13話 狂える悪魔
ミコトとソフィアがパーティーを結成した翌朝の7時。
「うー、しんどい。体がだるいわ。ミコト君、あたしの分代返しておいて……」
「まだ講義は始まってないですよソフィアさん」
学生食堂の朝食の席でソフィアはぐったりとテーブルに突っ伏していた。
調子が悪いのは二日酔いが原因ではない。
心身にのしかかる疲労だった。
「完全にダンジョンアタックを甘く見ていたわ。装備を担いでの行軍。そこに命懸けで戦う緊張感を足すと短時間でも体にとんでもない負担がかかるものなのね……」
余程ストレスに強い人でもない限り初めはこうなる。
ソフィアが体調を崩すであろうことをミコトはあらかじめ予見していた。
「帰還してからしばらくの間は気が張っていて平気だったでしょうけど、疲れって翌日に遅れてくるものなんですよね。こればかりは慣れるしかありません」
「うん、体力が全然足りないって実感したわ。学生時代にワンダーフォーゲルかアマチュア冒険者でもやっとけばよかったかなあ」
過ぎたことを今更悔やんでもしょうがない。
足りないものはこれから求めていけばいい。
さしあたって栄養補給から取り掛かるべきだろう。
「食事、できます?とってきますよ」
「食べるー」
「何にします?」
「カレーライスとサラダのセットがいい」
「ちょっと待っててくださいね」
席を立ち、食券機へと向かった。
購入した食券と引き換えにして出てきた料理のトレイを運ぶ。
「おまちどおさまです」
「ありがとう」
ミコトもソフィアと同じメニューにして席を往復した。
「「いただきます」」
二人ともヤマト式の作法に則って手を合わせてから、匙を握る。
黙々とカレーを食べ始めた。
料理が残り三分の一ほどになった頃、ミコトはソフィアが水を飲んで一息ついた時を狙って話しかけてみた。
「ソフィアさん、今日はどうしますか?」
昨日の約束では食事の後、ダンジョンアタックに取り組むつもりだったが反故にせざるを得なさそうである。
体調が悪い時に無理は禁物。
どの職業でも当たり前の話だが、健康状態が仕事の成否を大きく左右する冒険者には重みがまるで違う。
ソフィアは少し考えるようにして目を瞬かせると、
「ダンジョンに潜るわよ」
疲れた様子を隠せないながらもやる気を見せた。
(大丈夫かな?)
ここは老婆心を発揮して止めるべきか。
引き留め役になって欲しいとリチャードから頼まれている。
「いくらなんでも無謀では?」
「もちろん今の体調じゃ戦えないのはわかってる。だからお昼まで休ませてもらってもいいかしら?」
「それだけで本当に戦えるんですか?今日は一日休んだ方がいいんじゃ……」
なおも心配を重ねるミコトにソフィアは「安心してちょうだい」と人差し指を立てた。
「秘策があってね」
「秘策?」
ソフィアがエクスデバイスを操作してアイテムボックスアプリを起動させる。
異界から取り出したのは一本の栄養ドリンクの瓶のようだった。
「じゃーん、コレよ」
「クレイジーデーモン・クアンタム?」
ラベルにそう書いてあった。
世界各地に工場を構える有名な製薬メーカー、“ニコラ・フラメル”のロゴが入っている。
「滋養強壮効果に優れたダンジョン産の薬草をふんだんに使った医薬品でね。どんな疲れもたちどころに吹っ飛ぶ優れものよ。通常品のカロリー2倍、カフェイン2倍、魔力回復成分2倍、お値段2倍、男の人ならあっちも2倍にかっとビング!ってね」
怪しさ満点の説明を聞いてミコトはクレイジーデーモン・クアンタムを胡乱な眼差しで睨んだ。
よく観察してみると瓶の中身が青白く発光している。
今までに様々な冒険者用の医薬品のお世話になってきたが、蛍光色の液体が詰まった内服薬だけはお目にかかったことがなかった。
(放射性物質でも入ってるんじゃないだろうな……)
「これ、おかしな副作用とかないでしょうね」
「死ぬほどのものはでないはずよ」
全然安心できなかった。
ダンジョンアタックをするかしないかは体調の経過次第で判断すべきだろう。
無理を押してでも行くと言うようなら、また相撲でもして決着をつけてやればいい。
「ひとまず午前中は休んでもらうということで」
「ええ、迷惑をかけるわね」
「気にしないでください。仲間ですから持ちつ持たれつです。復帰できそうになかったら遠慮なく言ってくださいね」
そう締めくくって5時間後。
「ソフィアちゃん、完 全 復 活!」
『コンディッション!オールグリーン!装者殿ファイトオー!であります!』
ソフィアは甦った。
(この人の場合元のテンションが高いから、素なのか薬の効果でハイになってるのか区別がつかないな)
「さあ!ミコト君エッチするわよ!」
(さあ!ミコト君ダンジョンに行くわよ!)
『装者殿、本音と建前が逆であります』
「逆でも問題ないわ!どっちも本音よ!」
『マジですか……とんだビッチでありますね……』
(正気じゃないっぽい)
小狐丸がツッコミに回らざるを得ないほどのソフィアの豹変振りから確信する。
完全に悪魔の薬の支配下に置かれているようだった。
「元気そうで何よりです……。出発しましょうか」
「オーキードーキー!」
ミコトは狂える悪魔と化したソフィアを伴い学園の敷地を移動する。
その道中でソフィアがおもむろに口を開いた。
同時に妙に熱っぽい目でこちらを見てきている。
既視感があった。エロいこと考えている目だ。
「そうだ、ミコト君、エッ――」
「エッチならしませんよ」
「元気な子を産むわ」
「人の話聞いてました!?」
「キミが産め。あたしの子を」
「DARK悪魔と会話している気分になってきましたよ!」
「大丈夫、キミなら産める気がする。ミコト君から若い子宮の息吹を感じるもの」
「そんなものあってたまるもんですか!」
マッドネスな会話で調子を掴んだソフィアはヘラヘラとした表情を幾分か引き締める。
「ミコト君、おねーさんが悪かったわ。ステイステイ」
「がるる……」
ソフィアはクレイジーデーモン・クアンタムの作用で高揚したテンションを無理矢理に抑え、真面目な話題を持ち出す。
「冗談はここまでにしておくとして。ダンジョンに入る前に叔父さんに顔見せに寄って行っていい?」
「いいですけど。……その本題を切り出すのにさっきの茶番必要でした?」
「ミコト君と夫婦漫才しないと1日が始まった気がしなくて」
「俺とは昨日が初対面でしたよね!?」
「言葉の綾よ。ミコト君と過ごした時間が何十日にも感じるぐらい濃密だったってことで」
それはミコトも同感だった。
むしろ一人ぼっちの期間が長かった彼にとってソフィアと他愛のない会話をしたこと、一緒に冒険したことは一際充実した時間だった。
「まあ、俺も同じ気持ちですけど……」
満更でもなさそうにはにかんで答えると、
「やった!ミコト君がデレたわ!」
ソフィアがガッツポーズをとって快哉を叫んだ。
「デレてません。先に購買部に寄ればいいんですよね」
「そうね、稀代の浮気男の面を拝んでから冒険に行くとしましょうか」
頷きを交わして二人は購買部の建物に入っていった。




