14話 ボトムズ
ソフィアは自動ドアを通過するなり、購買部へと大股に歩みを進めていく。
「おっじさーん、会いに来てやったわよー。あら?」
明るい声を上げながらカウンターの前までやってくると、そこにはいつものウィンザ紳士ではなく10歳にも満たないであろう美幼女が座っていた。
深窓の令嬢が普段着にしていそうな、紺のフォーマルワンピースを着ていて、頭に純白の大きなリボンをのせている。
「ソ、ソフィア!」
その娘はソフィアの名前を呼び、アーモンド型の大きな瞳を驚きに見開いて、背をのけぞらせた。
(茶色い髪に青い瞳。リチャードさんと特徴が一致しているな。結婚はしてないってソフィアさんから聞いていたから、もしかして親戚の子だろうか)
ミコトがそんな感想を思い浮かべているとソフィアは、
「キャー♪何なのこの子!小っちゃくてすっごくカワイイんですけど!」
ずかずかとカウンターの内部まで侵入し、幼女を高い高いをするように抱き上げた。
「ふえぇ!やめろ!やめるのですソフィア!」
「んー、確かにあたしはソフィアだけど、どうして名前を知ってるのかしら?」
(あれ?ソフィアさん、この子が誰なのか知らないのか。でも女の子の方はソフィアさんを知っている。どういうことだろう?)
あっさりと推理が外れて虚を突かれるミコト。
「ん~、キミってどことなく叔父さんの面影があるわねぇ。あ!キミのパパってもしかしてリチャードっていう名前だったりしない?」
(叔父さん、隠し子がいたのかー。まあ、あり得ない話じゃないわよね。あれだけ大勢と付き合ってたら一人くらいは本気になって子供を産みたいって人がいてもおかしくないわよ)
そのように推理するソフィアだったが、これもまた否定されてしまう。
「ちがうのです!わたしのパパはウィラードと言うのです!」
「え?それってあたしのおじいちゃんの名前じゃない。マジマジ?ってことはキミ、あたしの叔母さんなの?」
(どっひゃー!驚いたわ!おばあちゃんは15年前にとっくに亡くなってるから、その後おじいちゃんが若い女の人とこさえた子供ってことになるわよ。男の人ってお年でも勃つもの勃つもんなの!?)
「それもちがうのです!わたしがリチャードなのです!」
「はあ?あっはっはっは!面白い冗談を言うわねえこの子!ますます気に入ったわ」
「うう……信じてもらえないのです……」
(あたしのパパは可能性から除外するとして、おじいちゃんか叔父さんか、どっちの子かしらねー)
「ね、キミのお父さんかお母さんはどこかなー?話を聞かせてもらいたいんだけど」
幼女の言葉を全く真に受けていないソフィア。
この時ミコトは幼女の正体に確信をもっていた。
むしろ彼でなくば本人の主張を信じるのは難しかったであろう。
(ダンジョンで拾ったあの果物のせいかなあ。俺以外に性別が変わる人なんて初めて見たけど)
ここでミコトは遅ればせながら助け船を出してやることにした。
「ソフィアさん、その子、本当にリチャードさんかもしれませんよ」
ミコトがそう言ってやるとリチャード(仮)の表情がパッと輝く。
だが、
「あはは、ミコト君案外ひょうきんなところあるわねえ。男が女の子になるわけないじゃない。口調だって全然違うし」
ソフィアは聞く耳持たず幼女の顔に頬ずりをし始めた。
「えうぅ、離すのですソフィア」
「ピッチピチの肌だわー。赤ちゃんみたい。羨ましいなー。これが30代のおっさんの肌だったら世の中の女全員が首を吊るわよ」
(やっぱり信じてくれないな。かといって俺が目の前で変身して実例を見せるわけにもいかないし)
次鋼鉄姫に変身したら男に戻れるまで2週間か?1か月か?はたまた一生女のまま戻れずじまいか?
そうなったら非常に困る。
(どっちみちソフィアさんにだけは知られたくないなあ。あの人の性格だ。絶対面白がるに決まっている)
「百歩譲ってこの子がリチャード叔父さんだって認めるなら、下についてるものがついてないとおかしいわよ。どうかな?確かめちゃおっか」
ミコトが逡巡している間にソフィアが幼女のスカートをめくろうとする。
(おいおい、それは力ずくでも止めないとダメだろう)
性犯罪一歩手前にまで走り始めた相棒を止めるべく動き出そうしたところで、
「ソフィアちゃん、おいたはそこまでにしてもらえるかな?平気で浮気する最低野郎でも今はか弱い女の子だから」
背後から制止を求める女の声が割り込んだ。
振り向くと銀色の髪を編み込んで垂らしている褐色の肌をした美女が立っていた。
言われた通りに下ろしてやると、幼女は「マリー!」と叫び、その女性の方まで駆け寄ろうとして、転ぶ。
「あうう……」
「こんな狭い場所で走ったら危ないわよリチャード」
マリーと呼ばれた女性は幼女を優しく抱き起こし埃で汚れた顔をハンカチ拭いながら窘める。
そして、
「久しぶりね、ソフィアちゃん。元気してた?」
と言って艶然と微笑んだ。




