027 因縁
「ディオン様!」
声がした方向に一瞬だけ視線を送れば、メリーがシュヴァルツを大事そうに抱えてこちらへ走って来ていた。
そしてまだ少し離れた場所から、シュヴァルツを俺の手元へと放り投げる。
「助かった!」
受け取ると同時に鞘から抜き放ち、セグリットの一撃を受け止める。
しかし俺が戦う際には必須な竜魔力強化を施している間がなかった。
純粋な力比べなら、当然セグリットの方が上。
勢いのまま支えきれなかった俺は、そのまま玄関先を転がる羽目になった。
「がっ……!」
「ほら見ろ! やっぱり僕の方が上だ! 上なんだよ!」
じわりと、胸の底から再び黒い感情が滲みだしてくる。
これはあの時と同じだ。
(飲み込まれては駄目だ……!)
太ももに爪を立て、痛みによって正気を保つ。
そしてシュヴァルツを支えに立ち上がり、改めてセグリットと向き合った。
「……そもそも僕は、セントラルで貴族として生まれたんだ。その時からすでに選ばれた存在だったんだよ。魔力の量だって他人とは桁が違う。剣術の才能だって聖騎士団の連中ですら僕には敵わないはず。お前のような田舎生まれのゴミクズとは立場が違うんだ」
こいつはユキが俺と同郷であることを知っているはずなのに、よくもまあそんなことが言えたものだ。
「けど……お前も運がよかったね、その竜に拾ってもらえて。何故お前のような役立たずが黒の迷宮を攻略できたのか、アビスさんに教えてもらってようやく理解できたよ。とんだ卑怯者だったってわけだ」
「……それはお前もだろ」
「一緒にするな! このゴミクズがッ! 特別な存在である僕には竜という偉大な存在から施しを受ける権利がある! 資格がある! お情けで力を分けてもらったお前とは違うんだ!」
分かっていたことだが、もう話は通じないらしい。
目が完全に据わってしまっており、明らかな錯乱状態にあることが見て取れる。
アビスによって力を与えられ、こいつの中の何かのタガが外れてしまった。
「……一応言っておくが、冒険者同士の殺し合いはご法度だぞ。ギルドマスターが黙ってない」
「知るか! 相手が何であろうと、僕の邪魔になる奴は全部消してしまえばいい!」
「ああ、そうか」
――――よく分かったよ。
向こうが殺しに来るのであれば、こっちも全力で迎撃するしかない。
「竜魔力強化……!」
エメラルド色の光が俺を包み込む。
それと同時に、魔力を生み出す臓器である魔臓と呼ばれる臓器の辺りから、いつもとは違う感覚がした。
しかし、それに構うだけの余裕はない。
「っ……!」
床を蹴り、セグリットを屋敷から遠ざけるべく剣を押し込む。
驚きの表情を浮かべた奴と共に、俺は勢いに任せて庭の地面を転がった。
「ディオン……私も」
「エルドラたちは手を出さないでくれ。こいつとは、いい加減決着をつけなきゃいけないらしいから」
セグリットと正面から睨み合う。
思えば、パーティを組んでいた時間はそれなりに長いものの、こうして全力で戦うことは初めてだ。
癪に障るが、奴の戦法は理解している。
ただそれもアビスの力を得た今のセグリットにどれだけ当てはまるか――――。
「吹き飛べぇぇええええ!」
セグリットの振り上げた剣から光が噴き出す。
そして奴自身の体から滲みだした黒い魔力が白い光と入り交じり、二色の魔力を灯す剣を作り上げた。
「混沌なる斬撃!」
「っ!」
奴の剣から放たれた斬撃は、地面を抉りながら俺へと迫る。
それを認識した時には、俺はすでに魔力を充填したシュヴァルツを振り抜いていた。
「黒ノ斬撃!」
二つの斬撃が拮抗する。
しかし想像以上にアビスから得た力が大きいようで、俺の斬撃は徐々に奴の斬撃に飲み込まれていった。
「ははははははははっ! ほら! やっぱり僕の方が優れてる!」
――――だが、馬鹿正直に力比べするほど、俺は己の力を誇示するつもりはない。
斬撃自体で視界を塞ぎ、俺はセグリットの真後ろへと移動した。
「なっ――――」
「遅い」
思いっきり剣を振り抜く。
その一撃はとっさに振り返ったセグリットの体を鎧ごと大きく斬り裂き、後ろに後退させることに成功した。
「つぅ……この卑怯者がァァァアア!」
「……お前は戦いを何だと思っているんだ」
「戦い⁉ 戦いだと⁉ これは戦いじゃない! 僕による蹂躙劇だ! 君は抵抗せず地べたを這いずり回ってればいいんだよ!」
セグリットは声を裏返らせながらも怒声を吐き捨てる。
その間に、どういうわけだか俺のつけたはずの傷がじわじわと塞がり始めた。
「再生能力……?」
「ふっ、そうさ! これもアビスさんの力が僕に適応したことによって生まれた能力! お前ごときの攻撃じゃ僕の内臓すら傷つけられない!」
奇しくも回復魔術によって即座に体を修復する俺と同じような状態になっているようだ。
どこまで行っても癪に障る。
「お前に勝ち目はない! 大人しく死に晒せぇぇ!」
「……っ」
こいつを殺すには、この程度の火力では足りないということか。
俺はシュヴァルツを地面に突き刺し、拳を構える。
おそらく斬撃などの綺麗な傷では簡単に再生してしまうはずだ。
再生を少しでも阻害するためには、打撃などの砕くような攻撃が必要になる。
まず馬鹿正直に一直線に距離を詰めてくるセグリットの一撃を、体をそらしてかわした。
奴の攻撃は一々大振りで、目を強化している間は避けるのも容易い。
「くっ……ちょこまかと!」
「……二十秒、竜ノ左腕」
「ごっ――――」
横薙ぎの斬撃を潜り抜け、脇腹に左腕を叩き込む。
甲高い音と共に鎧が砕け、さらに肉を捉える感触が拳に伝わってきた。
肉を潰し、体の芯に打撃が通る。
そして次の瞬間、セグリットの口から血が溢れ出した。
「ごほっ……こんの……ゴミクズがッ!」
血を吐くこともおかまいなしに、セグリットは再び剣を振り抜く。
まだ再生しきっていないからか、その攻撃は今まで以上に避けやすい。
紙一重で刃を避け、セグリットに肉薄する。
「竜ノ右腕」
「がっ……」
今度は右の脇の下に打撃を叩き込む。
鎧を砕き、さらには骨を砕く感触。
奴の口から赤い泡がぶくぶくと溢れる。
「き――――貴様ァ」
「竜ノ左腕」
「ぎっ」
「竜ノ右腕」
「おぐっ……!」
竜ノ左腕、竜ノ右腕。
両腕を何度も何度も振るい、セグリットの体を何度も何度も叩く。
セグリットの体が跳ね、仰け反り、くの字に折れ曲がった。
そしてついに、奴の意識が大きく揺らぐ。
(ここで終わらせる……)
俺は今まで以上に大きく腕を引き絞り、多量の魔力を拳へと集める。
「百秒ッ! 竜ノ剛腕ッ!」
ほとんどすべての魔力を込めた一撃を、セグリットの胸の中心に叩き込む。
その一撃によってすでに機能を保っていなかった奴の鎧は完全に砕け、胸部の骨すらも完全に砕け散った。
意識が途切れていたセグリットに踏ん張る力などあるはずがなく、奴の体は何度も地面を跳ねながら吹き飛んでいく。
「はぁ……はぁ……」
俺の体からエメラルド色の光が収まっていく。
ずいぶん魔力を使ってしまったようだ。
もはや竜魔力強化を保っていることすらできない。
「だが……これで――――」
息を切らしながら、吹き飛んだセグリットへと視線を向ける。
確実に致命傷となりえる一撃だったと、拳に残った手応えが言っていた。
これでようやく奴を殺すことが――――。
(殺す……? 俺が?)
途端に手が震えだす。
急速に頭が冷えたことで、自分のしたことが鮮明にフラッシュバックした。
自分の意志で、俺は誰かを殺そうとしたのだ。
「――――はははは、はははははははははは!」
そんな俺の思考を遮るように、聞こえるはずのない笑い声が響き渡った。
そして、心臓すらも破壊したはずのセグリットの体が、ゆっくりと起き上がる。




