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014 望まぬ再会

「結局……降ってきたな」


 ちょうど買い物を終えた店のテントの下で、俺は空を見上げてつぶやいた。

 予想した通り、天気は瞬く間に激しい雷雨になっている。

 生憎すぐに止むようなことはなさそうだし、このまま帰らなければならないようだ。


「メリー、ローブの心地はどうだ?」

「はいっ! 肌ざわりがとても気持ちいいです!」


 うーん、そういうことを聞きたかったわけじゃないのだが————まあいいか。

 すでにメリーは俺が買い与えた雨を弾くローブを身に纏っており、頭には可愛らしくフードが被せられている。

 こうしてローブを着ていれば、全身びしょ濡れになるようなことは避けられるはずだ。


「荷物も革袋に包んでもらえたし、ささっと帰るぞ」

「はい!」


 雨の中でも楽しげなメリーと共に、俺は屋敷へ向かって歩き出す。

 五感を失いかけていた彼女にとって、こうして雨が体に当たる感覚すら嬉しい物なのかもしれない。


 とは言え、雨に当たり続けることがいいこととも思えないわけで。

 俺たちの足並みは、自然と少し速まった。


 ————雨の音と、俺たちの足音だけが響く。


 土砂降りのせいか、通りに人影は少ない。

 というか、まったくないとまで言い切ってもいいレベルだ。

 商品がしけってしまわないように、ほとんどの店が外に出していた物を中へと回収していく。

 こうして、街から人の気配が消えていった。


「人のいない道って、こんなに広く感じるんですね」

「そう……だな」

「ディオン様?」

「あ、いや……何でもない」


 俺は表情を取り繕い、メリーに笑顔を返す。

 

 どういう訳か、俺は今の状況に恐怖を覚え始めていた。

 人の気配が消えていく。

 店の中や、家の中へとこもっているからではない。

 完全に俺たちの周りからいなくなってしまったかのような、直観にも似た何かが頭から離れないのだ。


「————よぉ、人間(・・)


 その時、まるで全身の肌を嬲るようなおぞましい声が、鼓膜を震わせた。

 一つの瞬き。

 そうして再び視界を取り戻した瞬間、目の前には彼女(・・)が立っていた。


「どうして……お前が」

「言ったじゃろう。そう遠くない内に顔を出すと」


 黒い髪、黒い衣。

 漆黒に包まれたその姿を、この俺が忘れられるわけがなかった。


「神竜————アビス……ッ!」

「アビス様と呼べ、下等種族め。まあ、今日のところは我も機嫌がいい。この程度の無礼は許してやるとするかのう」


 相変わらず嬉しげに、楽しげに、愉快げに、アビスは笑った。


「俺に何の用だ」

「そう睨んで邪険にするでない。我は貴様に話があって来たのじゃ」

「話だと?」

「うむ。しかし……そこの娘は(・・・・・)邪魔じゃな(・・・・・)

「ッ⁉」

 

 アビスの指先がメリーに向けられたその瞬間、俺は隣にあったその小さな体をこの手で突き飛ばしていた。

 直後、高所から地面に叩きつけられたかのような衝撃が全身に駆け抜け、呼吸もままならぬまま、勢いよく地面を転がる。


「ディオン様!」

「ほう、今のに反応したか」


 攻撃を受けた。

 それだけが認識できて、それだけしか認識できなかったのは、今のたった一度の攻撃で俺の意識は瞬間的に飛んでおり、全身の骨が砕け、間違いなく致命傷に匹敵するダメージを受けていたからである。

 とっさにヒールを発動させていなかったら、俺の意識は戻ってこなかったはずだ。

 そう自覚した途端、尋常ではない脂汗が額に浮かぶ。


「娘を守るまでは予想していたが、まさか生きながらえるとはのう。我としては一度殺しておきたかったんじゃが」

「殺すって……話をしに来たんじゃなかったのか?」

「話など、殺した後でも遅くはなかろう?」

「っ……それじゃ遅いって」


 アビスはからかっているつもりなのかもしれないが、俺としては冗談では済まない内容だ。

 どうやらこいつは、ここで俺を殺そうとしているらしい。


「まあよい。ともかく、エルドラに見初められたお主の力を見せてみよ。我がお主を壊しきってしまう前にのう」

「……くそっ」


 逃走は————まず無理だろう。

 

 不気味な笑みを浮かべつつも、アビスには隙がない。

 今でさえ、俺が指の一本でも動かそうものなら、その瞬間に首を刎ねられてしまいそうだ。


「ディオン様……!」


 視界の端に、メリーの姿が映る。

 

 そうだ、とにかく彼女だけでも逃がさなければならない。

 このままではアビスの気まぐれで殺されてしまう。


「何じゃ、この娘が気になって集中できないか? それならそうと早く言え。今すぐに目の前から消してやろう」


 邪悪な魔力が、メリーに向けられる。

 その威圧感だけで、彼女はその場に張り付けにされたかのように動けなくなってしまった。

 あれだけ楽しげだった表情が、恐怖に染まっている。


「————ッ! 竜魔力強化(ドラゴンブースト)!」

「おっと……」


 俺は自分を奮い立たせ、アビスへと飛び掛かった。

 振りかぶって叩きつけたはずの拳は、容易く受け止められてしまう。

 しかし、これでアビスの意識は俺から外せなくなった。


「メリー! 逃げろ!」

「で、でも……」

「時間を稼ぐ! 急いでエルドラとユキにこのことを伝えてくれ!」


 そう叫んだ直後、アビスは受け止めた俺の拳を腕力だけで握り潰す(・・・・)

 肉が潰れ、骨が砕ける。

 体が一気に冷えるような激痛が駆け抜け、気づけば俺は言葉にならない声を上げていた。


「おいおい、せっかくお主一人のところを狙ったのに、そりゃ連れないじゃろ」

「喧しい……ッ! 七十秒(・・・)ッ!」

「ハッ! 出だしから大技か!」


 残った方の拳に魔力を込め、真っ直ぐアビスに向けて振り抜く。


竜ノ左腕リンクス・アルム・ドラッヘ!」


 その拳を、何故かアビスはその胸で受け止めた。

 鈍い音がして、彼女の体は二メートルほど後退する。


 たった、二メートルだけ。


「ほう、威力はそれなりじゃな」

「ふざ、けんな……!」


 思わず悪態がこぼれる。

 俺が今一撃に込められる魔力の、ほぼ限界値をつぎ込んだ一撃。

 それをまともに受けてなお、その体には傷一つつかない。


 しかし今の攻防で、メリーが駆けだす隙を作ることができた。


 一心不乱に駆け出す彼女の背中を見て、俺は一つ息を吐く。


「これですぐにエルドラたちが来る……いくらお前でも、あいつとの正面衝突は避けたいんじゃないのか」

「そうじゃのう。我とエルドラがまともにぶつかれば、双方無事では済まぬ。最悪死ぬかもしれんな」


 アビスは視野にすら入れていないかもしれないが、ユキだってエルドラに匹敵する大きな戦力だ。

 二人が来てくれれば、きっと切り抜けられる。


(っ……情けねぇ)


 二人に頼らなければならない自分が、心底憎い。

 これではユキに守られていた前の自分と同じではないか。


 悔しくて、悔しくて————こんな気持ちにさせた目の前の化物に、殺意すら湧いてくる。


「うーむ。エルドラが来るまで、短く見積もっても五分はかからないじゃろうな。我としてもこの期に奴の相手をするのは避けたい」

「だったら————」

「しかし、それはお主が五分耐えること(・・・・・・・)ができたのなら(・・・・・・・)、という話じゃ」

「ッ!」


 アビスが俺に向けて腕を振る。

 さっきと同じ攻撃だ。

 あの時は強化をしていなかったが故に何が起きたか分からなかったが、今の眼ならかろうじて捉えることができる。

 アビスは俺に向けて衝撃波を飛ばしていたのだ。

 魔術でも特殊能力でも何でもない。ただの純粋な風圧に近い何か。

 そんな規格外の攻撃が、再び俺に迫る。


 

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