59話
「……というわけでして。向こうからもお肉とかお野菜とか、他にも材料になる物を出してくれるそうですけど……」
「そうか。うまいものを食えるのはいいな」
相談のしがいがないにもほどがある。
炊事場だ。
女神は思わぬ大役を突然仰せつかった混乱から、勇者に相談をしていた。
他の子はそれぞれ仕事中であり、仕事のない魔王や影武者はお昼寝中なので、勇者以外に相談相手がいなかったとも言える。
いきなり捕まえられた勇者は、嫌な顔ひとつせず、女神の対面で腕を組んでいた。
腕を組んでいるだけで、考えてくれているのかは、よくわからない。
彼はいつだってぼんやりしたような表情をしていて、内心が読み取れないのだ。
「それで女神、なにを食えるんだ?」
「あの……その相談を今しているところです……」
「そうか。でも俺は別になにも思いつかないぞ。俺は食べるのは好きだが、食べ物を考えるのは苦手なんだ」
「……まあ、そうでしたよね」
以前、この勇者からも『歓迎会をしたいけどなんかない?』と言われたのだ。
その時は苦心の末『お好み焼き』を発案したが……
「なんか、名付け師さんはその……非常に不審だったんですが……なんとなく、警戒心は抱かなかったんですよ」
「そうか」
「理由がわかりました。あの人、どことなく勇者様に似た感じがするんです」
「そうか」
「……」
「……」
女神は壁に向けて話しているような気分になってきた。
勇者は指揮官タイプではなく兵卒タイプなので、命令されればなんでも遂行してくれるが、自分からアイディアを出すのを苦手としているのであった。
「勇者様、食べたい物なにかありますか?」
「難しい。この世にあるありとあらゆるうまい物はなんでも食べたいぞ。この世になくったってうまい物なら食べたいぞ」
「では逆に、食べられない物などは?」
「俺はなんでも食うんだ」
「…………」
きちんと会話をしているはずなのに、とてつもない徒労感を覚える。
なんだろうこの……この、これ。
「選択肢が広すぎて、逆になにも思いつかないんですよね……今までは限られた材料の中からやっていたので、急に自由を与えられると……まして『魔族が一つになるための儀式』とか言われてしまうと責任で胃が重く……」
「そうか」
「なぜ神サイドにいる私が敵対しているはずの魔族統一を推進せねばならないのかという疑問はまあ、魔王さんとの縁があるのでおいておくにしても……そんな大事なイベントの料理のプランニングなんか、私の担当から大きく外れるんですよね……」
「やりたくないなら、俺がやるか?」
「勇者様、なにかアイディアが?」
「女神、俺が冒険をしていて得た知識があるんだ」
「なんでしょう?」
「だいたいの物は、焼けば食える」
「…………」
「これはすごい発見だと、俺は思っている。焼くって、すごい。女神がやるの嫌なら、俺に任せろ。すべてを焼いてやる」
放火魔みたいなこと言い出した。
そんなことしたら親睦パーティーが別の意味で炎上してしまう。
「……あーでも、そうか。バーベキュー……うーん……」
「なんだ、焼くのは不満か」
「不満というわけではないんですが……バーベキューのキットを人数分用意するのは、さすがに私の懐がきついので……」
調理器具や調味料などは、女神が実費で買っているのだ。
家族で食べるぶんならばそろえられもするが、さすがに大人数のパーティー用、しかも一回しかやらないであろうイベント用にお金を出すのははばかられた。
女神とて無限の財力を持っているわけではないのである。
「……でも女神、網と火があればいいんだろ? 網と火ぐらい、どこにでもあるんじゃないのか?」
「炭火と焚き火だとちょっと事情が変わってくるというか、香りとか味の面以前に、炭火でないと火力調整が難しいですし……あと、暮らしている中でわかったんですけど、みなさん、野菜も肉も食べていい状況だと、肉ばっかり召し上がるじゃないですか」
「そうなのか」
「……そうなんです。だから野菜と肉を同時に食べられるような配慮をしたいなって」
「肉が好きなら肉ばっかり食べてもいいんじゃないか?」
「そこはその、親睦のためのパーティーなので……各人が用意した材料を満遍なく全員の口に入れたいというか……私がこだわっているだけかもしれませんけど……」
「女神はいつも難しいことを考えるな」
「……まあ、そうかもしれません。考えすぎじゃないかって、自分でも思うんですけど」
「でも、俺はそういうのいいと思うぞ」
「……そうでしょうか?」
「俺には難しいけど、女神が考えてるのは、たぶんみんなのためだっていうのは、わかる。それはすごくいいことだと、俺は思うんだ」
「……」
「でも、考えてても仕方ない時もあるぞ」
「……はい」
「じゃあ行くか」
「はい?」
女神は首をかしげた。
勇者は立ち上がり、こちらも首をかしげた。
「魔族の集落に行かないのか?」
「えええ? ど、どこでそういう話に?」
「なにをしていいかわからないんだろ?」
「……はい」
「それは、自分になにができるかをわかってないからだ」
「……」
「ダンジョンとかで迷った時も、『道がいっぱいある』って思ってるとますます迷うけど、道が何本あるかをしっかり覚えながら、一つ一つ潰していったら、最後はゴールにたどりつく。そういうことをやろう」
「……ええと」
「魔族の集落で、どんな食い物が手に入って、どんな調理器具があるか、見に行く」
「……」
「そしたらたぶん、できることとできないことがハッキリして、方針が決まるぞ」
「……なるほど。おっしゃる通りです」
「行くぞ。女神は道を知らないから、俺が案内する」
「あ、は、はい。よろしくお願いします。その、そこはサンダルでも行けますか?」
神はサンダルしか履いてはならないというルールがあるのだ。
そのせいで過去、ミノタウロス牧場に出向いた時なども、草が足にチクチクしてかゆかったし、その後はほとんど外出をしないようになってしまった。
勇者は腕を組み、目を閉じて考えこむ様子を見せた。
そして、おもむろに女神の座っている席の横に移動すると――
「よし、来い」
――背中を向けて、しゃがみこんだ。
勇者は女神をおぶる気のようだった。




