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16話 レベルアップ

 昨日に引き続き"分解者の楽園"にやってきたミコトとソフィア。

 2人は購買部から無料でレンタルしてきた、鉄パイプに穂先をつけただけの槍でひたすらマッドネスローチを突き殺していた。

 ソフィアはデビューたった二日目にして目覚ましい進歩を遂げ、マッドネスローチの神経が集中している箇所を的確に貫き、無駄なく一撃で屠っている。

 恐らくは昨日ミコトと親睦会をした後、調べものをしていたのだろう。

 才女の面目躍如たるに相応しい働きである。


 死体に群がってくるモンスターがいなくなって、二人が小休止をとろうとしているところを見計らい、小狐丸が(あるじ)に声をかけた。


『装者殿、レベルアップに必要なエネルギーが貯まったであります』


 ソフィアは待ってましたといった表情でデバイスのスクリーンに目を向ける。


「お?ようやくこの時がやってきたか。早速やって頂戴」

『御意であります!』


 ソフィアがレベルアップを果たすと、同時にミコトのデバイスデータも更新される。


 ===============================


 レベル:2

 クラス:スカウト

 保有生体エネルギー:霊体(15/2800) デバイス保管カセット×2(0/1000)(0/1000)

 保有魔力:(80/130)

 筋力:60

 体力:70

 耐性:60

 理力:120

 敏捷:100


 スキル:気配探知Lv1・開錠Lv0・隠密Lv1・狙撃Lv1・土魔法Lv0・火魔法Lv0


 霊体拡張に必要な生体エネルギー値:180


 ===============================


「おー、強くなってるわ。数字を見ただけじゃ実感できないけど」

「かなり伸びがいい方ですね、ソフィアさん」

「そうなの?」

「ええ、それにレベルアップしても全く伸びない部分があったりしますから。全体的に向上しているのはすごいです」

「えへへ、好きな男の子に褒められると嬉しいわね」

「それはどうでもいいとして、まだ余裕なら別のダンジョンに移動してみませんか?レベル3~5ぐらいならいけると思います」

「好き好きアピールをスルーされるのは流石におねーさんでも堪えるわよ」


 ミコトの素っ気ない態度に渋い顔で苦言を呈するソフィア。

 ただ、別のダンジョンへのお誘いについては快い返事を返した。


「でも他のとこに行くのは大賛成。物足りないのよね、工場の流れ作業をやってるみたいで。強くなるにはその過程に何かしらのドラマがあったっていいと思うのよ」

「別にドラマなんてなくてもいいでしょう。堅実が一番ですよ」

「はーい。現場は安全第一だものね」


 そんなわけでミコトとソフィアは"分解者の楽園"を出て、ダンジョンレベル5“探求の地下砦”にやってきた。


「ここからはモンスターも積極的に襲ってきます。用心してください」

「了解。なんというか大体の人が思い浮かべる典型的なダンジョンって風景ね」


 二人がいるのは幾何学的な模様が施された石造りの回廊だった。

 誰が設置しているのか、壁に火の灯った燭台が等間隔に並んでいる。


「出没するモンスターもベタですよ。ゴブリンとスライムですから」

「うん、そいつらの動きは学内ネットワークに配信されてる動画で勉強していたわ。けど実戦に想定外の問題は付き物だから慎重にいくわね」

「いざという時は俺を盾にしてください。ゴブリンとスライムの攻撃なら耐えられますから」

「メイン盾来た!これで勝つる!」

「俺は黄金の鉄の塊ではできていませんから、ここより上のダンジョンではあてにしないでくださいね。ここは5層までの構造になっています。今日は欲張らず一層で頑張りましょうか」


 コツコツとブーツがタイルを叩く音が回廊に反響する。

 やがて視界の先にT字路が見えてきた。


「ミコト君。左の通路に敵の気配があるわよ。曲がってすぐのとこかな。モンスターが角待ちなんて戦術を使うの?いやらしいわねえ。こういういやらしいことをしてくるのはゴブリンに決まってるわよ。いやらしいことしか考えてないモンスターなんだから」


 ソフィアが声を潜めてそう告げると、ミコトは戦闘に備えて表情を真剣にした。


「どういう先入観なんですかそれ。まあ十中八九ゴブリンでしょうね。数は分かりますか?」

「ん、魔力の反応を分析するに3体分かしらね。それより多いってことはないと思うわ」


 恐らく奇襲の準備は万端であろう通路の先を二人の双眸が見据える。


「どうしますか?」

「こっちからアプローチかけたいところだけど現代火器が無しじゃねえ。仮に手榴弾がアリだとしても爆発音でフロア中のモンスターが大挙してやってきたら困るし。ミコト君は何かプランある?」

「ソフィアさんに頼ってもいいですか」

「勿論よ。何でも言って頂戴」

「ギリギリのところまで偵察をお願いします。気づかれて追ってくるようならそれでよし。撤退してそのまま俺に押し付けてください」


 ごく単純な陽動だ。

 ソフィアのスカウト技能と素早さに期待した戦術である。


「来なかったら?」

「敵の術中に嵌るのは承知の上でレベル差でごり押しします。俺が特攻をしかけて暴れますよ。ソフィアさんは後ろから援護射撃を」

「その作戦に従うわ。それじゃ一旦あたしが先行するわね」


 ソフィアが足音を殺して曲がり角に接近する。

 そして、慎重な動作で角を覗き込んだ。

 彼女の碧眼と、たまたま上を見上げていた小鬼の視線が衝突する。


(可能なら一発入れようかと思ってたけど、気づかれたわね!撤退!)


 ソフィアは身を翻すと少し離れた位置で待機中のミコトへと駆け寄る。

 3体のゴブリンが奇声を発しながら粗末な木の棍棒を片手に追いかけてきた。

 女一人ならどうにでもなると思っていたのだろうが、その見通しは甘かったと言わざるを得ない。


「ナイスです!ソフィアさんは俺の後ろへ!磁力制御マグネトロンコントロール――磁波鍍装(タケミカズチノツルギ)!」


 ゴブリンから見れば巨人としか思えない甲冑の戦士が、自分たちのものより遥かに大きく頑丈な得物を手に仁王立ちしている。

 彼らの足が一瞬竦む。


 ミコトは踏み出して金棒を横に薙ぎ払うようにスイングした。

 ゴブリンたちは身軽さを生かして咄嗟にジャンプしてこれを躱す。

 ――だが、


「キィッ!」

「ギィッ!?」


 内2体が金属を擦り合わせたかのような悲鳴を上げ、うまく着地できずにタイルに尻を強打する。

 体をかすめた電流が身体能力を一時的に麻痺させたのだ。


「チャンスは逃さないわよ」


 射撃体勢をとっていたソフィアがクロスボウの引き金を続けざまに引いた。

 身動きのできない体にボルトが殺到する。

 単なる的となった彼らは滅多刺しとなり、そのまま動かなくなった。


「ギィッ!?ギギィッ!!」


 仲間の死を目の当たりにしたゴブリンは、今から逃走したとしても背中から狙い撃ちにされることを悟る。

 尻傷は戦士の恥だ。

 ならばせめて最期は潔く散ろう。

 破れかぶれになってミコトに猪突(チャージ)を仕掛けた。

 これに対してミコトの選択もまた猪突(チャージ)である。

 この争いが体重の重い方に有利に働くのは論じるまでもない。

 胸部に金棒の一撃を浴びたゴブリンは、トラックに跳ねられた小動物のように派手に吹き飛び、壁に叩きつけられて血糊を引きずりながら落下する。

 即死だった。


「ミコト君、今の騒ぎで右の通路からモンスターの気配が近づいてきてるわ。これはスライムかしら」


 T字路の中央に水色をしたボール状の物体が一つ飛び出してくる。

 バスケットボールほどのサイズだろうか。

 それが大きく体をへこませると、次の瞬間猛烈な速度で跳び跳ねてきた。

 時速160キロメートル近い、プロ野球選手の投球に匹敵する速度である。

  体の大部分を瞬発力のみに特化した筋肉と水分が占める特殊な生態であるからこそ成せる技だった。

 ソフィアの顔面を狙った魔のビーンボールが迫る。

 スライムの体重はおよそ20キログラム前後。

 この球速でまともにくらえば首の骨が折れかねない。


 ミコトはソフィアの前に庇うようにして立ち、金棒を盾にして攻撃を防いだ。

 直線的な弾道だったのが防御を成功させた要因と言っていいだろう。

 ぶつかり合う金属とゴム質の弾力をもつ筋肉の塊。

 二者の間に放電現象で火花が散った。

 直後、水色の球の方から煙が噴き出す。

 帯電した金棒から伝わるジュール熱がスライムの体を内部から焦がしていた。

 ミコトも少なからず電流を受けたはずだが、ダメージを受けた様子がない。

 金属鎧による静電遮蔽の効果が身を守っていたのだ。


 力なく床に落ちたスライムにソフィアがナイフを突き立てとどめを刺す。


「クリア。感知範囲に魔力反応なしよ」


 敵殲滅の報告を受けてミコトはソフィアを褒め称えた。


「うまくいきましたね。ソフィアさんのおかげです。俺一人じゃ素早いモンスターの処理は困難でしたから助かりました」


 ミコトがこのダンジョンに一人で行ったならゴブリンにはことごとく逃げられていたし、スライムの攻撃に防御が間に合わなかっただろう。


「お互いの足りないところを補い合えている感じだったわね。あたしたちいいパートナーになれそうだわ」


 ソフィアとミコトは互いの手を景気よく打ち合わせて鳴らし、先を進んだ。



 ◇◇◇



 ヤマト、キョウノミヤ。

 古都として歴史の趣を残した優雅な街並みはヤマトでも有数の観光地として知られている。

 その地に良家の娘のみが通うことを許される高校、いわゆるお嬢様学校というものがある。

 これは私立キララザカ女学院での一幕。


「本当にこの学舎(まなびや)を去られるというのですか?」


 学院長室というプレートがかけられた部屋で、黒髪をポニーテールにしている小柄な体型のセーラー服の少女と尼僧服の老女が向かいあっていた。


「はい、その意思にだけは変わりはありません学院長」

「担任から理由は聞いておりますが、やはり“お役目”ですか?」

「……はい」

「あなたはその任から解放されたはずですよ。ここにいる皆さんと一緒に勉学に励み、スポーツに打ち込む。一人の女の子としてごく普通の幸せを掴んで欲しいと望まれたのでは?」

「…………」


 少女は元々口数の多い方ではない。

 学院長が会話のイニシアチブをとって、表情の微細な変化から真意を量ろうとしていた。


「受け取った優しさに背くことになってもよいというのですね?」

「……学院長は引き留めるおつもりですか?」

「ええ。あなたのような将来有望な子が自分の力で進むべき道を見つけて巣立っていく姿を見届けたかった。そうなれば一教育者として本懐を遂げられるというものです。しかしながら、(わたくし)個人としては報いられるか否かに関係なく背中を押して上げたい気持ちもあります」


 学院長はそこで言葉を区切り、少し間を置くと、


「お慕いしているのでしょう?」


 穏やかな声音で言った。

 セーラー服の少女はその問いを黙殺する。

 ……いや、答えなかったというよりは答えられなかったのかもしれない。

 顔をつぶさに観察してみると微かに苦渋の色が滲んでいた。


「海外留学という扱いで籍を残しておきましょう。依怙贔屓はあまりよろしくないのですが、若者の未来を大人の都合で杓子定規に定めるのは好ましいとは言えませんから。あなたの迷いが晴れることを祈願しておりますよ」


 最大限の譲歩だろう。

 少女は学院長に静かに頭を下げて謝意を示した。


 退室して廊下に出ると、少女は途中で立ち止まり、窓の外を眺める。

 桜の並木道が生家のある街へと続いている。

 学院長の温情を受けるつもりはなかった。この景色はこれで見納めになるだろう。

 感慨と共に胸に刻む。

 叶うならこの通学路を――あのお方の側で歩きたかった。


「巫女様」


 少女は大切な宝物を扱うかのように、想い焦がれる名をそっと呟いた。






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