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013 メリーのお願い

 メリーが使用人として屋敷に来てから、早くも一週間が経過した。

 今日も彼女は真新しいメイド服に身を包み、庭で洗濯物を干している。

 その様子は面倒臭い雑用をしているとは思えないほどに楽しそうで、どこか充実している表情を浮かべていた。


 ちなみに服装に関しては、エルドラが「これ可愛い」と言ったのがきっかけとなり、彼女の仕事着となっている。


「よく働いてくれるな、メリーは」

「ユキ……」


 窓から外を眺めていた俺の下に、ユキが近づいてくる。

 ちなみにエルドラは、せっせと洗濯物を干すメリーの仕事ぶりを一番近くで眺めていた。

 どうやら自分もやってみたいようで、時たま気の利くメリーがいくつか濡れている服を渡して、見様見真似で隣の物干し竿に引っかけさせたりしている。

 何というか、とても微笑ましい光景だった。


「ああ、ずいぶんと馴染んでくれたみたいだし……そろそろ一安心ってところだ」

「安心できる、ということは。そろそろ冒険者活動を再開する頃ということじゃないか?」

「……そう、だな」


 この一週間に関しては、メリーが馴染みやすいように俺たちと行動を共にさせた。

 家での仕事はあらかた覚えてくれたし、あまり長い期間でなければ任せてしまっても大丈夫だろう。


「ユキ」

「何だ?」

「三大ダンジョンに挑みたいって言ったら、反対するか?」


 Sランクダンジョンの代名詞、『紅蓮の迷宮』、『群青の迷宮』、『深緑の迷宮』。

 いまだ誰にも攻略されていないその最難関ダンジョンたちに挑もうと、俺は提案したのだ。


「リーダーは貴様だ。貴様が挑みたいと言えば、私もエルドラもついて行く」

「でもそれじゃ————」

「それに。ちょうど私も挑んでみたいと思っていたところだ」


 そう言いながら、ユキはまるでしてやったりとでも言いたげな顔を向けて来る。

 やはりユキには敵わない。

 俺は一度自分の頭を掻くと、残った方の手を決意のごとく硬く握りしめた。


「まずは短い期間で、紅蓮の迷宮の下見をしよう。無理はせず、物資が枯渇しない程度に攻略を進めてみる」

「攻略してしまえそうだった場合は、どうする?」

「十中八九そんなに上手くはいかないだろうけど、正直それが一番望ましいな。だけどあくまで初回は、余力を残す程度の攻略にしたい」


 いくらメリーに家のことを任せられるようになっていようとも、長く留守にすることがいいとは思えない。

 とりあえずは、三大ダンジョンとまで呼ばれるその難易度をこの身で味わうだけにとどめておく。


「あとでエルドラにも話を通そう。全員が揃う夕食の時がいいかな」

「そうだな」


 そんな風に俺たちが話していると、どこからか俺の名前を呼ぶ声が耳を打つ。

 聞こえるがままに窓から顔を出せば、メリーがどこか困った様子で俺に手を振っていた。

 

「何だろう? ちょっと行ってくる」


 ユキに断りを入れて、俺はそのまま窓から飛び降りる。

 行儀が悪いことは分かっているが、これが一番速いのだから仕方がない。


「どうした、メリー」

「申し訳ありません、ディオン様。この前買っていただいた食材の一部が雨季の湿気のせいなのか、いくらか駄目になってしまっていたことを思い出しまして……今一度買い物に行かせていただけないでしょうか?」

「あ、そうなのか……」


 レーゲンの雨季は、他の場所に比べてかなり降雨量が多い。

 川が氾濫した回数なんて例年のを数えていったらキリがないし、毎年それなりの備えをしておかなければ、農作物も悪くなる。

 それに加えて問題になりやすいのが、湿気によるカビの増殖。

 あまりこの地方で過ごしたことのない者は、食料が悪くなってしまう速度によく驚くらしい。

 メリーもその部類だろう。

 これに関しては責めることなどできない。


「分かった。じゃあ俺もついて行く」

「え⁉ そんな、ディオン様のお時間をいただくわけには……」

「まだメリーは街の構造に詳しくないだろうし、案内役は必要だろ?」

「うっ……申し訳ございません」

「時間が解決してくれることを謝る必要はないって」


 いずれはメリーも一人で買い物くらいできるようになるだろう。

 これまでの境遇のせいで体も本調子ではないだろうし、このくらいなら甘やかしの範疇にも入らない。


「ディオン、私も行きたい」

「あー、実はエルドラには別の頼み事があってさ」

「何?」

「せっかく洗濯物を干しきったタイミングで悪いんだけど、そろそろまた雨が降りそうなんだ。だから干した服とか、全部部屋の中に戻してほしい」

「……確かに、雲行きが怪しい」


 見上げてみれば、珍しく晴れていたと思っていた空に黒い雲が浸食を果たしていた。

 正直、雷雨になるのも時間の問題だろう。


「ユキにも協力してもらえば、すぐに終わると思う。頼めるか?」

「ん。ディオンの頼みなら、よろこんでできる。ユキにも声をかけてくる」

「ああ、頼んだぞ」


 エルドラは頼られたことが嬉しいのか、どこか軽い足取りで一度屋敷の中へと戻っていった。

 こういう姿を見せられると、やっぱり伝説の神竜とは思えず————これに関しては少し失礼か。


「あ、あの……メリーの仕事なのに、やらせてしまっていいのでしょうか」

「ん? ああ、普段ならそれはメリーに頼むよ。でも今は急ぎだし、頼れるモノなら何でも頼らないと駄目だ。メリーも困ったことがあれば俺でも、ユキでもエルドラでも、誰でも頼っていいんだからな」

「……はいっ、ありがとうございます」


 メリーは嬉しそうに笑顔を浮かべる。

 彼女も彼女で、俺より年上ということが到底信じられない幼さだ。

 いや、うん。これも失礼にあたるな。

 エルフという種族がすごいということで、お茶を濁しておこう。


 俺は一度屋敷に戻り、普段から愛用している黒いローブを羽織った。

 最悪雨に降られても、これさえ着ていればフードを被ることで濡れることを防げる。

 メリーに関しては、商店街で購入すればいい。


「じゃあ俺たちも行くぞ」

「はいっ!」


 メリーを連れ、街へと向かう。

 隣を歩く彼女は、洗濯物を干している時と同じように、どこか楽しげな様子を浮かべていた。


「雑用ばかりさせてしまってるのに、何だか楽しそうだな」

「はいっ。毎日見る物すべてが新鮮に感じられますし、メリーを暗闇から救ってくれたディオン様たちのために働けるのは、とっても嬉しいんです!」


 危ない。いい子過ぎて頭を抱えそうになった。

 

「ユキ様も何かある度に声をかけてくださいますし、エルドラ様はずっと近くで見守ってくださって……メリーはとても幸せ者です」

  

 何一つ冗談としない声色で、メリーはそう告げた。

 ユキに関しては確かにその通りで、何かとメリーの様子を気にする姿勢が見て取れる。

 年齢の差に関しては複雑な感情を抱いていようとも、どこか姉になったような感覚を覚えているのかもしれない。

 俺も何となくだが、妹ができたような感覚は持っていた。


 エルドラに関しては————うん。

 メリーのことも少なからず想っているだろうけれど、多分大半は興味から来る行動だと思われる。

 毎回自分がやりたそうにしているからな……。


「ディオン様は……声もかけてくださいますし、メリーを見守ってもくださいますし……その、メリーは自分が奴隷であることを忘れてしまいそうです」

「……忘れていいんだ」

「え?」

「何度も言うけど、俺たちはメリーを奴隷扱いしない。君も大事な仲間だ。だから今は色々と気を遣うように何か言うこともあるけど、いずれは四人が対等な立場にありたいと思ってる」

「対等な立場……ですか?」

「ああ。だから、メリーから何か言いたいことがあるなら、遠慮なく言って欲しい。日常生活とか、そういう面でこうして欲しいって言うのがあれば、俺たちもできるだけ改善するようにするからさ」


 俺がそう伝えると、メリーはどこか考え込むような姿勢を見せた。

 

「じゃあ、一つだけ」

「よし、どんと来い」

「危ないことは……あんまりしないで欲しい、です」


 俺は再び頭を抱えそうになる。

 その願いは、俺たち冒険者が叶えるにはあまりにも難しい内容であった。

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