18話 決闘にしたかった
この日の舞台は計四幕。
第一幕は、食事のお誘いであった。
「ね、今夜は焼肉を食べに行きましょうよ。名目は忘年会ってことで」
一仕事を終えた夕方の、ソフィアの第一声は明るい。
連日ゴブリンとスライムを狩り続けて互いの懐具合はだいぶ暖まっていた。
かつてない好景気に、ミコトはたまには贅沢をして英気を養うのも悪くないだろうと承諾する。
「いいですよ」
家の事情で家族と外食に行った経験がない、お嬢様?育ちのミコトはワクワクした様子だった。
「うん、それじゃ叔父さんも誘っておきましょうか。人妻をつまみ食いすることもできなくなったんだから、どうせオフの時間は暇してるに違いないわ」
ソフィアはスマートフォンを取り出すと“リンクス”を起動させて、リチャードにメッセージを送る。
するとすぐに『行くのです』と返信があった。
「やっぱり暇みたいね」
「リチャードさんですか。そういえばクローディアさんでしたっけ、その彼女さんとはどうなったんでしょう?」
ミコトから疑問を投げかけられるや、ソフィアは今にも噴き出しそうに笑いをこらえた表情で口を開いた。
「事情を明かしたらクローディアさん、叔父さんのことがいたくお気に召したみたいでね。娘にならないかって、言われたんですって」
「はあ?」
「養子縁組ってやつよ。叔父さんがクローディアさんの娘にね」
「そりゃ分かりますけど。見た目は子供でも頭脳と戸籍上のデータは大人でしょうに」
「そうね、ついでに言わせてもらえば叔父さんの方がクローディアさんより年上だから民法上では養子縁組は成立しないわよ。だから実質的な母子生活を営みたいんじゃないかしら」
「愛の形があまりに高度すぎてついていけません」
至って正常なはずだった男女のラブロマンスが、たった1個の果実が介在しただけで、母と娘の親子の絆が誕生する超展開へと決着を迎えようとしている。
この話が映画で、今が観賞の真っ最中だったなら、ミコトは口の中に放り込んでいたポップコーンを残らず吐き出して、配給会社に対し怒号と共に返金を訴えたかもしれない。
「その話は今は保留にしていて、これまで通りマンションで独身生活をしているそうよ」
「大丈夫なんですか?子供の体では安全面も含めて色々と不便では?」
「仕事の送り迎えやら家事やらはクローディアさんとマリーさんが交代で面倒を見てくれているわ。もう元の体に戻れても一生頭が上がらないでしょうね」
そのような雑談を交わしつつ、二人はシャワーを浴びて休憩を挟んだ後、私服に着替えると、終業時間となった購買部買取窓口へと足を運んだ。
「叔父さーん、迎えに来たわよー」
ソフィアが顔を出すと、頭に大きな白いリボンをのせた美幼女、リチャードがノートパソコンのカバーを閉じようとしていた。
ちょうど仕事を終えたところであるらしい。
「わかったのです。支度をしてくるのでそこで待っててほしいのです」
リチャードは椅子からピョンと飛び降りると、バックヤードに向かって歩く。
ほどなくして女児向けの可愛らしいコートを着た姿で出てきた。
「お待たせしたのです」
「よし、それじゃ出発しましょうか」
これより第二幕。
路上でソフィアが何気なく口にした一言から始まる。
「ねえ、鋼鉄姫って知ってる?」
ミコトが反応してピクリと肩を震わせた。
「学内ネットワークの見出しで見かけたくらいですかね。どんな人なのかは俺も詳しくは知りません」
素知らぬふりを演じて返答する。
「ミコト君興味ないの?とんでもなく強い上にものすっごい美少女って噂よ?しかも同じヤマト人の」
「美少女だとしても、俺は地を這うごときの弱さですし、モテるルックスじゃないんで相手にならないでしょう」
「あら?そう?ミコト君、地顔は悪くない方よ。髪型とか美容とかファッションにちゃんと手間とお金をかければ、アイドル並とはいかないけれど、普通の学校の教室で女の子の視線を集めるぐらいには格好よくなると思うわ。というかキミ、わざとダサくなる方向に努力してない?」
ソフィアの指摘は正しいと言えるだろう。
男の子のミコトの方も手間をかければそれなりに見られる顔になる。
ファッションしかり、髪型しかり。
自信のない幸薄げな表情を改めるだけでも人の印象はだいぶ変わるものだ。
「実力がついてきたら善処しますよ」
「50点。出会った頃より前向きになったのは評価するわ。で、鋼鉄姫ちゃんの話に戻るわね。叔父さんは何か知らない?」
尋ねられてリチャードは思案顔になる。
「その人だという確証はないですが、一度会ったかもしれないのです」
「たった一度?やっぱり噂は真実みたいね。ここの学生のはずなのに、2回しか姿を見せてないってのは。何か理由があるのかしら?」
「普段は普通の進学校に通っているのではないですか?冒険者のライセンスをとるために試験だけ出席するのはありなのです」
リチャードの見解にミコトは相槌を打つ。
「他の学校に籍を置くことを禁止しているわけでもないですし、冒険者は絶対実力主義の社会ですから、結果さえ出していれば学園の講義はサボっていても全然問題ないんですよ」
「そういうことね。じゃあ来年の前期試験までお預けかあ。是非会ってみたいわね」
(もしかしたらあたし、会ってるかもしれない。冒険者でヤマト人の美少女っていったら一人しか心当たりがないわよ。鋼鉄姫ってミカゲちゃんのことじゃないかしら。……思い返せばあの子の行動は妙だったわ。ビジネス客でも観光客でもない、叔父さんの説を信じるなら普段は女子高生している子が、どうしてカプセルホテルに宿泊していたのかしら?遠くから試験を受けに来たと仮定しましょう。昼間ネットカフェで時間を潰す理由は何?午前中で片付いたなら外泊せずにそのまま帰ればいいじゃない。辻褄が合わないわよ。まるで厄介ごとから逃げてほとぼりを冷まそうとしているみたい。手がかりが全然揃ってないけど、ここはいっそ突拍子のない方向で考えてみましょうか。叔父さんに起きたことみたいに、世の中って割合筋道の通らない話が横行しまくってるものね――)
「ソフィアさんどうしたんですか?考え込んでいるような顔してますけど」
「んー、ミコト君って兄弟とかいる?」
「藪から棒ですね。……いませんけど」
「あたしも一人っ子よ」
「そうですか」
(頭のいい人は何を考えているかわからないな)
とミコトが心の中で独白していた時だった。
ジャンパーのポケットの中で、小さな振動が生じた。
発生源は最近携帯するものだと覚えたスマートフォンからだ。
持続的な振動とスクリーンに表示された数字の羅列が電話の着信中であることを告げていた。
「電話みたいです」
ソフィアとリチャードに断りを入れて会話から外れる旨を目で伝える。
(スマホの場合はどうやって出ればいいんだっけ)
エクスデバイスとの勝手の違いで操作にもたつくミコト。
そうこうしている間にコールが途切れてしまう。
かけてきた相手には留守番電話の案内が流れていることだろう。
「あ……」
(早く折り返してあげないと)
先ほどかけてきた番号を確認し、折り返そうとするのだが、その操作にも四苦八苦する。
(えーと、着信履歴はこれで、こうすればいいのかな)
試行錯誤している内に何とかやり方を理解することができた。
後はこちらから発信すればよい。
ところが、この絶妙なタイミングでまた例の番号から着信が。
画面は強制的に切り替わってしまった。
「ええ……」
今までの努力は何だったというのか。
ミコトは完全に混乱した。
「あーもう!スマホに初めて触るお年寄りじゃないんだから!貸しなさい!」
呆然としているミコトを見かねたソフィアがスマートフォンをひったくった。
難なく通話状態にして耳に押し当てる。
すると、
『巫女様、ご無沙汰しております』
恐らく十代の半ばくらいだろう、若い女の声が聞こえてきた。
(ミコ様?ミコト君のことかしら?)
「はいはーい!ミコ様の携帯で合ってますよー!」
(一言声を聞くだけで確信したわ。絶対美少女よ。クール系の。ミコト君、ミコ様だなんて呼ばせてどういう関係なのかしら)
『……?失礼ですが、どちら様でしょうか?』
「あたし?あたしはソフィア。ミコ様とは将来を誓い合った仲ってやつよ」
間違ってはいない。
冒険のパートナーとしては。
恋愛対象としては目下攻略中である。
「それじゃ本人に代わるわね。はい、ミコト君」
「誰だったんです?」
「聞いてないわね。ミコト君の知り合いみたいだし話してみたらわかるんじゃない?」
ミコトはソフィアからスマートフォンを返してもらい、耳に当てる。
が、聞こえてくるのは通話が終了したことを知らせる電子音のみだった。
「切られたみたいです」
「どうしたのかしらね。アドレス帳に入ってない番号みたいだったけど、誰かは見当つかないの?」
「心当たりはあります」
「ミコ様って親しみが混ざった感じの敬称で呼んでたけど、実はミコト君のお家ってお金持ち?で、今の電話は実家の仲がいいメイドさんからだったり?」
「メイドさんを侍らせるのは男の夢なのです。プライベートプールで日光浴を楽しんでいる時にサングリアを注いでもらったら最高なのですよ。羨ましいのです」
それぞれから向けられる好奇の視線に、
「えっと……まあ」
ミコトは曖昧に笑って言葉を濁した。




