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023 暗い夜道へ

「――――で、早速事情を聞かせてもらおうかね。当の本人のディオンが放心状態みたいだし、説明はお前に任せるよ」


 レーナさんはユキに視線を送りながらそう告げる。


「……セグリットが私に対してパーティに戻ってくるように言った。しかしその言い方があまりにも侮辱しているようにしか捉えられなかったため、ディオンが私の代わりに奴を撃退した。それだけの話だ」

「それだけの話だ、じゃねぇんだよ」


 さらっと説明しようとしたユキに対し、レーナさんの鋭い眼光が向けられる。

 

「いいか、あたしら冒険者は自分の力にちゃんと責任を持たなきゃならねぇ。ムカついたからっておいそれと暴力をふるっていいわけじゃねぇんだよ」

「っ、だが――――」

「お前らが考えるべきなのは時と場所だ。こう言っちゃなんだが、別にあたしらの目が届かないところで好きにやる分には何も言わねぇんだよ。ただ今回に関してはあまりにも街のど真ん中過ぎるし、これでまた多くの一般人に対して"冒険者は野蛮な連中"って印象を与えちまった。そのせいでお前ら以外の冒険者が割を食うことがある。ランクトップ層のお前らはなおさら立場ってものを考えなきゃならねぇんだ」


 次第に冷静さを取り戻してきた俺は、レーナさんの言葉を重く受け止めていた。

 これまで何度もセグリットを殴ってやりたいと思ったことはあれど、実際に手を出したことはない。

 そんなタガが簡単に外れてしまったことが、何よりも恐ろしい。


「あたしにゃギルドマスターとして冒険者って立場の人間たちを色んな意味で守る義務がある。他の連中の手前、お前らだけ特別扱いはできねぇ。多少の罰は与えるが、理不尽だなんて思わねぇでくれよ? これも荒くれ者だらけの冒険者業に規律を生むためだ」

「……チッ」


 ユキの苛立った様子の舌打ちが響く。

 続く言葉が出ないということは、彼女にももう反論はないということだ。

 もちろん、俺に反論なんてあるはずがない。

 この要求がどうしても嫌なら、冒険者をやめてしまえばいいのだ。

 ダンジョンに潜れなくなってもいいのなら、だが――――。


 ただ、一つだけ聞かなければならないことがあった。


「……レーナさん、罰を受けるのは俺だけでいいですよね?」

「ん? ああ、まあそうなるな。直接暴力をふるったのは間違いないわけだし。多少の罰金程度は覚悟しとけよ」

「意外と軽い罰ですね……」

「幸いその辺りの処分を決めるあたしがお前らの事情を理解してるしな。さすがに殺しちまってたらこんなもんじゃ済まなかったけど」


 その後レーナさんは棚から取り出した書類にいくつか文字を書き込み、俺へと手渡す。

 受け取った俺はその書類に書かれた金額の罰金をこの場で支払い、彼女はそれを懐にしまい込む。


「よし、この金は後でセグリットに手渡しておく。もう帰っていいぞ」

「……待て、一つ聞きたい」


 帰宅を促すレーナさんの目の前に、いまだ不満げなユキが躍り出る。


「んだよ? まだ納得できねぇのか?」

「いや、ディオンの処分に関してはもう納得した。今更駄々をこねる気もない。だがセグリットの方はどうなんだ。ディオンをダンジョン内で殺そうとした以上、未遂とは言え罰を受けるのが筋ではないのか?」

「……止められてんのよ、奴への干渉は」

「何だと?」


 突然ユキよりも不機嫌な表情を浮かべたレーナさんを見て、俺は察する。


「聖騎士団からですか?」

「何だ、お前らも事情は知ってんのか」

「クリオラから直接聞きました。聖騎士団がセグリットを餌にして"虚ろ鴉"の確保に動いていると」

「それを知ってんなら話は早いわ。要はでかい秘密結社を壊滅させるために、その鍵になる可能性があるセグリットの罪はすべて見逃されているって訳。こっちも特別扱いしたくてしてるわけじゃねぇんだよ」

 

 聖騎士団は自分たちが貴族出身であったり高貴な身であることを誇りに思っており、荒くれ者の多い冒険者を見下している節がある。

 故に彼らと冒険者は仲が悪い。

 レーナさんも例に漏れずあまりいい印象は抱いていないようだ。


「つーかお前ら、今後もセグリットの動向については気をつけろよ?」

「何故私たちが気にしなければならないんだ」

「何度もダンジョンに挑戦して何度も失敗しているせいで、あいつの軍資金は尽きかけてるらしい。そのせいでだいぶ荒れてるって噂だ。お前ら――――って言うか、ユキに接触してきたのもお前の貯蓄目的かもな」

「……どこまでも腐った男だな」


 軍資金が尽きかけているという話で、ようやくセグリットが焦っていた理由が理解できた。

 ここまでは完全に聖騎士団が描いたシナリオ通りに事が運んでいる。

 セグリットの金が底を突けば、再び月幸草を用いた薬物販売に手を出す。

 都合がいいように聞こえていたそんな思惑が、まさに現実になろうとしていた。


◇◆◇

「ちょ、ちょっとセグリット! 飲み過ぎよ⁉」

 

 そんなシンディの声が、酒場特有の活気によってかき消される。

 ジョッキに並々と注がれていた酒を一気に飲み干したセグリットは豪快に口元を拭うと、自分に対して注意してきた彼女を睨みつけた。


「うるさいな。いいだろ、酒くらい」

「で、でも……」


 セグリットに好意を抱いているシンディは、彼に嫌われたくないあまり強い言葉をかけることができない。

 例えその行為が間違いなく間違っていると分かっていても。


「……セグリット、それ以上の注文はまずいです。いよいよ資金が底を突いてしまいます」


 見かねたクリオラが注意すると、彼は拳をテーブルに叩きつけて怒りをあらわにした。

 

「だからうるさいんだって! 大体金がないならお前たちの武器を売ってくればいいだろ! どうせ最前線で戦うのは僕なんだ! お前たちにそんな高価な物が必要なわけないだろ!」

「なっ……! これがあるから強い魔術が撃てるのよ⁉」


 シンディは自前の杖を守るかのように抱きかかえる。

 その姿を見て、セグリットはさらなる苛立ちを見せた。


「はっ、杖一つでたかが魔術師のひ弱な魔術が強くなるわけがないだろう。現にシンディ、君の魔術じゃAランクの魔物たちを仕留められていないじゃないか。昨日潜ったダンジョンに出てきた魔物だって、全部僕の剣で仕留めたんだからな。役に立たない杖なんて早く売り払ってきてくれないか? このままじゃ僕の装備が買えないんだ」

「っ……最っ低!」

「……僕に向かってよくもまあそんな口が利けたもんだな」


 突然席を立ったセグリットは、シンディの顔面を拳で殴りつけた。

 さすがにそこまでされるとは思っていなかった彼女は、その拳を受けて勢いよく床を転がる。

 

「シンディ⁉」


 慌てて席を立ったクリオラが彼女の下に駆け寄り、回復魔術を施す。

 いつの間にか酒場の中も静かになり、彼らは訝しげな視線の中心に置かれていた。


「セグリット! 最近のあなたは目に余る行動が多すぎます!」

「クリオラ、君まで僕に意見するのか? そこの役立たず魔術師ならともかく、君の回復魔術はまだ使えるんだ。僕に殴らせるような真似はしないでほしいね」


 いまだ苛立ちを隠せない様子のセグリットは、ふてぶてしく椅子に座り直す。

 そしてジョッキの中に酒がないことを確認した彼は、深いため息とともに店員を呼んだ。


「おい! もう一杯持ってこい!」


 その声に反応して歩み寄ってきたガタイのいい店主は、腕を組んだままセグリットを睨みつける。


「……あんちゃん、そろそろ周りの迷惑考えてくれねぇか」

「何?」

「テメェのせいで気持ちよく酒が飲めねぇ奴らがいるんだよ。暴れんなら店から出てけ」

「この僕を追い出す? ふざけるなよこのクソ店主が! 僕はセグリット・スパルーダ(・・・・・)! 栄誉あるスパルーダ家の息子だ! 貴様のような薄汚いクズが命令していい相手じゃないんだぞ!」


 店主に殴りかかろうとしたセグリットだったが、その途中でふらついてしまい、拳は空振りに終わる。

 傷は治ったものの、ディオンに必要以上に殴られた体にはダメージが残っていた。

 そこに許容量を超える酒が入ったことで、現在彼の平衡感覚はかなり狂ってしまっている。


「クソっ! 忌々しい! クリオラ、支払いは任せたぞ」

「ど、どこへ行くんですか⁉」

「君に言う必要はない」


 クリオラの問いを冷たく突き放し、セグリットは酒場の出入口から暗い夜道へと消えていった。

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