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20話 SSRミコト水着ver 排出率0.700%

好きな鉄機武者は鋼丸です。


 網の上で上質のロースが肉汁を滴らせ、食欲をそそる香ばしい煙を立ち昇らせる。


「いい感じに焼けたわね。ミコ様どうぞ」

「ありがとうございます。恥ずかしいんでその呼び方はやめてください」


 焼けた肉がのった皿を感謝と共に受け取りつつ、訂正を入れるのを忘れない。


「はーい。それで思い出したんだけど、電話の子の心当たり、結局誰だったの?」


 はぐらかしていた話を蒸し返されてミコトは困り顔になった。

 時間稼ぎにロースを咀嚼してゆっくりと嚥下してから、「幼馴染です」と一言で答えた。


「幼馴染に様付けで呼ばせてるの?妄想が捗るわね」

「羨ましいのです。わたしも幼馴染のメイドさんに様付けで呼んでほしいのです。マリーとは幼馴染ですが、イメージプレイには付き合ってくれなかったのですよ」


 簡潔すぎる情報を与えたのが裏目に出た。余計に興味をそそってしまったようだ。

 二人の目にはセレブのゴシップを前にしたかのような下世話な好奇心が宿っている。


「向こうが勝手に呼んでるだけですし、捗らせないでください。それとリチャードさんはマリーさんをもっと大切にしてあげてください」

「ねえねえ、電話の子ってやっぱり可愛い子?」

「何でそんなことまで知りたがるんですか?」

「何でもなにも知りたいに決まってるじゃない。ミコト君自分のこと全然しゃべらないんだもの。考えてみれば意図的に避けているきらいさえあるのよね」


 痛いところを突かれたと思う。

 正体をひた隠しにしていたのが、かえって怪しまれる要因になっているとは皮肉なものだ。


「話したくないんです」


 短い回答だったが、嫌がっているのは十分に伝わってくる。

 ソフィアはミコトの気持ちを敏感に察して追及をやめた。


「複雑な事情があるのね。こういう時に聞くのは野暮だし、いつかミコト君が話してくれる日まで待つわ」


 人間誰しも愛するよりは愛されたい。

 ソフィアはとても積極的だが、根っこの部分は他の人と同じだ。

 わざわざ地雷を踏み抜いて嫌われたがる趣味があるわけでもない。

 一歩引いてミコトと接する選択肢を選んだ。


「ありがとうございます。そうですね、話してもいい部分に絞るなら、電話をかけてきた相手ですけど、多分ユヅキですね」

「ミコト君と一緒で中性的なお名前ね。声からして女の子だったけど、超人的に美少女の声真似が上手い男の子の可能性があったりする?」

「いえ、ユヅキは女の子です。周りの大人は愛想がないって言いますけど、俺は可愛いと思いますよ」


(どうしてかけてきたんだろうな。今日まで一年間音沙汰なかったのに)


 何度かかけなおしてみたのだが着信は拒否にされていた。

 家にかけてみる選択肢もあったが、時差からしてヤマトは午前3時か4時といったところだろう。

 今は避けた方がよさそうだ。


「おやおや、好感触ね。ミコト君、その子と付き合いが長いなら一緒に写ってる写真とか持ってないの?」

「多分あると思います。探してみますね。虎徹」


 ミコトがエクスデバイスを操作してギャラリーを調べている間、ソフィアは焼肉奉行を再開し、タンを並べ始めた。隙間を埋めるように野菜や茸も配置する。

「次はカルビかホルモンどちらを焼こうかしら」「ホルモンが食べたいのです。外はカリッと中はジューシィにお願いするのですよ」「オーケー任せときなさい」

 そんな姪と叔父の会話を聞きながらソフィアが求めていた画像を発見する。

 あったのはミコトとユヅキが10歳の頃、神社の境内を背景に撮影した写真。

 それ一枚きり。


(うわ、よりによってこれしかないなんて。考えうる限り最悪の写真じゃないか)


 写真のミコトは鋼鉄姫だった。

 その少し後ろでユヅキなるヤマト人の少女がかしずくように膝をついている。

 幼馴染ですと紹介するにはあらゆる常識を無視しなくてはなるまい。

 ツッコミどころ満載でソフィアが焼肉どころではなくなってしまう。


(これは見せられないな)


 やむなく嘘をつくことにした。


「すみませんソフィアさん。なかったみたいです」

「それは残念ね。美少女なら是非お近づきになりたいのになー。ミコト君紹介してよ」


 ソフィアはタンをたっぷりとレモン汁に浸からせながら言った。


「腕は俺よりずっと立ちますけど、今はヤマトで普通に高校生をしてますから接点を持てるかと言えば難しいですよ」

「ふーん。じゃあさ、ミコト君、半年以上先の話になるけど夏休み一緒に里帰りしない?その時にユヅキちゃんに会いに行きましょうよ。実家どこなの?」


 返答に窮する申し出と質問だった。


「キョウノミヤです。けど、俺は実家には帰るつもりはないですよ」

「そこは無理強いしないわ。あたしが興味あるのはまだ見ぬ美少女よ」

「好きなんですね美少女」

「そりゃもう。何で好きかなんていちいち理屈を並べるまでもないでしょ」

「同意するのです。美しきレディとの出会いは人生を味わい深くしてくれるのです」

「叔父さんは鏡を見ればいつでも美しきレディってやつに出会えるわよ」

「それは言わないお約束なのですよ!」


 ソフィアは叔父をからかった後、美味そうにタンを食べて相好を崩す。

 幸福感がインスピレーションを与えたのか、妙案をひらめいたような顔で口を開いた。


「ミコト君が里帰りに気が進まないなら、そうね、いいこと思いついたわ。キョウノミヤでユヅキちゃんを拾ってリュウキュウにでも遊びに行きましょうよ。ミコト君、それならどう?」


 ソフィアが気遣いを込めて出した案にミコトは拒否する材料を持たなかった。

 ほどよく焼き目のついた椎茸を一かじりして飲み込んでから、頷いた。


「いいと思います」

「じゃあ、スケジュールが固まるまでに彼女と連絡をつけておいてね」


 同盟関係は3カ月契約だったはずだが、二人ともそんな小さな約束事は忘れていた。

 最早既に、冒険者学園を卒業してプロになっても、共に戦うかけがえのないパートナーだと認識している。

 夏休みリュウキュウに行くのは二人にとって会社の慰安旅行のようなものだった。


「リュウキュウと言えば海よね。来年は水着を新調する気なかったけど、思いきって大胆なやつを買っちゃおうかしら。ミコト君楽しみにしてて」


 楽しみにしてますとは素直に言えない少年に代わってリチャードが冷静に意見を述べた。


「水着なんて大丈夫なのですか?さっきエクスデバイスにウエストサイズを注意されてたような……」


 途中で失言だったと気付き、咄嗟に口元を手で押さえるリチャードだったが、時既に遅し。

 ソフィアの魔の手が迫っていた。

 幼い美貌が絶望の色に染まる。


「あれれー?ドロシーちゃん、もしかして電源オフの刑をご所望かしらー?」


 当然見逃してくれるはずもなく。

 ソフィアは隣に座るリチャードの腋をくすぐった。


「ギャー!やめるのです!わたしはワキだけは弱いのです!あひっ!あひゃひゃひゃっ!」

「うりゃうりゃ!あたしが悪い子を天国へ連れていってあげるわ。ステアウェイトゥヘヴゥゥン!」


 電源オフの刑はリチャードの瞳からハイライトが消え失せるまで続けられた。


 ◇◇◇


 食事を終えた帰り道。


 ソフィアはお腹いっぱいになってくうくうと寝息を立てている叔父をおぶって、マンションへと向かっている。

 ミコトも一緒だ。


「叔父さん、お部屋に着いたわよ」

「んみゅ……」


 リチャードを起こして背中から下ろすと、「ちゃんとお風呂に入って歯磨きをして暖かくして寝るのよ」と言った。


「ふわあぁ……わかっているのですよ……」


 リチャードは寝ぼけ眼をこすりながら覚束ない足取りで洗面所へと向かっていく。

 それを若干の心配の面持ちで見届け、ミコトとソフィアはマンションを出る。

 ソフィアはほろ酔い気分に浸りたいのか、普段より言葉少なだった。


(二人きりで冬の夜道を歩く。ムードのあるシチュエーションね。有効活用しない手はないわ)


「寒いわね」


 そう一人言を漏らして、ミコトに腕を絡めてくる。


「えへへ、あったかい」

「ソフィアさん!?」

「寮に着くまでくっつかせて。それとも気が変わっておねーさんをいかがわしいホテルとかにお持ち帰りしたりする?」

「しません!どうぞお好きなだけ暖をとってください!」


 即答するとソフィアは表情だけは満面の笑みを浮かべながら、しかし機嫌を損ねたように胸を押しつけてきた。


「むー、あたしってそんな魅力ない?だったらここでミコト君を電源オフ(意味深)しちゃうぞー」

「その言葉気に入ったんですか!?」

「気に入るかどうかはシてみてのお楽しみかな」

「ソフィアさんはいつも美人ですよ。自信持ってください」

「んふふ、ならいかがわしいホテルに行って、いかがわしいことする?」

「それとこれとは話は別です。ほら、寮に到着しましたよ」

「チッ!あっという間ね。ミコト君を口説き損ねちゃったわ。もっと遠くの焼き肉屋さんにすればよかったかな残念」


 結局はいつもの調子で夫婦漫才をする二人。

 部屋の前でいつものように別れた。


「おやすみなさいミコト君」

「おやすみなさいソフィアさん」


 別れたとは言っても、互いの部屋を遮るのは建築基準法違反すれすれの薄壁一枚だ。

 微かな息遣いが聴こえてきて、姿は見えずともすぐそばにいるような心地になる。


(ソフィアさんが来てからおはようからおやすみまで誰かと一緒だな。家族でもない他人とそういう関係になるって不思議な気持ちがする)


 そのような感想を思い浮かべた時だった。

 不意にミコトの心臓がドクンと大きく跳ねた。


「う……」


 発作を起こした病人のようにその場にうずくまる。


(あれ……?これって、そんな!?)


 その感覚をミコトは知っていた。

 長らく忘れていたが、思い出した。

 幼少期から幾度となく経験してきた持病のようなものだ。


 ――スキルの暴走。


(克服したはずじゃ……!駄目だ!抑えられない!)


 荒れ狂うヒトならざる強大な力が濁流のごとくなだれ込み、変身に抗おうとする意思を飲み込んで押し流していく。

 刹那の内にミコトは儚げな美貌の少女へと姿を変えていた。




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