲ様。わたくしめの演算能力ではおおよその時間も見積もれぬようです。オリジナルデバイスの入手を推奨致します』

「やっぱり無理か……って、ちょっと待った!"溶鉄の金山毘売"って何だ!?」

(そんなスキル知らないぞ!まさか昨日レベルアップした時に!?変身の時間を延長するようなスキルじゃないといいけど……)


『わたくしめのログにはございません。何分新品なもので』

「それはそうだよな……多分虎鉄が履歴を残してるだろうけど。確認したって意味ないか。あっちの方がアプリのバージョンが古いからスキルの解析なんてできないだろうし。ああ、変なスキルばかりが無闇に成長する……」


ため息をつくミコト。


『なんとも数奇な人生を歩んでおられるようですなあ』


 セカンドも肉体があったなら同様に嘆息していたような間の置き方で主人を気遣う言葉をかけた。


 ◇◇◇


 ミコトは気持ちを切り替え、ナビに従って繁華街と郊外の境目となる瀟洒な街並みを歩く。


 到着したのは魔具工房"ハルモニア"

 マリーの店である。

 幸いなことに今日は営業していた。


(この姿の時は"ミコト"で稼いだお金は極力使いたくない。ミカゲに必要なお金はミカゲで用意する。クレジットで使った350万も補填しないといけないし。マリーさんの店で武器を買って"ダンジョン屋"で現金を稼ごう)


 意思を固めつつ店の扉を開けた。

 マリーはカウンターの奥で作業をしているようだった。

 彼女の弟子と思しき若い女性が店番に立っていて、ミコトを見るなり絶句する。

 ドアベルの音が鳴っても客への挨拶どころか一向に動こうとしない店番を咎めようとして、マリーもまた石化の魔眼にでも呪われたかのように固まった。


「驚いた。リチャードといるとそれはもう美人の見本市ってぐらい綺麗な(ひと)たちと知り合いになれるけど、この娘は別格だわ」

「あの……」


 おずおずとしながら声をかけたミコトにマリーははっと我に返って営業スマイルを浮かべた。


「ああ、ごめんなさいね。いらっしゃい。初めてのお客様ね、魔具の注文かしら?」

「いえ、改造済みの武器を購入しに来たんですけど。グリップに絶縁・耐熱処理を施したものが欲しいんです」

「どの武器種でお探し?」

「カタログにあった薙刀なんですけどありますか?」

「ストックはあるわ。少し待ってていただけるかしら」


 マリーは在庫を完璧に把握しているらしく、ミコトが希望した品をすぐに持ってきた。


「どうぞ。地下室で試し振りができるけど、やっていくかしら?」

「はい。お借りしたいです。それと近接武器用の大型内燃機関ももらいたいんですけど」


ミコトの言葉にマリーが目を剥く。


「大型内燃機関?まさか薙刀に取り付けるつもり?ベテランの冒険者でも推進剤の勢いで肩が吹っ飛ぶ代物になるわよ」

「普通の薙刀では全然火力が足りないので。――もっと力が必要なんです」

「虫も殺さないような顔して物騒なことを平然と言うわね。この仕事を始めてずいぶんになるし、高レベル冒険者の非常識には慣れたつもりでいたけど、あなたのような華奢な女の子がそんな下手な魔具より化け物みたいな武器を振り回すところ想像もつかないわ」


 マリーは早々に降参よと匙を投げた様子で大げさに肩を竦めた。







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