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012 解呪

「……ヒール」

 

 手から緑色の光が漏れ、メリーの体を包み込む。

 こんなもので、生まれ持った呪印が消えるわけがない。

 

 しかしその光は、やがて金色に変化した。


 この色は、エルドラの髪色を想起させる。

 俺の回復魔術も、何か新たな影響を受けたようだ。

 金色に輝いていたヒールの光は、徐々に輝きを増し、そして眩いほどの白色へ————。


「……あれ、目が」


 メリーの眼に、光が宿る。

 徐々に焦点が合い始め、やがてその両目は俺を捉えるに至った。


「目がっ、見えます!」

「っ……そうか」

 

 俺は彼女のその反応を見て、ほっと胸を撫で下ろす。

 何が上手く作用したのか分からないが、メリーの呪いを治すことに成功したらしい。

 

 その瞬間、初めて竜魔力強化を使用した時と同じような感覚が体に駆け抜ける。

 激痛と、永遠に眠ってしまいそうなほどの倦怠感。

 俺はみっともなく、エルドラたちの目の前で膝から崩れ落ちてしまった。


「ディオン!」

「一体何が起きたと言うんだ……!」


 エルドラとユキが駆け寄ってくる気配がする。

 彼女らに体を支えられている中で、俺の意識は徐々に薄れ始めた。

 このままではまずい。自分自身の本能がそう確信し、俺の体は反射的にヒールを発動させる。


「かっ……は」


 消えかけていた意識が再覚醒し、体から痛みが引いていく。

 倦怠感は残ってしまったが、動けないほどではない。


「ディオン、大丈夫?」

「あ、ああ……おかしな回復魔術の使い方をしてしまったのかもしれない。今は何とか大丈夫だ」


 あのまま回復魔術を発動させられずに意識を失っていたら、どうなっていたのだろう。

 嫌な妄想が、頭をよぎった。


「あ、あの……」


 二人に体を支えてもらいつつ、俺のことを心配そうに見ていたメリーに対して、表情を取り繕い微笑みかける。


「俺は大丈夫だから。それより、メリーは体に嫌な異変とかはないか?」

「大丈夫です。よく見えるし、よく聞こえるし、よく感じます」


 彼女は嬉しそうに、自分の両手をこすり合わせる。

 どういう形であれこうして嬉しそうにしてくれるのなら、俺が苦しんだ甲斐があるというものだ。


「まさか……本当に解呪を?」

「商人さん、この子を購入させてもらえますか?」

「……ええ、かしこまりました。当初の話通り、金額はそのままでお譲りいたしますよ」

 

 唖然とした様子の奴隷商と契約を交わし、俺はメリーを相場よりもずいぶんと安い金額で購入することができた。

 

 ここで俺は、メリーが自分の奴隷であることを証明するための特殊なアクセサリーを選ばなければならない。

 そのアクセサリーが、万が一の時に彼女の動きを抑制する足枷となる。

 指輪やブレスレットは、水場での作業の時に邪魔になるかもしれない。

 そうなると、動く時に揺れたりして邪魔にならず、かつ指先などを使う際にも引っかからない物が望ましいと思う。


「どれになさいますか?」

「……じゃあ、これで」


 俺は奴隷商が並べたアクセサリー類の中から、奴隷のための魔術が施された赤い宝石が埋め込まれている"チョーカー"を手に取り、メリーへと歩み寄る。


「メリー、君は俺が購入した」

「はい……」

「この先君にやってほしいことは、俺たちの家の炊事洗濯、掃除だ。俺たちが冒険者として積極的に働いているうちは難しいかもしれないけれど、いずれは君を奴隷から解放することも約束しよう。だから————」


 ————これをつけてくれないか?


 チョーカーを差し出しながら、メリーにそう問いかける。

 すると彼女は丁寧にそれを手に取ると、ためらわず自分の首へと装着した。


「ディオン様は、メリーのことを助けてくださいました。メリーはメリーの生きる時間を使って、ディオン様に恩をお返しするだけです。これから、よろしくお願いします」

「……ああ、よろしく」


 メリーのお辞儀を、正面から受け入れる。

 そうして振り向けば、どこか安心した様子のエルドラとユキの姿が目に映った。


「一時はどうなることかと思ったが、無事に契約まで済んだな」

「ああ。その、二人にほとんど相談しないまま買うことになって悪かったよ」

「いいや、私は構わない。そもそも最初にメリーの存在を示したのは私だからな」


 確かにそれもそうだ。


「私も、ディオンが決めたのなら何の問題もない。それに、この子には少しだけ親近感が湧いている」

「……そうか」

「だから多分、仲良くできる気がする」


 俺がメリーを救おうと思ったきっかけも、多分エルドラが感じたものに近いものを感じ取ったからだ。

 エルフの里からの追放。

 背負うものの違いはあれど、俺とエルドラ、そしてメリーの境遇は共通点がないとは言い切れない。


「メリー、この二人が俺の仲間のエルドラとユキだ。これからはこの二人とも一緒に暮らすことになる」

「よろしくお願いします、エルドラ様、ユキ様」


 メリーはどこまでも素直な子のようで、きちんと気持ちのこもったお辞儀を二人に対して贈る。


「私はエルドラ。これからよろしく」

「ユキだ。これから世話をかけてしまうと思うが、よろしく頼む」


 とりあえずは難しいわだかまりもなく話が落ち着き、安心感がこみ上げてくる。

 こうして三人から四人になった俺たちは、奴隷市から外へ出た。

 これまで薄暗い場所にいた————というより、そもそも視力がほとんどなかったメリーは、眩しそうに空を見上げる。

 

「……綺麗」


 そうつぶやいたメリーの手を、俺は横から握る。

 

「まずは家まで案内するよ。その後、メリーに必要な物を買いにこよう。服とか、他にも欲しい物があったら遠慮なく言ってくれ」

「いいんですか……?」

「当たり前だ。仕事はしてもらうつもりだけど、俺たちはメリーを奴隷として扱うつもりはないよ」


 これに関しては、メリーだからではない。

 別の奴隷を買っていたとしても、どこに買われた奴隷よりも快適な環境に置くと心に決めていた。

 命を買うという背徳的な行為に対する、偽善者なりの最低限の配慮である。

 

「それこそ遊びたい盛りだろうし、絵本とか、そういうものでもいいからさ」

「あ、あの……そういう物は大丈夫です。ずっと前に卒業したので」

「え?」


 俺は、何か重大な勘違いをしていたのかもしれない。

 一つだけ、メリーに聞かなければならないことができた。


「その……聞き忘れていたけど、メリーって……何歳なんだ?」

「へ?」


 メリーは、きょとんとした顔で俺を覗き込む。


「えっと……26歳、です」


 ————年上だった。


「エルフは30歳になると急激に体が成長して、50歳で成人扱いされるんです。だから私なんてまだまだ子供で……すみません」

「い、いや、いいんだ。気にしないでくれ。うん」


 俺は思わず逃げ道を求めるように、ユキに視線を送る。

 すると彼女も俺と似たような何とも言えない感情を抱いているようで、黙って視線を逸らした。

 

 うん、聞かなかったことにしよう。

 あくまでメリーはメリーなのだから、年齢なんて関係なく接すればいい。


 こういう時になって、年齢というものをもはや超越しているエルドラが少しだけ羨ましく思えた。

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