021 回復魔術と混ざりもの
ひとまず、絶対安静と言われた一週間が経過した。
屋敷の外に出て、俺は自分の体の具合を確かめる。
「――――よし」
入念に体をほぐし、俺は一つ頷いた。
目覚めた直後に感じていた気怠さなどは長い間意識を失っていた弊害だったらしく、今はもう存在しない。
体の調子もすこぶる良く、今まで以上にいい動きができる予感がする。
(何でだろうな……ろくに動いてなかったのに)
言われた通り、目覚めてからここ数日間は激しい運動を控え、動くにしても屋敷の周辺を散歩する程度にとどめていた。
その割には力が漲っているというか――――まあ、動かな過ぎて知らず知らずのうちにフラストレーションが溜まっていたのかもしれない。
「準備はできたか、ディオン」
「ああ、もういつでも行けるよ」
俺は待たせていたユキとエルドラと合流し、敷地から出る。
これから俺たちは、回復魔術をさらに鍛えてもらうためにケールさんの店へと向かう。
二人が同行するのは、万が一にも再びアビスが襲撃してきた時のためだ。
聞くところによると、奴は"虚ろ鴉"の長を名乗る男と組んでいるらしい。
しかし向こうが二人でも、エルドラとユキがいてくれれば数で有利が取れる。
常に付き添ってもらうようなことはさすがに避けたいと思っているが、アビスの力をこの身で味わった以上、さすがにもう一人で立ち向かうだけの勇気は湧いてこない。
「ディオン、調子はどう?」
「ん? 別におかしい感じはしないけど……どうした?」
「……ううん。何でもない」
明らかに何でもなくはないと言った様子で、エルドラは顔を逸らす。
ここ一週間何事もなかったというのに、俺の体がまだ心配なのだろうか?
大袈裟だと言って安心させてやりたいところだが、それだけ彼女らが俺を見つけた時の状態が酷かったのだろう。
きっと俺がエルドラだったら、同じような心配をしていた。
二人と共に、ケール薬店の扉を潜る。
相変わらずの薬臭さに顔をしかめていると、店の奥からどこか楽しげなケールさんが現れた。
「来たね、坊や。面を見る限りは元気そうじゃないかい」
「その節はありがとうございました。おかげで今のところはいい調子です」
「ならよかった」
「それにしても……何故俺の回復魔術を鍛えるなんて話が?」
「坊やの回復魔術にちょっと興味があってね。見た所、私の扱う回復魔術とはどこか違うように見えたんだよ」
ケールさんの回復魔術と、どこか違う?
疑問を抱いた俺は、自身の手に視線を落とした。
俺の回復魔術は、育ててくれた爺さんが教えてくれたもの。
それまで魔術という物に触れたことがない俺は当然違和感なんて抱かなかったし、村を出た後も何人かの回復魔術師に出会ったが、自分の魔術がおかしいなんて一度も感じたことがなかった。
だからそう言われたとて、俺の中ではしっくりこない。
「回復魔術であることには変わりないんだけど、うーん……そうさねぇ。回復魔術に、何か別の力が混ざっているような違和感って言えばいいのかな」
「エルドラからもらった竜の力が作用してる、とか?」
「だったら、私が感じた別の力からはその子の香りがするはずだよ。それがないってことは、ここにいる誰にも分からない未知の力ってことになる」
未知の力と言われて、増々俺は首を傾げる羽目になった。
ケールさんの言う通りなら、俺の中に自分でも知らない力が眠っていることになる。
ただの村人だった俺にそんな力が宿る理由がない。
「坊やの回復魔術はどうやって覚えたものなんだい?」
「育ての親の爺さんから教わりました」
「教わった物かぁ……じゃあその人の教え方が悪かったわけでもなさそうだ」
俺はケールさんの言葉に対して頷く。
爺さんは寡黙な人で決して多くは語らなかったが、間違ったことをする人ではなかった。
それはユキも証明してくれることだろう。
「ふぅむ……一応実際に確認させてもらってもいいかい?」
「え?」
ケールさんはカウンターの引き出しから小さなナイフを取り出すと、自分の腕を切りつけた。
あまりにも唐突な行動が故に、俺は彼女の腕から滴る血を呆然と眺めることしかできない。
「ほら、治しておくれ」
「あ……はい!」
慌ててケールさんに駆け寄った俺は、彼女の腕にヒールを施した。
すぐさま緑色の光が傷口を包み込み、綺麗さっぱり消すことに成功する。
「……これで何か分かりましたか?」
「んー……そうさねぇ」
ケールさんは自身で傷つけた部分を何度か指で擦ると、顔を上げた。
「ちょっと調べものがしたくなってきた。回復魔術を教えるのは今度でも構わないかな?」
「え? あ、ああ……それは大丈夫ですけど」
「場合によっては、私じゃどう足掻いても教えようがないこともあり得るからね。何か分かればまたこっちから連絡を入れるよ」
「分かりました」
話はそれだけだと言いたげに、ケールさんは店の奥へと引き返していく。
回復魔術を教わることができなかったのは残念だが、それどころではないかもしれない問題が浮上してきた以上は仕方ない。
俺はエルドラとユキを促し、店から出ようと踵を返す。
「――――あ、もう坊やの体は大丈夫そうだから、冒険者活動は再開していいよ。もちろん無理はしないようにね」
「……それを聞けて安心しました。ありがとうございます」
そのことを言うために足を止めてくれたケールさんは、最後にウィンクを残して改めて姿を消した。
店を出た俺たちは、そのまま街を歩く。
「回復魔術に違和感か……ディオンとは村からの長い付き合いになるが、そんなもの微塵も感じたことがなかったな」
ユキの言葉に、俺も頷いた。
少なくともクリオラの使う魔術とは大した差はなかったと思う。
「心当たりが一つもないってことは、俺たちで考えても仕方ないってことだ。詳しいことは全部ケールさんに任せて――――っ」
そうして会話しながら歩いていると、突然俺たちの目の前に立ちはだかるように鎧を着た男が現れた。
俺はその男を見て、反射的に顔をしかめる。
「っ……セグリット」
「いい御身分だな、穀潰し」
相変わらずシンディとクリオラを連れている彼は、酷く不快そうな目で俺を睨む。
しかし意外にもセグリットは俺から目をそらし、一つため息を吐いた。
「はぁ……まあいい。今日は貴様に用があるわけじゃない」
「は?」
「ユキさん、あなたにお話があります」
セグリットはユキへ顔を向け、そう告げた。
対するユキは俺よりも深く深く眉間に皺を寄せると、寒気がするような視線でセグリットを睨み返す。
「……何だ。事と次第によっては貴様を目の前から排除することも厭わないが」
「そ、そんな……僕とあなたの仲じゃないですか」
そう言いながら、セグリットはなよっとした笑顔をユキへと向ける。
一体どんな仲があるというのだろう。
明らかにユキはセグリットのことを嫌っているのだが。
「んんっ……僕らも暇じゃないので、単刀直入に言わせてもらいます」
「貴様、私をおちょくって――――」
「ユキさん、僕のパーティに戻ってきませんか?」
セグリットはユキの発言を遮るようにして、どこか焦った様子でそう問いかけた。




