15話 依頼
ミコトたちの後ろから現れた妙齢の女性マリー。
白シャツの上に民族的な意匠が施されたポンチョを羽織り、ボトムにはダメージ・ジーンズを穿いている。
「マリーさんお久しぶり!」
ソフィアは持ち前の明るさで笑顔を浮かべ、マリーに向き直った。
どうやら互いに知己であるらしい。
「ソフィアちゃん昔から可愛い子だったけど、大人になってから本当に綺麗になったわね。お化粧やダイエットだけじゃこれは説明がつかないかな。恋でもした?」
あながちお世辞ではない口ぶりにソフィアは笑みを柔らかくする。
「えへ♪わかります?」
「いい男なの?」
「彼がそうよ。ミコト君っていうの」
そう言ってソフィアはミコトの腕を手繰り寄せて強めに抱きしめた。
『あててんのよ』というぐらい密着してくる。
マリーは足に抱き着いている幼女の頭を撫でながら微笑んだ。
「なるほど。どこかの誰かさんとは真逆のタイプの男の子ね。いいと思うわ」
そのセリフに足元の幼女が居心地の悪そうな複雑な表情をする。
「ソフィアちゃんの彼氏君、紹介するわね。私はマリー・ハルモニアっていうの。魔具の工房を経営しているわ。リチャードとは昔恋人だったのよ。今はただの友人だけどね」
マリーはリチャードと何度も交際と破局を繰り返している人である。
現在はリチャードの浮気癖について諦めの境地に達しており、友達以上恋人未満の関係を続けている。
「はあ……どうも。ミコト・ヒラガです。ソフィアさんとは一緒に戦う仲間で彼氏ではないです」
ミコトが自己紹介すると、ソフィアは「やーねーこの子は、こんなに仲がいいのに」と言って福助笑いを浮かべながら、抱いた腕に大胆に胸を押し付けてきた。
今は防具をしっかりと身に着けているので女体の柔らかさはあまり感じないが、思春期男子の精神衛生には非常によろしくない。
「あ、そうそうマリーさん。その子誰なのか知ってます?あ、待ってください!当ててみせますから!もしかして叔父さんとの間にできた子供とか?」
「ソフィアちゃん。いくらなんでもそれだけは絶対にないわ」
「えー、それもハズレ?なんだかここ最近クイズで正解した記憶がないなー。じゃあ結局誰の子なんだろー」
マリーは勿体ぶることはしなかった。
端的に告げる。
「この子はリチャードよ」
「え?」
「だからリチャードよ」
「え?え?ええーと、女の子にしては変わったお名前ね」
「あなたの叔父さんのリチャードよ」
「ええっ!?ええええええええええっ!?」
ソフィアはあんぐりと口を開いて驚きの悲鳴を上げた。
――5分後。
買取窓口を一旦閉めてバックヤードで詳しい話を聞こうという流れになった。
マリーは「仕事がたまってるから工房に戻らないと。リチャードのことお任せしていいかな?」と告げ、二人に託して帰っていった。
別段、批難に値する行動ではない。
マリーは今朝、電話で泣きついてきたリチャードの要請に答え、彼のマンションへと赴き、病院に連れて行き、今着ている幼女ボディに絶妙に似合う服と肌着の用意をしてやるなど甲斐甲斐しく世話を焼いていたのだ。
友人としての義理は十分に果たしていると言っていい。
ソフィアとミコトはそれを理解していて感謝の想いでマリーの背中を見送った。
現在3人はテーブルを挟み、椅子に腰かけて向かい合っている。
テーブルの上ではカップに淹れられたお茶が香ばしい湯気を立てていたが、誰も飲もうとはしない。
何から、どこから、誰から話したものか。
しばらく沈思する。
そこで先鋒を務めたのはミコトだった。
状況を整理するため、軽くことのあらましから説明しようと思っていた。
「昨日拾ったレアドロップがあったじゃないですか」
「ああ、あの胡散臭い見た目した果実?ミチャカフルーツっていったっけ」
「はい。リチャードさんはあれを食べて今の姿になったんではないかと。ダンジョンのアイテムには体に劇的な効果を及ぼすものがあったりしますから」
「おっさんが女の子になるなんて前例、存在するの?そりゃあたしは一般人だったけど聞いたことないわよ」
「俺も知りません。だからかなりのレアケースではないかと思います」
(リチャードさんには悪いけど食べることにならなくてよかった。幼女になってしまったら冒険どころじゃない)
「不思議なものねダンジョンって。うーん、でもにわかには信じがたいわねえ」
ソフィアはなおもリチャードに疑いの目を向ける。
マリーも最初はそうだったのだ。
電話口から聞こえる声は明らかに子供のもの。
すわ、さてはあの野郎。とうとう手を出してはいけない領域に突っ込んでしまったのかと戦慄したものだった。
ところが、駆けつけた先に女児誘拐犯リチャードの姿はどこにもなく。
そこに一人でいた幼女はマリーが好きな音楽や映画、酒の銘柄までも的中させ、本人ですら知らない背中にある黒子の位置まで当てて見せた。
口調がだいぶ変わっていたが、リチャードだと信じるよりほかなかった。
「考えてもみてくださいよ。こうして出勤してるってことは鑑定眼は失っていないってことなんでしょう。たまたまリチャードさんに共通した容姿の子供がここで仕事しているなんて都合のいい偶然あります?」
確かに偶然にしてはできすぎている。
現在学園が擁する鑑定士は2名のみ。
もう一人は高齢の男性である。
「まあね。鑑定士って結構狭き門らしいし。叔父さんの眼力を受け継いだ子だとしても他の業務についていくのは体力的に無理よねえ。とにかく強引に納得することにするわ。じゃ、本人の口から色々聞かせてもらうとしましょうか。叔父さん、実際のとこどうなの?」
問いかけられて、それまで顔を伏せてカップの液面を見つめていたリチャードが首を持ち上げる。
「ソフィアの彼氏が言ったことで正しいのです」
「彼氏じゃないです。リチャードさん」
「ミコト君、今はそのツッコミは控えましょうよ。話が進まないわ」
リチャードはこの二人結構お似合いだな――と思いつつ正面を見て、口を開いた。
「今朝、病院に行って精密検査をしてもらったのですが、医学的にも魔法的にも異常は何も見当たらないと言われたのです。普通の健康な女の子と言われたのです」
「治らないの?」
「染色体を後から変える方法があるなら逆に教えてくれと言われたのです」
「そらそうよね。まあ、健康だっていうんなら男に戻らなくたっていいんじゃない?可愛いし。うん、むしろ一生女の子でいた方がいいわよ」
ソフィアはニヤニヤと笑いながら言ったが、リチャードはテーブルをドンッ!と叩き、激昂した。
「ぜんぜんよくないのです!わたしはまだまだ、だきたりないレディがおおぜいいるのです!いますぐにでもおとこにもどれないとこまるのです!らいしゅうディナーをやくそくしていたクローディアとはどうすればいいというのですか!ホテルのさいじょうかいのスイートルームをよやくしているのですよ!どんなかおをしてうつくしいやけいをみればいいというのですか!」
幼女の非力な腕力だ。テーブルの振動は微々たるものでカップの液体は微かに揺れただけ。
迫力は皆無だった。
それに叩いた側の方がダメージが大きかった。
「あぅ……痛いのです……」
青い瞳にじわりと大粒の涙がにじむ。
ソフィアはその顔をハンカチで拭いてやりながら、
「別にいいじゃない。一緒にお食事してお泊りすれば。クローディアさんって人ならきっと可愛がってくれるわよ」
と気楽に言った。
当然それはウィンザ紳士の矜持をもつリチャードには聞き捨てならない発言だ。
「レディをエスコートするのは紳士のたしなみなのです!どこの世界に幼女の姿でデートを楽しむ紳士がいますか!」
「いるじゃない。ここに。おめかしするならあたしが手伝ってあげるわよ。うんと可愛くしてあげる♪」
――話はいつしか状況を確認するものから、今後どうするかに話題が移ったが、平行線を辿っていた。
すぐにでも男に戻らなければと気炎を吐くリチャード。
男に戻らなくてもよくない?女の人生だって楽しいわよと主張するソフィア。
ミコトは中立のまま話の成り行きを静観していた。
やがてリチャードが結論を述べる。
「究極の霊薬"ソーマ"があれば治るかもしれないのです!でも滅多に市場に現れないし、買おうとすると小国の国家予算並のお値段がつくのです!だからソフィア!責任を取ってダンジョンからソーマを入手してくるのです!わかったですね!」
ミコトとソフィアの冒険に新しい目的が追加された。




