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19話 Q.タイミングを逃すとはどういうことですか?

 

『目的地に到着したであります!』


 学園から歩くこと15分。

 ナビ役を務めていた小狐丸の任務完了の報告をもって第三の幕が上がる。


 焼肉店ストレイド。

 西部劇(マカロニウエスタン)に登場する、酒場を模した木造の店舗に3人は入っていった。

 店内は左奥の方にカウンターがあって、その周囲に客席がコの字型に配置されている。

 テーブル席は6箇所と少なく、従業員は僅か3名。

 40代前半と思しき男女と19か20ぐらいの年頃の娘が働いている。

『お父さん・お母さん』、『アナタ』、『メアリ』など、それぞれの呼び方から推察するに家族経営の店だと認識するのが妥当であろう。

 事実、その通り。

 一家の大黒柱が無法者のガンマン風、奥方が保安官、娘がカウガールの衣装を着ている。

 店のコンセプトに合っていないわけではないのだが、服装に統一性がなかった。

 各個人の趣味までは一致しなかったが故に生じた結果である。


「いらっしゃいませ!3名……様ですか?」


 カウガールの娘、メアリは溌剌とした挨拶から入ったが、途中で言葉に詰まってしまった。

 ミコトたちもてんでまとまりのない集団だったからだ。

 北方の国出身の女二人と極東出身と思しき少年。

 人種の違い、年齢の差で兄弟姉妹、又はお友達同士と見做すには些か無理がある。

 メアリならずとも、一目で彼女たちの正しい関係性を看破するのはさぞ難儀することであろう。


 日中は大学生として文学を学んでいるメアリは、豊富な読書経験を引き出しに目まぐるしく想像力を働かせた。

 そして一つの結論を出すに至る。


(子連れの夫婦かな?男の人の方、私より年下に見えるけどヤマトの人っぽいよね。ヤマト人って年齢より若く見えるって言うし。うん、きっと夫婦だよ)


 ソフィアを奥さん。ミコトを旦那さんと仮定し、リチャードを二人の娘だと思い込むことにした。


「ええ、3人で合ってるわよ。席は空いてるかしら?」

「空いてますよ。奥のテーブルにどうぞ」


 案内された席に腰を下ろすと、ソフィアは早速飲み物の注文に入った。


「ミコト君とドロシーちゃんは何飲む?」


 "ドロシー"とはリチャードのことだ。

 事情を知らない人の前で『叔父さん』や『リチャードさん』と呼ぶのは問題があると思われたので、道中で便宜上の名前を用意する密談を交わしていた。

 特にひねりもなくリチャードの母の名をそのまま拝借している。

 命名にあたって本人は渋い顔で難色を示していたのだが、その場限りということで致し方なく了承した。


「ステーキならワインですが、焼肉ならビール一択なのです。ビールをお願いするのです」


『ドロシーちゃん』、に眉をしかめつつ、リチャードはさも当然といった態度で注文を述べる。


「えっと、あのう……」


 メアリは伝票代わりのタブレット端末を手にしたまま固まった。

 明らかに16歳未満と知れる幼女に酒を販売できるわけがない。

 冗談と、とるべきだろうかと判断したところでソフィアが助け舟を出した。


「アハハ、ごめんねー。この子ったら背伸びしたいお年頃でね。ほら、ドロシーちゃん、お姉ちゃんが困らないように注文しましょ」


 明るく笑ってとりなしたが、彼女の眼光には仁王の如き闘気が満ちていた。

 意訳すると、『立場をわきまえろや、オッサン』である。

 一睨みするだけで、メンタルの強さも幼女化しているリチャードは「ヒッ」と怯え、身を竦めた。


「……ノンアルコールのシードルをお願いするのです」


 ソフィアから無言の、忖度ならぬ脅迫に屈してリチャードは自重した。

 叔父の威厳形無しである。


「はい、よくできました」


 叔父と姪の間で、視線だけで繰り広げられる水面下のやり取りに外野のメアリは気づかない。

 表面上は微笑ましく映る会話に、にっこりと微笑む。


「ママの言うことをちゃんと聞けてえらいですね」

「ママッ……!?」


 予想だにしない店員の言葉にリチャードは愕然とする。

 一方で頭の回転が良いソフィアはメアリがどのような勘違いをしているかを即座に察し、噴き出した。


「ちょっぴりおませなところがあるけど、そういう時は笑って聞き流してあげて頂戴」

「はい。誰だって大人になりきってみたい幼少期を経験してますからね」


 ソフィアはリチャードの母親役を器用に演じてメアリと意気投合すると、ついでとばかり、『これでもくらいなベイビー』といったセリフを匂わせるニヒルな笑みを浮かべ、ミコトへ爆弾を投げ込んだ。


「パァパ❤何飲む?」

「パパって……俺!?」


 初めての焼肉屋を物珍しそうにキョロキョロと見回しておのぼりさんになっていたミコトは唐突なパパ呼ばわりに狼狽える。


(パパってどういう……?)


「パパさん飲み物は何になさいますか?」


 メアリからも追撃が来た。確信犯のソフィアと異なりこちらは無自覚だ。


(俺たちって、あ……そういうことか。人からはそう見えるのか。ソフィアさんと俺って)


 平凡な頭脳のミコトには珍しく、瞬時に状況を把握できた。

 するとみるみる内に頬が朱に染まっていき、耳まで茹で蛸のようになってしまう。

 ソフィアはその様子をニヤニヤと笑いながら眺めていた。


「またまたごめんね、うちの旦那ってシャイでピュアな性格なのよ」

「素敵なことじゃないですか。お子さんができてからも奥様に対して新鮮な気持ちでいられる旦那様なんて滅多におられないと思いますよ」


 メアリの的外れな感想にミコトは顔を赤くしたまま頭を抱えた。

 そもそも夫婦ではない。

 交際すらしていない。

 勘違いを正すべきなのだが、ソフィアに外堀を埋められた今、既にタイミングを逃している。

 ここで『赤の他人です』と言い募るのは元ボッチの分際をもって至難の業。

 積極的に夫婦のふりを演じるのも無理があるので、ミコトは穴があったら入りたいという面持ちで黙ったままお茶を濁すことにした。


 こうしてなし崩し的にソフィアの求愛に応じる運命になるのだろうか。

 彼女が美女に化けて男を糸に絡めて食らう妖怪、絡新婦(じょろうぐも)に思えてならなかった。

 そのように失礼な妄想を弄び、ミコトは心の奥底で自嘲する。

 美女に化ける妖怪ならば自分こそが本家本元ではないかと。

 絡新婦に美味しく食べられる絡新婦。

 馬鹿馬鹿しい話だった。

 これが仮に映画で男女のラブロマンスだったならミコトは――以下略。


(そんなの滑稽にもほどがある。アホなことを考えるのはやめてこれからの食事を楽しもう)


 ソフィアから向けられるひたむきな好意を堂々と見て見ぬふりをする自分。

 熱烈な愛の言葉におろおろして煮え切らない態度をとる情けなさ。

 それらをボッチから救ってくれた恩義で蓋をするとしよう。

 この先もしばらくは。


(ソフィアさんは俺の巫女ルートを回避してくれる恩人なんだ。好きとか嫌いとかそういう問題よりも、共闘者として感謝の気持ちを持つ方が大事だろう。さっきは変なこと考えてごめん)


 ミコトはソフィアとメアリのガールズトークが途切れたところを見計らい、おずおずと口を挟んだ。


「ええと、注文いいですか?」

「はい、どうぞ」

「この"カウボーイ"っていうのをお願いします」


 店の内装とメアリを見て、何となくでそのドリンクを選んだ。

 "カウボーイ"とはウイスキーに牛乳を混ぜて作るカクテルだ。

 カルーアミルク同様甘くて飲みやすいが、度数は決して低くないので飲み方には注意したい酒である。

 しかしながら今宵は、酒精の助けを借りてでも些細な好意に触れるだけで照れて赤くなってしまう表情を偽りたい。


「あたしも同じのを一つ」

「はい。シードル一つとカウボーイ二つですね」


 すぐに運ばれてきたグラスを手に、ソフィアが乾杯の音頭をとった。


「明日は休みだし、今夜はお腹いっぱい食べて飲みましょ。かんぱーい」

「「乾杯」なのです」


 3つのグラスが軽快な音を立てて打ち鳴らされる。

 宴が始まった。


「メアリちゃーん、ロースとカルビとタン、野菜セットよろしくー。んー、ハラミと豚トロ、一口ヒレステーキにホルモンも追加で。全部3人前でね」

「はーい!」


 店内に良く通る声でメアリが返事をする。

 そこへ、小狐丸がソフィアの注文を聞き咎めたように口を出した。


『装者殿、ご注進申し上げます。装者殿がそれぞれ一人前を食べても確実にカロリーオーバーであります。デブったらミコっちゃんに嫌われるでありますよ。装者殿は最近ウエストサイズが――』

「余計なこと言っちゃう子は電源オフの刑に処しましょうねー」

『横暴なのであります!断固として抗議するでありまっ…………!』


 ソフィアの左腕が静かになる。

 それが、暴君に出過ぎた諫言をした忠臣の末路だった。


「悪は滅びたわ。さて、お肉が来るのを待ちましょう」


 何事もなかったかのようにソフィアは微笑した。


「そ、そうですね……あ、お店結構混んできましたね」

「満席だわ。ツイてたわね、あたしたち」


 来たときは客はミコトたちだけだったのが、いつの間にか席は全て埋まり、店内は心地の良いささやかな喧騒に包まれている。

 メアリだけでなくキッチンにいる夫妻の方も忙しさを増してきているのがうかがえた。

 注文した肉が供されるまでしばらく手持ち無沙汰になりそうだ。


「虎徹、アイテムボックスを」


 ミコトは時間があるならばとアイテムボックスを起動させ、一冊の薄いカラー本を取り出した。

 何かのカタログのようである。


「ミコト君それ何?」


 気になったソフィアが本の背表紙を指さす。


「武器のカタログですよ。マリーさんから貰ったんです」

「へえ……あれ?でもマリーさんって」


 魔具の専門家ではなかったかと言おうとしたところで、リチャードが言葉を添えた。


「マリーは魔具のオーダーメイドだけでなく、既製品のカスタマイズもやっているのですよ。そちらも素晴らしい出来栄えだと評判なのです」


 元恋人だけあって、リチャードはマリーの商売を熟知していた。

 ソフィアは納得した顔をして話題を広げる。


「なるほど、大量生産されてる普通の武器に一手間加えてくれるってわけね。ってことはミコト君、マリーさんから武器を買うつもりなの?」

「はい、薙刀を買おうかなって。中学まで習っていたっていうか、習わされてたので最低限の扱いは心得てます」

「即戦力になりそうね。いいと思うわ。けど、」


 そこでソフィアは一旦言葉を留めた。

 腑に落ちない部分があるとでもいうかのように。


「こんなのくだらない偏見に過ぎないってのは重々承知しているわ。でも言わせて。薙刀ってヤマトの伝統を考えれば女の子の習い事じゃない?男の子はどっちかというと剣道でしょ?ミコト君のご両親はどうして薙刀の方を習わせたのかしらね」


 ミコトの表情が微かに強張った。

 薙刀を習っていた過去を明かすのはやはり不自然であったかと。


 ヤマトにおいて薙刀術は男子禁制の武道となっていた歴史がある。

 女子校で、女性しか習うことが許されなかった時代があったほどだ。

 ジェンダーフリーの概念が共通認識として浸透した現代。

 時代錯誤を認めて男子にも門戸が開かれているが、やはり、根付いた印象は簡単には覆らない。

 競技人口は依然として男子は剣道、女子は薙刀に偏ったままだ。


「さあ?何ででしょうね……?」


 ぎこちなく笑ってとぼける。

 そして、内心で以下のような叫びを吐露した。


(言えるわけないだろう!お嬢様教育の一環で習ってたなんて!)


 嫌々身に着けた武術だったので封印してきたが、ソフィアを助ける戦力になるならなりふり構うべきはでないと覚悟を決めた結果である。

 ちなみにお嬢様教育の中に花嫁修業があったかについては邪推を控えていただきたい。


「やっぱり女の子の競技だから、薙刀をやるのは不本意だった?」

「教えてもらっておきながら言うセリフじゃないですけど、好きで習ってたわけじゃないのは確かですね」

「親の勝手な都合を押し付けられてるんだから愚痴の一つくらい垂れたってバチは当たらないわよ。子供にとって自由な時間を奪われるのは苦痛以外のなんでもないんだから。ま、実戦で役に立つ日が来たんだからマシな方じゃないかしら。人間万事塞翁が馬ってね。さ、お肉が来たみたいよミコト君」


 ソフィアが結論を出すと同時に注文した肉が運ばれてくる。


「お待たせしました!」

「ありがとう!んーー!美味しそうね!」


 テーブルに並んだお肉を前にして、ソフィアは手に持ったトングを無邪気にカチカチと鳴らした。




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