17話 アイアンメイデン
ミコトとソフィアは “探求の地下砦”で夕方になるまで戦い続けた。
「あんまり多くはなかったけどゴブリンから金貨が出るなんてね」
帰り道、ソフィアはドロップアイテムの豪華さにホクホク顔だった。
「やっぱりダンジョンのお宝ってものはこういうのでなくっちゃ心が踊らないわ」
「結構いい値がつくと思いますよ。リチャードさんに見てもらえば明らかになりますけど、ゴブリンが落とす金貨のほとんどは純度がフォーナインだそうですから」
「へえ……」
ソフィアは金貨を空にかざして見つめる。
腐蝕することのない黄金は陽光を浴びて彼女の髪のように美しい光沢を放っている。
人類を魅了してやまぬ永遠の輝きだ。
「これが地中深くを採掘するよりずっと安全で簡単な手間で手に入っちゃうなんてすごいことよね」
「そうですね。金銭効率がいいんでゴブリンは人気モンスターなんですよ。スライムにさえ気をつけていれば足の速い人にはカモですから。狩り放題なのは冬休み中の今のうちだけですね」
金。
埋蔵量に限界がある地中に比べ、ダンジョンは無限に再生する鉱脈も同然だ。
人類がダンジョンを行き来するようになって相場の下落は当然のように起きた。
事実、宝飾品としての価値は低下した。
その代わり、科学技術の発展に伴って工業的価値は緩やかな右肩上がりを続けている。
金が耐食性、導電性、低い電気抵抗と三拍子揃った優れた性質を有しているからだ。
さらに、人工的に生成する手段が極めて困難な鉱物なので大量にまとまった量を確保することができない。この要素も価格の安定に寄与している。
古代から人類は富を豊かにするために錬金の術を追い求め続けてきた。
そして現代に至り、ようやくその領域に到達した。
かの有名な原子炉を用いてベータ崩壊を起こし、水銀から金の同位体を取り出す科学的手法である。
方法は現実的だが、社会的には夢物語に等しい。
お察しの通り、生成コストの方が金の価格よりも高くつく。
また、生成された金は高濃度の放射性を有するため、とても人の手に触れられる状態ではない。
金は金でも核のゴミという厄介な属性がついてくるのだ。
魔法的にはどうかと言えば、プロセスは科学的アプローチと全く同じである。
ただし、科学より魔法で金を生成する方が難易度が高い。
いかに魔力というものが質量ゼロからエネルギーを生み出す、物理法則を超越した元素であるといえど、個人が保有できる量に核分裂を起こすだけの力はないからだ。
人間は怪物を倒して英雄になれはしよう。怪物を超えた怪物になれもしよう。
しかし、神にはなれない。
この場にいるただ一人を除いて。
結局何が言いたいのかといえば、金の価値は依然として高水準を保っているということなのだ。
ゴブリンのような倒しやすいわりにドロップアイテムが高価なモンスターは苛烈な争奪競争にさらされている現状となっている。
「ゴブリンに限らず特定のモンスターにターゲットを絞った専門業者がいるくらいです。ダンジョンに合わせて戦い方を極限まで特化する生き方もありと言えばありですね」
核弾頭娘ことミコトがそう発言すると、ソフィアは腕を組んで唸った。
「それも一種の最強かもね。どこの業界にも隙間産業というのは発達するもの……か。興味深いわ。あ、そういえば話変わるけど、ミコト君レベルアップに必要な生体エネルギー貯まったんじゃない?」
「そうでしたね。忘れてました。虎徹、ステータスアプリでレベルアップを」
『諒解』
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レベル:11 (レベル:2)
クラス:バトルメイジ (????)
保有生体エネルギー:霊体(0/600) 霊体(956,200/1,200,000) デバイス保管カセット×1(420/1000)
保有魔力:(200/220) (????/????)
筋力:120 (????)
体力:140 (????)
耐性:90 (????)
理力:110 (????)
敏捷:40 (????)
スキル:ウォークライLV1・電磁気力制御魔法Lv1・陽陰の身蔭Lv―・日の御蔭Lv5
霊体拡張に必要な生体エネルギー値:750
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(え……?ステータスが上がったのは嬉しいけど、日の御蔭がどうして倍以上にレベルが上がってるんだ!?今年3回しか変身してないよな?キララザカ女学院の入学試験と、この学園の前期試験と後期試験の時だけだ)
「ミコトくーん、あたしのデータが更新されてないんだけど」
困惑しているとソフィアがエクスデバイスのスクリーンを覗き込んできた。
ミコトは咄嗟にスクリーンロックして腕を背中の裏に隠す。
「ちょっと!人の画面を勝手に見ないでくださいよ!」
その慌てぶりにソフィアが怪訝な表情をするのは当然といえよう。
俄然興味を惹かれた様子となる。
「なあに?あたしに見られて困るものでもあるの?待ち受けの画像がエッチなやつだったとか?」
「そんなわ……け、」
(いや、そういうことにしておこうかな。ソフィアさんにいじられてもこれだけは秘密にしなければ)
「あります。恥ずかしいんで見ないでください。今夜中には更新データを送っておきますから」
「ふーん。ミコト君の好みのタイプって気になるけど、今日はやめておくわ。用兵に深追いは禁物だものね」
珍しく素直に引き下がったソフィアに安堵する。
ただ、どこか不信感を持たれたような気がしてならなかった。
気を取り直し、二人は当たり障りのない会話をしながら購買部へと向かう。
「どうして僕たちが一位ではないんだ!おかしいだろう!」
屋内に入るなり、学生課から怒声が響いてきた。
ミコトとソフィアは何事かと顔を見合わせる。
「説明いたしますので落ち着いてください。確かにあなた方のパーティーはフロアボスを一体撃破していますし、下位のダイアウルフの討伐数も学年最多です」
「そうだ。だというのになぜパーティーリーダーの僕が首席に選ばれない」
「現在の首席内定者は単独で達成しているからです。知っての通りパーティーの人数に応じて点数が算出されますから、実績は超えていても点数差はかなり離れているんです。ご理解ください」
「単独でだと!?あり得ない!あり得ない!あり得ないッ!」
一目で一級品とわかる藍色の鎧を装着した、ミコトと同い年ぐらいの少年が事務員に食って掛かっている。
少年はかなりの美男子だった。長身で金の巻き毛を綺麗に撫でつけた、外面だけを評価するならば立派な紳士である。
優しく振舞いさえすれば多くの女性を蕩けさせそうな端正な容姿をしているのだが、憤激に満ちた悪鬼の形相とあっては台無しだ。
今にも襟首を掴まんとする剣幕に、一般人の事務員は完全に怯えていた。
「一体誰だと言うんだ!名前を教えろ!これは明らかにデータの改竄だぞ!不正を見逃してはおけない!」
「本人の希望により非公開としております。また、当該学生は首席特権の全てを放棄しており、次席に譲渡する手続きをしています。メモリのプロテクトが完璧なのは申し上げるまでもないことですが、仮に不正だったとしても得られるものが進級の単位以外にありません。加えて、当日に試験対象のモンスターのドロップアイテムの換金を行っていますし、複数の学生からダンジョンでの目撃証言が上がっています」
不正でない証拠は十分。
少年は首席に選ばれた学生のアリバイはどうでも良くなったらしい。
特権の譲渡という部分に反応して激しい怒りを募らせた。
「ふざけるな!首席特権を譲るだと?舐めやがって!そんな屈辱的な話、受けられるか!おい、職を失いたくなかったら今すぐその学生の名前と住所を教えろ!できないとは思うなよ。僕の父はこの国の上院議員なんだからな」
尊大な態度からの権力を笠に着た脅迫にとうとう事務員の心が折れかける。
言われるままにして職権を逸脱した行為を行い、それが発覚すれば、懲戒免職にはならないにせよ、減給や降格等の処分は免れないだろう。
事務員は奥にある上司のデスクを振り返るが、彼はトイレに行くと宣言して席を立ったまま戻ってこない。
恐らく少年が学生課を去るまで原因不明の腹痛を患い続けることだろう。
失職か、始末書か。
万事休すかと思われたその時、救いの主が現れた。
少年のパーティーメンバーである。
「よせ、フィリップ。彼女を脅したところで結果は覆らないんだ。だったら次の試験で首席になれるよう精進すればいいだろう」
巻き毛の少年を諫めたのは灰色の髪に黒眼が特徴の少年だ。
フィリップが高慢で自信に満ちた美男子ならば、こちらの少年は謹厳実直を絵に描いたような、誠実さを感じさせる美男子である。
黒い眼には年齢よりも大人びた包容力と芯の強さが宿っている。
彼が激情家傾向のあるリーダーを支える影の実力者であるのは、二人並べた時の貫禄の違いから明らかだ。
「ルイス」
「ああ。どうしても納得できないのか?」
「当たり前だ。ソロでフロアボスを倒せる冒険者がいてたまるものかよ」
「いるものは仕方ないだろう。現実を認めろ。首席の学生については一応心当たりがないでもないんだ」
「何?知っているのか?」
「直接の面識はない。だが、噂通りなら並の強さではないだろうな。人智を超えていると言ってもいい」
「勿体ぶってないで教えろ!誰なんだ?」
詰問されたルイスという名の少年は、「名前は知らないんだ」と前置きして通り名の方を口にした。
「鋼鉄姫。鋼の武者。アイアンメイデン」
「……アイアンメイデン?女なのか?」
「らしい。俺たちと同じくらいの年の、この世の物とは思えないほどに美しい女の子なんだそうだ」
「何だそれは?集団幻覚でも見たんじゃあるまいな」
「2度もか?君はネットを見ないだろうから知らないと思うが、前期試験でも彼女の目撃証言が上がっているんだぞ」
ルイスがエクスデバイスを操作して学内ネットワークを開くと、雑談掲示板は件の姫の話題で持ち切りになっている。
彼女について語る者たちの書き込みは浮世離れしていると言ってよかった。
中央では珍しい東洋人であることや、独特の巨大魔具を扱っていることが、ミステリアスさに拍車をかけているようだ。
才能、容姿、家柄、財力、権力。
全てを併せ持って生まれ、神の寵愛を受けたのだと堂々と公言して憚らないフィリップには、他人が神格化して扱われ、あまつさえ崇拝を受けているのが許せなかった。
その地位は自分のためにあるものなのだ。
(女など裸に剥いて撫でてやるだけで容易く雌に堕落する下等生物ではないか。今に見ていろ。その虚飾に彩られた化けの皮、僕が剥いでみせてくれる)
「……ふん、時間を無駄にした。今からダンジョンに行く。次こそは後れを取らん」
フィリップは肩を怒らせながら外へと大股に歩く。
内心では見下している女から、本来は自分が勝ち取るべき栄誉をまるで無価値なものでも扱うかのように下賜されたことが、煮えくり返るような怒りを蓄積させていた。
苛立ちの矛先は無関係の人間へと向けられる。
通路の脇にどいていたミコトにだ。
「邪魔だ!どけっ!雑魚が!」
フィリップがミコトを腕で突き飛ばす。
優れた装備の品質に見合った高いレベルの持ち主なのだろう。
彼の力はミコトが尻もちをつくほど強かった。
「キミッ!」
このような乱暴狼藉をソフィアは黙って見て見ぬふりなどできない。
八つ当たりで人をいきなり突き飛ばすなんて!ひどいじゃない!と抗議しようとする。
そこへフィリップの連れであるルイスが割り込み、申し訳なさそうに頭を下げてきた。
「こちらのリーダーがすみません。俺が誠心誠意お詫びしますのでどうか矛を収めていただけますか?リーダーには俺から強く言ってきかせますので」
ルイスはミコトの前に跪いて手を差し出した。
ミコトはその手を握り返して立ち上がる。
「駄目よ。本人の口からちゃんと謝らせないと意味がないわよ」
ソフィアは仲間がいわれのない暴力を受けて我慢のきく人間ではない。
フィリップからの誠意ある謝罪を求めた。
「いいんですソフィアさん。別に怪我をしたわけじゃないんで」
人と事を荒立てるつもりのないミコトはソフィアを止める。
「ん、まあ……ミコト君がそう言うんなら……」
ソフィアは渋々ながらも大人として分別を見せた。
ルイスが腰を折って深々と頭を下げているのも功を奏したのだろう。
だが、フィリップはルイスの努力を水泡に帰するかのような罵声を浴びせてきた。
「おい!ルイス!いつまで下民どもに油を売っているつもりだ。僕の時間の価値はこいつらよりも高いんだぞ。早く来い!」
ソフィアの堪忍袋の緒が切れる。
被害者であるにも関わらずミコトはデートやらプレゼントの約束やらをして必死に彼女を宥める役を負うことになった。
キララザカ女学院の入学試験でミコトはセーラー服着てます。
ほどほどの成績で合格してます。




